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新生月姫 5話

二つの思い

ナギサは上機嫌に鼻歌を歌いながら、自室を歩き回っていた。そして、その度にベッドの上には、彼女の服が山のように積まれていく。
「………。ナギサ様、何ですか?これ」
思わず声をかけられ、ナギサはビックリして振り向いた。
「あ、リナ。来てたの?もう、ノックしてよ」
「何度もしました。気付かなかったのはナギサ様です」
リナがバッサリと返事をしたが、ナギサには届いてないのか、再び鼻歌を歌いながら服を選び始めた。
「ナギサ様、私のことは無視ですか?一体、何があると言うのです?」
リナがムッとしながら問うが、ナギサは手を止めないまま、にんまりと笑ってみせた。
「ふふっ、聞きたい?実はね、今日はナギと約束してるんだよ!」
「ナギ様と、ですか?」
予想外だったようで、リナは眉を顰めながら聞き返すが、ナギサは気付いていないようで「うん!」とウキウキ気分で頷いた。
しかし、その様子にリナは顔を曇らせる。
「あの、どこか悪いのですか?それとも、先日の件で早くも冥界から連絡があった、とか」
心配そうな声で問われ、今までウキウキだったナギサからスッと笑顔が消えた。
「……ちょっと、リナ。いくら相手がお医者様だからって、医師と患者の関係だけだと思わないで」
「そうですが……いえ、仲良くなられたのなら、良かったです。確かに、彼女も年が近いので、話が合うかもしれませんね」
リナの言葉に、ナギサはリナをじっと見つめた。
「ねえ、リナ。彼女に、お兄さんがいるの知ってる?」
ナギサの問いに、リナは再び眉を顰めた。
「え、ええ。しかし、彼は……」
リナは思わず口を噤んでしまった。
ナギの兄は特殊な生まれで、神官内ではそこそこ有名な話であった。
ナギサは服が決まったようで、身支度をしながら話を続けた。
「この前、ナギのお兄さんに会ってみたいって話をしたの。そしたら、今日お兄さんが来るから、一緒にお茶でもいかがですか?って連絡が来たのよ」
「なりません!」
ナギサの言葉を遮るように、リナは叫んだ。その大声に驚き、ナギサが目を真ん丸くして、リナを見つめ返した。
「彼は……サガナ=リュートは一応、聖界者ではありますが、魔界に住む卑しい存在ですよ!?」
その言葉に、ナギサは眉間に皴を寄せた。
「ちょっとリナ。そんな言い方ないでしょう?確かに、彼は魔界に住んでるっていうのは聞いたけど、でも理由があるんでしょう?その理由も聞かないで差別するのは、ただの偏見でしかないじゃない。だからこそ、それを見極めに行くのよ」
「しかし……」
リナは口籠った。ナギサの言っていることが正論なのと同時に、ナギサがこうと決めたら頑なに動かないことがわかっているからだ。
「そもそもナギのお兄さんだし、別に二人っきりで会う訳ではないのだから、危険なことはないでしょう?」
「……わかりました。止めはしません。しかし、サーラは連れて行ってください。危なくないのはわかっていますが、王女として護衛を付けてください」
リナは溜め息を吐くと、これだけは譲らないとばかりに、ナギサにきっぱりと言い切った。
ナギサは一瞬ムッとした表情をするが、すぐに「はーい」と気だるげな返事をした。

部屋を出て行ったリナだったが、すぐにサーラが入って来た。
「ナギサー、サーラから聞いたよ?お出かけするんだって?」
その言葉に、ナギサは思わず頭を抱えた。
「リナってば、仕事が早すぎない?」
「え?違った?リナに、ナギサ様に着いて行ってください!って言われたけど」
物まねしながら答えるサーラに、ナギサは「……いえ、合ってるわ」と呆れながら答えると、そのまま席を立った。
「もう出かけられるから、お願いしてもいい?」
その言葉に、サーラは何かを察しつつ、「任せて!」と返事をし、部屋を後にした。

