私がゾーンに入った時のお話
私は、中学生の時、演劇部だった。
声が大きいという自分の特徴を活かして、結構よい役を演じることができた。
演劇部での最後の舞台は、中学2年生の時、卒業生を送る会だった。
「ナナの時」というちょっとSFっぽい話だった。
今では記憶があやふやで、どんな話だったかほとんど覚えていない。
私は、主役のナナだった。
出だしは、舞台に私ひとりだけ。
セリフは、
「ここはどこ?わたしはだれ?」
という、当時でも使い古されたもので、なかなか度胸が必要なものだった。
舞台が始まる前、会場の体育館は全校生徒が集まって、とてもざわざわしていた。
正直、演劇部のSFっぽい舞台を見たい人は1%もいなかったと思う。
演劇部の他の子たちは、不安そうだった。
私は何故か落ち着いていた。
たくさん練習したから、セリフがとんだり、間違えたりする不安はなかったんだと思う。
開演を告げるブサーが鳴った。
会場は静まらない。
幕が上がった。
私に迷いはない。
「ここはどこ?わたしはだれ?」
冷やかす声がした。
私は、演技を続けた。
会場は徐々にシンと静まり、みんなが私たちの舞台を見ていた。
その後は、すべて順調に進んでいった。
舞台が終わり、会場が拍手に包まれた。
私たちはやり切った。
先生も、最初は心配していたけど、よくやったね。と言ってもらえた。
今思い返しても、不思議な感覚。
あの時の私は、自分をどうにかしようという欲は全くなかった。
ざわついていた会場に対してちょっと見返してやろうくらいの気持ちはあったかもしれない。
でも、セリフを言ったときの私は自分であって自分でないような、特別な状態だった。何かにとりつかれたような、落ち着いていて、誰が何をしようとも動じない強さがあった。
そして、たくさんの人が会場にいたはずなのに、まるでその舞台の自分ひとりだけになったかのような感覚。
ゾーンに入るという言葉を知ったのは、つい最近のこと。
この経験は、ゾーンに入ったというのかな。
あの時の達成感というか、自分の力を最大限に引き出して周囲を黙らせた、一種の快感は、多分忘れることはないと思う。