中本の男たちの命の重みがオバの手には残っている
あれからどのくらい経ったのだろう。つい昨日のような気がしている。若松孝二監督は反骨と革命の情を燃料として火を吹き続けた。2012年に三本の作品を製作したが、その年の十月に交通事故で他界した。五十本ほどの作品群を残してくれている。初期の作品では裸の女が鞭で打たれ十字架に縛られた。大島渚監督の[愛のコリーダ](1976年)のプロデュースも手懸けた。晩年の五作品だけを記してみる。
[実録・連合赤軍 あさま山荘への道程](2008年)
[キャタピラー](2010年)
[海燕ホテル・ブルー](2012年)
[11・25自決の日 三島由紀夫と若者たち](2012年)
[千年の愉楽](2012年)
この晩年の作品のうち三本に寺島しのぶが出演している。([キャタピラー]→軍神/傷痍軍人の妻、[11・25自決の日〜]→三島由紀夫の妻、[千年の愉楽]→毛坊主の妻/産婆)
寺島しのぶという女優を得たことで若松孝二監督の晩年の作品には濃厚な物語性が加味されたと思う。寺島しのぶの存在感は孟宗竹のように柔らかくて太い。若松孝二というバケモノに飲み込まれない頑丈さがある。若松監督の遺作となった[千年の愉楽]は中上健次の小説を原作としている。中上健次が書く路地(被差別地域)の情念は中本の一統(一族)にまつわる物語だ。高貴で淀んだ血筋の系譜を若松監督は映画に撮った。オバ(寺島しのぶ)が狂言まわしとなり筋を語リ始める。路地に生まれた中本家の美男子たちは生みの母より先に産婆であるオバの手に抱かれるのだ。流れ星のように輝きながらあっという間に消滅する中本の男たちの命の重みがオバの手には残っている。熱い息吹を放つ男たちの誕生を祝い、潰れるような死を悼む。そのくり返し。この映画が若松孝二監督の最後の仕事になった。
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