「え?じゃあ、リナとそれで喧嘩したの?」
道中、ナギサから話を聞いたサーラが、驚いたように聞く。
「喧嘩って……そんなに大袈裟じゃないけど」
そう口籠るナギサに、サーラはうーんと腕を組みながら考え込んだ。
「まあ、リナは神官だから、大神様寄りの考えになるのは仕方ないことだと思うし。とは言え、ナギサの言ってることもわかるけど」
「それはそうなんだけど……サーラはどう思う?」
「え?わたし?」
問われたサーラは、訝しげな表情でナギサを見た。
「魔界に住んでるって言っても、ご両親は聖界者なのだし、そこまで忌み嫌うことなのかしら」
「……生まれとか、血筋とか関係ないって思うけど?その人自身の考えがどうなのか、だと思うな」
あっさりとした答えを言うサーラに、ナギサは一瞬驚いたような表情で見つめ返した。
「確かにそうだけども……サーラって、案外あっさりしてるわね」
「えー、事実じゃん。そもそも、それを確かめに会いに行くんでしょ?だったら、一人で考えたって無駄!ほら、さっさと行こう!」
そう言うと、サーラはナギサの手を掴んで、足早に歩く。
突然のことに、ナギサは「わっ!」と驚くが、すぐに笑顔を浮かべた。
「ふふっ。サーラ、ありがとう!」
そう言うと、後ろからサーラを抱きしめるナギサ。
後ろに引っ張られたことで、サーラも「わっ!」と驚くが、同じように笑みを浮かべた。
「どういたしまして。わたしもナギのお兄さん見てみたいし!美人のナギのお兄さんってことは、美形の可能性大ってことでしょ!?」
そう意気揚々と言うサーラに、ナギサも思わず「面食いっ!」とツッコみを入れたが、二人は楽しそうに先を急いだ。

病院の受付で、院長と約束していることを伝えようと、ナギサが名乗っただけで、受付にいた男性が、ゆっくりと頭を下げた。
「お待ちしておりました、ナギサ王女。リュートからは話を伺っております。院長室にご案内致します」
そう恭しく言われ、案内されるままに、ナギサとサーラは歩いた。
やがて、“院長室”と書かれた部屋の前で止まり、男性がノックをするとナギの声が中から響いた。
「院長、ナギサ王女がいらっしゃったのでご案内致しました」
その言葉を聞いて、ドアが中から開けられ、白衣をきっちりと着たナギが顔を出した。
「案内ありがとうございます。ナギサ様もご足労ありがとうございます。どうぞ」
ナギに促され、ナギサとサーラが部屋に入ると、ナギは部屋のドアを閉めながらナギサたちに話し掛けた。
「ちょうど、兄も来たところだったのです」
その言葉に促され、部屋の中央のソファに座っていた男性が立ち上がった。
濃い青の長い髪を一つに束ね、青色の瞳をした男は、ナギサを見ると口角を上げた後、ゆっくりと頭を下げた。
その美しい所作に、ナギサは思わず目を奪われた。
「ナギサ王女、お初にお目にかかります。サガナ=リュートと申します」
そう声をかけられ、ハッとしたナギサは慌てて軽く腰を落とした。
「あなたがナギのお兄さんね?そんなにかしこまらないで。ナギにも、友人として招いていただいているから」
そのナギサのフレンドリーな姿に、今度はサガナが驚いたのか目を丸くした。
「ありがとうございます。妹もお世話になっているようで、感謝致します」
「そんな!こちらこそ、お世話になっているわ。ナギがいなかったら、私も体調悪いままだっただろうし」
慌てて首を振るナギサだったが、隣で聞いていたナギが「そのようにおっしゃっていただき、感謝いたします」と答え、ナギサはぎょっとし、サーラは苦笑いをこぼした。
「それより、みなさんおかけになってください」
ナギがそう促しながら、テーブルに紅茶や茶菓子を並べて行く。が、ナギサはテーブルの真ん中に置かれた見たことないお菓子に釘付けになった。
「……ナギサ様、お行儀悪いですよ」
サーラがリナみたいな言い方で諌めると、ナギサはハッとし、「ごめんなさい」と赤面した。
「兄が持ってきてくれたんですよ。珍しいでしょう?」
「冥界のお菓子です。ナギサ様が甘いものお好きだと伺ったので」
「わざわざ冥界から?」
思わず聞いてしまったナギサに、サガナは苦笑いを浮かべた。
「妹に、冥界と連絡を取るよう言われていたので、行き来をしていまして」
その言葉を受けて、ナギサは思わず口を噤んだ。
彼が冥界を行き来している理由は、ナギがナギサの体質を改善するために、冥界と連絡するのを理解したからだ。
同時に、リナに言われた言葉を思い出していた。

