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新生月姫 13話

憂々

リナは盛大に溜め息を吐いた。
隠す気もないそれに、隣にいたサーラは驚いたようにリナの顔を覗いた。
あの真面目で厳格なリナにしては珍しい行動に、槍でも降ってくるのかと心配したぐらいだ。
「ちょっと、リナ。珍しいね。どうかした?」
顔色を伺うように聞いて来るサーラに、リナは「いえ」と短く答える。
その様子を見ていたサーラだが、どう見ても「何でもない」という雰囲気ではなく、思わず苦笑いを零した。
「そんなにナギサが心配?」
サーラの言葉に、リナはぴくりと肩を震わせると、じとりとサーラを睨んだ。
“睨む”という、普段ならあまりしない行動に、サーラは再び槍が降る心配をしたが、そんな心の内を知らないリナは、ゆっくりと口を開いた。
「当たり前でしょう?主なのですよ?あなたは何とも思わないのですか?」
声を荒げたいのを我慢しています、と言わんばかりの声音を出すリナに、サーラはぽりぽりと頬を掻いた。
「確かに心配だけどさ。でも、ナギサはわたし達……というか、他人を頼るタイプじゃないのも知ってるし」
「ナギサ様は一人で抱え込むタイプですからね。今回だってそうでしょう?護衛も付けず、キョウノ=ウーフのところに出かけて、帰ってきたらこれですよ?一人にしてほしいって言ったきり、自室に引きこもっているんですよ?そんなあからさまな態度とられたら、心配するに決まっているでしょう!」
思わずヒートアップしたリナが、吐き捨てるように言うが、サーラは苦笑いを浮かべながら肩を竦めた。
「まあ、魔界で何があったかは気になるけど……今更じゃん。ナギサの性格考えたら、どうしようもないと思うな」
「サーラ!なんでそんなに呑気なんですか!?大体、護衛するのがあなたの役目でしょう?何かあったら、あなたの首まで飛ぶんですよ!?」
「まあ、その時はその時かな。そもそも、ナギサの立場考えたら、今後一人で行動とか増えるだろうし、強いのも知ってるから、あんまり心配してない」
能天気にへらへらと答えるサーラに、リナが思わず掴みかかろうとするが、そこに突然声がかかった。
「お前ら、何してんだ?」
突然やって来たカスリは、ナギサの部屋の前で大騒ぎをしている二人を、呆れた表情で見つめている。
「あ、カスリ。カスリこそどうかした?」
サーラが「よっ」と片手を上げながら問う。
サーラから見れば、王族であるカスリも護衛の対象になるのだが、古い付き合い故に未だにフランクな態度が抜けないでいたし、カスリもそれを気にしないタイプでもあった。
そのため、カスリも釣られるように「よっ」と片手を上げて挨拶を返しながら、口を開いた。
「いや、ナギサに用があったんだけど……なんで、そんなとこで揉めてるんだ?」
「いえ、ナギサ様が……はっ!カスリ。あなた、力を貸しなさい」
「えっ!?いきなり何だ!?」
リナの突然の言葉にカスリはぎょっとしたが、サーラは「ああ、なるほど」と合点がいったようで、笑顔でカスリに向かって手を振った。
「こうなったリナは止められないからねー。頑張れ!」
「他人事だな!話の意図が全く見えないんだけど!?」
カスリの大声にもリナは動じず、そのままナギサの部屋の側にある護衛用の控室にカスリを連れ込んだ。
その後ろを、楽しそうについていくサーラの姿があった。

