| リサーチ日記 | 橋としての箸
現在探求中のテーマの一つが「箸(と食具)」だ。
人間がつくる道具の中でも、食にまつわる道具だし、かなり必需品に近い機能性重視の生活道具なのでは?と思っていたが、実はそんなことはない。
なぜなら最もシンプルで機能的な食べ方は「手食と口食」だから。わざわざ箸やスプーンやフォークなど、めんどくさい道具を作らなくても、食べることができる。考えてみれば、お寿司や饅頭など、日本でも手で食べても良いとされる食べ物もたくさんある。
とはいえ、手で食べるのがタブーとされるメニューがほとんどで、小さい頃から叱られながら、身につけていくのがテーブルマナーだ。そうするといつの間にか、他の人がルール違反をしているのをみると、嫌悪感を感じるようになってしまう。不思議なものだ。
そんな気づき満載な一冊が『食具(ものと人間の文化史)』だ(ちなみに著者の山内昶さんは経済人類学には欠かせない本の翻訳も多数!)。箸にかぎらず、食する上での道具の発達とその意味について、わかりやすく解説してある。
特に自然と人間の関係性(そして西洋文化との違いがどこにあるのか)は学生時代から興味があったテーマ。箸という切り口が、こうしたテーマの好事例になるとは思っていなかったので、特に面白かった。
日本人と箸
食べ物は、自然そのものだ。どんなに加工しようとも、元々は自然からしか得られない。しかしその自然をどのように料理へと昇華させ、そしてどのような道具を使って口へ運ぶのかで、その文化が持つ自然と人間の関係性があらわれる。
食べ方の文化圏を大きく分けると、手食・箸食・ナイフ/フォーク/スプーン食の3つしかない(ちなみに手食約45%、箸食30%、ナイフ/フォーク/スプーン30%だそうだ)。しかし元をたどれば、みんな手食だったとされる。
では日本人はどうなのか。実は日本が手食から箸食文化へ移行したのは、8世紀末〜9世紀なのだそうだ。小野妹子が隋から持ち帰ったのが最初とされており、当時は竹をまげてピンセット型にした箸だった。その後、現在と同じ丸棒型が一般に広く普及していく。
日本料理はカッティングの芸術と言われる。自然を自然のままいただくこと、つまり、料理をしたと見せないことを料理の極意としている。そのため表からは見えない台所で切断・調理が行われ、食卓に出される。箸でつまんだり、ほぐしたり、切ったりできる範囲で、そのまま食べられるように入念に準備がされているのだ。
たいして西洋料理は、途中段階で食卓へ出てくるものも多い。ロースト料理などは肉の塊が丸焼き状態でテーブルに出てきて、取り分けられ、お皿の上でナイフとフォークで切断し口へ運ぶ。
山内氏はこの違いを、自然(食材)と人間の切断を、目の前で見せるか裏方で行なうかの違いだと記している。自然への勝利を誇示するか、あえて見えなくして曖昧にするか。自然に対する考え方や、文化的な距離感の違いが、如実にあらわれているのだ。
箸がつなぐ自然と人間
日本には「箸立伝説」があちこちに残されている。神話の中の神や、弘法大師などの高僧が食後に使った杉などの木箸を土に挿したのが、大木に成長し神木となったなどという逸話だ。
もちろんこうした伝説の意味には諸説あるが、一つ示しているといえるのは、日本における自然と文化の近さ。そこらへんの木の枝はすぐ箸として使えるし、もちろん使い終わって捨てたとしても、土へ帰る。
箸は、すぐさま文化となる自然であり、同時にすぐ自然に帰る文化でもある、ということなのだ。
箸の語源は、"橋"とか"端"とか"梯"など、二つの分離したものをつなぐ言葉と関連があるとされているそうだ。つまり「箸は食物と口、自然と人間を連結する文化的なブリッジ(橋)を指すもの」でもあるのだ。
だからこそ、箸には力が宿ると昔から考えられてきた。昼食など、外でその辺の木の枝を箸として使った際には、折って捨てる風習があった。そのまま置いていけば、呪力の宿ったまま狐や狸、山の魔物などに玩ばれて災禍が及ぶと考えられていたからだ。
「箸で始まり、箸で終わる」とよく言われるように、白木の柳箸を使うお食い初めから、最期に高盛飯に箸をたてる枕飯まで、日本には箸にまつわるタブーや文化的慣習は山のようにある。箸文化の大元ともいえる中国や韓国と比べても、独自性が際立つ。
日本でもナイフ/フォーク/スプーンがもはや一般的となった現在、食/自然と文化の関係性には変化があるのか?逆に日本食がブームとなり、世界中では箸食が普及していく中で、こうした文化や考え方も同時に伝わるものなのか否か?いろいろ興味深いテーマが出てきてしまうが・・・ひとまず今日はここまで。∈(゜◎゜)∋ ウナー
※写真は次号TRAVEL UNA取材のため、熊本県南関市にある国産材の竹箸に特化したメーカー「ヤマチク」さんで撮影させてもらったもの。
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