この兄妹が生き別れに近い状態である、ということは周りからの話で聞いていた。
兄、サガナは“聖界者”という扱いではあるが、魔界に住み、普段は聖界にいない。一方、妹のナギサは、王都にある大病院の院長を勤める。
実の兄妹であると言うのに、この二人の身分は傍から見てもわかる程、遠くかけ離れている。
本来、聖界外からこちらに来ること難しく、かなり厳しい審査などを通らねばならない。彼の場合、正式な所属が聖界であること、そして妹が聖界を代表する医師の一人ということで、特別に許可されている。
しかし、ここで疑問が残る。何故、サガナが魔界に住んでいて、尚且つ忌み嫌われる立場になっているのか。
ナギサは、これを聞くために来たこともあり、ぐっと引き締めるとサガナを直視し、口を開いた。
「突然、不躾なことを聞いているって言うのは重々承知しているのだけれど……何故、あなたが魔界に住んでいるのかを聞いてもいいですか?もちろん、無理にとは言わないわ!」
ナギサが真剣な表情で問うと、サガナは驚いたように目を見開いた。そのままナギへと視線を移し、お互い頷くと、再びナギサへと視線を戻し、真剣な表情で重い口を開いた。
「私たちの両親が医師だった、ということはご存知ですか?」
「ええ。ご両親ともかなり優秀な医者だったと聞いているわ」
「では、魔界に聖界領があるのはご存知ですか?」
「えっ!?し、知らないわ。両族領があるのは知っているのだけど」
ナギサは驚きを隠せなかった。
聖界と魔界の仲はかなり悪いが、魔界と冥界の仲は良く、行き来する者も多く、魔界の王都のすぐ側に両族領が置かれている。
それは知っていたが、聖界と魔界の行き来は禁忌にも近い行為でもあるため、聖界領が存在するのかと疑問でしかない。
その様子を悟ったのか、サガナはゆっくりと話し始めた。
「では、この世界の成り立ちはご存知ですよね?」
突然、先生みたいに話し始めたせいか、ナギサはきょとんとするが、すぐに答えを出した。
「聖界から始まった、というものよね?」
「ええ。実際には、聖界からというより、“神”から始まったと言われています。事実、聖界はもちろん、魔界にも冥界にも守護神が存在しており、魔界の守護神、“闇の神”は創世紀より代替わりせずにこの世界を見つめ続けている、とも言われております。彼女は元人間、そして当時は聖界しかなかったため、聖界で過ごしていました。しかし、闇に魅入られ、闇の精霊と契約を結んでしまったことで、聖界追放、及び、罪を死で贖えぬように不老不死の身体になりました」
「闇の神……“神と言う名の悪魔”」
サガナの話を黙って聞いていたナギサは、ぽつりと呟いた。魔界の守護神、“闇の神”の異名を。
「初代魔王は、大神に反旗を翻した際、闇の神と契約を結びました。新しい世界を創るためには、大神と対等の存在にならねばならなかったからです。結果、魔王と闇の神の力で、魔界は創られた訳ですが……当時の大神は言ったのです。『“闇の神”とは言え、守護をしているのは“神”。神であるのには変わりがない。だから、その地を分けてくれ』と」
「えっ!?いくら何でもそれは都合が良すぎない!?」
ナギサのその反応に、サガナもゆっくりと頷いた。
「もちろん、初代魔王は拒みました。『“神と言う名の悪魔”とまで蔑んでおいて、今更“神”扱いするなんて図々しい』と。しかし、当時の大神は一歩も引かなかった。再び戦争になり、長い戦いの末、魔王は魔界の端を聖界に明け渡した」
一度そこで区切るが、ナギサは絶句して、何も言えずにいる。サガナは一息吐くと、そのまま続けた。
「端と言っても、離れたところにある島みたいなところなので、元々魔界の人々も暮らしておらず、ただの荒れ地だった場所です。一応、魔界内の聖界領という扱いではありますが、そもそも魔界を忌み嫌う聖界者が住むわけもなく、そのまま放置されているので荒れ地のままなのですが。そのため、事実上、魔王が管轄をしており、複雑な土地になってしまったのです。そして、そのままになってくれれば良かったのですが……」
サガナはそこで再び止まる。ナギサも、話の雰囲気からあまり良い話ではないのだろうと察し、固唾を呑んだ。