「え?ナギサが引きこもってる?」
控室に押し込められ、リナから事情を聞いたカスリは、訝しげに聞き返した。
「ええ。魔界から帰って来てからこの調子で。……というか、婚約者ならばそれぐらい察してもいいはずでは?」
カスリの問いに返していたリナだったが、途中からリナも訝しげな表情でカスリを見た。
「いや、そう言われても……あいつ、最近忙しそうだったし、全然会ってないんだけど」
ややムスッとしながら答えるカスリだったが、リナがあからさまに呆れた表情でカスリを見た。
「もう少しナギサ様を気遣ってもいいのでは?忙しそうとは言え、ずっと外出していたわけではないのですよ?クロス様とフウ様を見習ってほしいものです」
「いや、あの二人は別次元だろ!」
カスリは思わずツッコんだが、常にイチャイチャしている実兄と、未来の義姉を思い出し、身震いをしそうになった。
とんでもなく失礼な態度だとは思うが、公務などで別々の時以外はずっと一緒にいる二人を、自分とナギサに置き換えた時に、思わず頭をぶんぶんと振ってしまった。
その様子をリナはじとりと見てくるのに居心地を悪くしたカスリは、思わず話を逸らした。
「って言うかさ、ナギサは忙しすぎだろ。それはお前たちでどうにかできないわけ?」
その言葉に、リナとサーラはお互いの顔を見たが、すぐに盛大な溜め息を吐いた。
「そんなのできるわけないじゃん。王女としての公務だけじゃなくて、次期月王としての公務、更には次期大神としての仕事を冥王に任じられてるんだよ?わたしじゃ口出せないよ」
サーラの言葉に、カスリも「うっ」と言葉を詰まらせたが、少し考えてからゆっくりと口を開いた。
「ってか、魔界に行ったって、それも仕事関係なわけ?あいつが魔界嫌いなのは知ってるだろ?それなら引きこもったのだって納得だと思うけど」
「当たり前じゃないですか。ナギサ様が仕事以外で魔界に行くわけないでしょう?それに、先日は魔界とは言え、両族長の……キョウノ=ウーフのところへ行くとのことだったので、私も渋々とは言え納得しました」
「キョウノ=ウーフ?」
カスリの質問に答えたリナの言葉の中に、知らない名前が出てきたことで、カスリは聞き返したが、その問いにリナはキッとカスリを睨んだ。
その視線にカスリは、「マズイ!」と思ったが時既に遅く、リナは怒鳴りたくなるのを我慢するように咳払いをすると淡々と話し始めた。
「もう少し勉強なさってはどうです?仮にも、ナギサ様の将来の旦那ですよね?ということは、将来の副神ですよね?まさか、ナギサ様一人に仕事を放り投げる気ですか?もう少し、世界の情勢など勉強されては?」
あまりの怒気を含んだ声に、カスリはうんうんと首を縦に振りながら、「ご、ごめんなさい」と思わず謝る。
リナは、自分を落ち着かせるように大きな溜め息を一つ吐き、話を続けた。
「キョウノ=ウーフは、魔界両族長です。現在、冥王以外で“封印の神”と契約を交わしている人物です。そのため、冥王候補に挙げられており、冥王代理人を請け負っています」
「代理人だから、ナギサと関わってるってことか」
「ええ。代理人とは言え、役職は魔界両族長ですから、魔界に居を構えております。そのため、ナギサ様はそちらに出向いたのですが……それからこの状態でして。もう何かあったとしか思えないでしょう?場合によっては、戦争も厭いません」
リナの過激な発言に、思わずカスリがぎょっとした。
「お、落ち着けって。怒る気持ちはわかるけど、事を大きくするにはまだ早いって!」
「そうだよ、リナ。わたしも怒ってるけど、神官のリナがそれを言っちゃダメだってば」
カスリとサーラに宥められ、リナはふんっと鼻を鳴らした。
リナは昔から、一番大人しそうに見えて、いざという時は一番過激な性格なのを思い出し、変わってないな、と言いそうになったのを、慌てて飲み込んだカスリがいた。

