老化現象とは時間が逆転して子供時代に戻ることなのかもしれません。
その日ボクは地下鉄の南北線に乗って、キミちゃんと二人で、飯田橋の名画座ギンレイホールに行って[ファーザー]を観ました。
ボクはこの映画の仕掛けにすっかり持っていかれてしまいました。
一人暮らしをしている八十歳の父がアンソニー・ホプキンス([羊たちの沈黙]のハンニバル・レクター)です。彼の記憶が混乱して、怒ったりふさぎ込んだりするので、娘のオリヴィア・コールマン([ザ・クラウン]のエリザベス女王)は困ってしまいます。
でももっと困ってしまうのは観客です。ストーリーの構成がアンソニーの揺れる認知主観だからです。人物の役割と時制と状況が一致しません。やがて自己同一もあやしくなります。観客は主役に感情移入しますから(いわゆる)認知症を我がこととして疑似体験することになります(強いられます)。とつぜん両肩を捕まれてブンブンと揺さぶられる思いがして、ちょっ気持ち良かったりドギマギしたりする映画でした。
筋立てを簡単に説明します。
映画[ファーザー](フローリアン•ゼレール監督/2020年)は意識が混乱する老父の物語です。
アンソニー•ホプキンスが演じる八十歳の父は事実認識が曖昧になり、懸命に自分を見つめ直します。ここで言う自分とは、鏡に映る客観的な自分の姿ではなく、脳内スクリーンに投影される自分物語です。この自分物語の世界では人物や出来事が時制と状況を超えてランダムに連関してしまいます。
混乱です。不安です。
父は苛立ちます。父は怒ります。父は泣きます。
映画はこの父の脳内イメージがそのまま描かれますから、私たち観客は父の錯綜する意識を疑似体験するとになります。かなり怖い体験です。
もちろん劇中の娘も困惑します。この精神状態では一般的な社会生活は営めません。医療施設や老人ホームのお世話にならなければなりません。でももちろん本人にその自覚はありません。いたって正常のつもりです。
(八十八歳のボクの母も一人では暮らせなくなり、老人ホームへ入居しました。本人の意志による入居ではありません。意志表示はもうできませんでした。自宅と施設の区別も付きません。もうボクを名前で呼ぶこともありません。)
主役アンソニーも観客であるボクも、自分とは何者なのかが分からなくなります。これは幼児が体験する原初的不調和に似ていると思います。老化現象とは時間が逆転して子供時代に戻ることなのかもしれません。
じつは私たち成人だって自分が何者なのかなんて分かっていません。わかっているつもりになっているだけでしょう。
そんな、自意識への疑いを喚起する胸に迫る作品でした。ボクはこういうの好きです。
映画のテーマとは関係ありませんが、アンソニー•ホプキンスがアップになると、私はどうしてもハンニバル•レクターの幻影に取り憑かれてしまいます。
帰りにキミちゃんと二人で、飯田橋にある香港カフェに入って、ワンタンメンとメロンパンを食べました。