「数百年前、当時の大神が再び魔界に話を持ちかけました。『あの土地は聖界者が住んでいないとは言え、聖界のもの。それを魔王が管理しているとは何事か』と。もちろん、当時の魔王もその言い分に激怒し、聖界と魔界は再び戦争になりました。お互い譲らず、長期化したことを懸念した冥王が間に入り、『その土地に、中立の意見を持つ聖界者を置き、魔界で起こった、聖界が関わる事件を処理させろ』と助言したのです。もちろん、その人物に関しては、魔王の了承を得た上で、魔界での自由行動を認め、大神には聖界者であることを認めさせよ、と」
その言葉にナギサは難しい表情を浮かべた。
「魔界で起こる、聖界が関わる事件?」
そもそも、魔界に聖界者は住んでいないどころか、行く者もいない。それなのに、どんな事件が怒るのか、という疑問を浮かべた。
「確かに、直接的な事件はあまりありません。ただ、たまに密入国や密輸入などもありますので。どちらかと言えば、当時はその辺りの事件も魔界両族領が担当していたので、それをハッキリさせるためでもあります。実際は、魔界と聖界を行き来することで、伝言などを運ぶ方が多いですが」
そう苦笑するサガナだったが、ナギサは納得いかないとばかりに、背もたれに身を預けた。
「ちょっとナギサ!行儀が悪いってば!」
サーラが思わず声を荒げ、ナギサは慌てて背をしゃきんとするが、やはり納得はいかないままで、ムスッとした表情になる。
「そうは言っても……ここまでの話を聞いて、『聖界が正しいんだわ!』なんて言える状態じゃないんだけど」
「ちょっと!大神様には言わないでね!?」
「ははっ。ナギサ様は意外と豪胆な性格でいますね」
思わず笑ってしまったサガナだったが、ナギサの真っ直ぐな性格に興味を示したようで、にこにことナギサを見つめた。
「別に、謀反を起こしたいとかじゃないから安心してよ。ただ、人によって良し悪しの判断が違うだけでしょう。そもそも、何故それをあなたがしていて、尚且つ蔑まなければならないわけ?」
あまりにも物をハッキリ言うナギサに、サガラとナギは驚いた表情を浮かべる。サーラは思わず頭を抱えた。
しかし、今度はナギが口を開いた。
「それは……兄の出生が関わっています。先程も話した通り、私たちの両親は医師であると同時に、医学を学びに度々冥界へと行っていました。聖界の外へ出られる許可を貰っていたため、魔界に住む監視員の主治医も任されていました。母はその時、魔界で兄を出産しました。結果、兄は聖界者の両親から生まれたにも関わらず、魔界で生まれたことで認められなかったのです」
ナギはそこまで言うと、ぐっと眉を寄せ、涙を我慢した。その様子に、サガナはそっとナギの背中に手を置いた。
「ナギ、大丈夫だよ。私は、この仕事に誇りを持っているから」
その言葉を聞いて、ナギサはすっと視線を落とした。
「ごめんなさい……。ナギだって、兄妹なら会いたい時に会いたいわよね。私に何とかできる力があればいいのだけれど」
「そんなっ!ナギサ様のせいではありません。むしろ、ナギサ様は私たちの話を親身に聞いてくれているではないですか!」
慌ててナギが答え、サガナも笑顔でナギサを見た。
「そうですよ。あなたは立場上、いろいろと難しいのに、胸を痛めてくれている。それだけで大丈夫です。それに、私は意外と魔界での生活が性に合っていまして。聖界で過ごすことを考えたら、今のままで全然大丈夫なのですよ」
そうへらりと笑うサガナだったが、ナギサは「でも」と口籠る。
「ナギサ様。私は、あなたのことを信じています。貴女は正当な判断が出来る方で、ぶれない芯をお持ちです。如何なることがあろうとも、自分の意志を見失わずにいてくれれば大丈夫です」
その言葉にやっとナギサが決意を固めたように頷くと、サガナも笑みを浮かべて頷き返した。
「ナギのことはよろしくお願いします。あと、嫌かもしれませんが、是非魔界にも来てください。両族領でしたら、案内できますし、楽しいと思いますよ」
それを聞いて、ナギサは「ええ」と答えると、サガナと熱い握手を交わした。

ナギサはまだ知らない。善と悪が紙一重であると同時に、人の数だけ違うということを。

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