カスリは、ナギサの自室を前に、どうしてこうなった、と言わんばかりに立ち尽くした。
リナに押された末、「婚約者として、あなたが何とかするべきです!ほら!フウ様とクロス様を見習って!」とトドメを刺された挙句、ぽいっとナギサの自室の前に放り出されたからだ。
ここまで来ると、リナもサーラも自分を王族と思ってなさすぎだろ、としか思わない。だからと言って、制裁とかは考えていないが。
そこまで考えて、大きな溜め息を一つした後、気合いを入れるように頬を叩くと、ナギサの自室にノックをした。
しかし、返事は一切なく、一瞬ムッとした表情を浮かべ、「ナギサ、入るぞ?」と声をかけた上で、ドアノブに手をかけた。恐る恐るドアを開け、そっと部屋の中を覗くが、気配はなく、再び「ほんとに入るからなー」と声をかけながら、ナギサの自室へと足を踏み入れた。
ナギサの部屋は、王族にしてはそこまで大きくない。また、その年齢の女性の部屋にしては、落ち着いた雰囲気で纏まっていた。無駄な装飾品がなく、インテリアも月王家が好む青系統で纏めているだけで、華やかさなどはあまりなかった。
カスリは数歩進むと、部屋の中央に置いてある大きめのソファの上で、ナギサが横になっていた。
「いるなら返事しろよ。真っ昼間からゴロゴロしてるのか?」
カスリの声に、ナギサは視線だけ向けた。
「ちょっとカスリ。女の子の部屋に勝手に入るとか何事?マナーとかないわけ?」
「俺はノックしたし、声もかけたけどな」
ムスッとしたナギサの言葉に、カスリは頭を抱えつつ返答すると、そのままナギサが転がるソファの横で仁王立ちになった。
「ほら、いい加減にしろよ。ナギサが引きこもってるって、リナもサーラも心配してるぞ」
「それは、わかってる、けど」
そう返事はするものの、一向に起きないナギサに痺れを切らし、カスリは溜め息を零すと、そのまま話を続けた。
「キッチンを借りてもいいか?」
「え?ええ。構わないけど」
突然の申し出に、ナギサは訝しげな表情をしながら、カスリを見上げた。しかし、カスリはそのままナギサに背を向け、そんなに大きくないキッチンへと向かった。
少しして、ふんわりと漂ってくる甘い香りに誘われるように、ナギサはキッチンを覗いた。
「こ、この香りは……」
そわそわした様子で見てくるナギサに、カスリは「ホットケーキ。確か、好きだったろ?」と答えると、パッと晴れた顔をしてナギサがカスリの隣までやって来た。
「ホットケーキ!スイーツはどれも好きだわ!」
そのあまりの切り替えぶりに、カスリは苦笑いを零した。
「いくら何でも、切り替え早すぎだろ」
「いいじゃない!カスリの手料理とか、久しぶりなんだもの!」
ナギサは頬を膨らませながら答える。
月界に戻って来る前、普通の高校生をしていた時に、ナギサはカスリとカスリの父親と一緒に暮らしていたが、その際に料理を担っていたのがカスリだった。
記憶を失くし、十一歳ぐらいから中学卒業するまでの数年は孤児院で過ごしていたナギサと違い、カスリは記憶を失くしておらず、父親と共に暮らしながら、陰からナギサのメンタルが落ち着くのを見守っていた。
とは言え、父親と二人暮らし。また、カスリの父親であるキセイは柔和な性格ではあるが、とんでもなく楽観的な人物なのも相俟って、「食べられればいいよねー」と味は二の次な料理を日々出していたため、必然的にカスリが覚えたのだ。
それは、高校に入学し、ナギサが合流してからも変わらなかったのだが、この頃にはカスリの料理の腕前が上がりまくっていた。
「ほら、できたぞ。トッピングは任せてもいいか?」
ナギサの前にホットケーキを乗せた皿を渡すと、「ええ」とナギサはふんっと鼻息を鳴らす勢いで、アイスやフルーツを乗せ始めた。

テーブルに二人分の皿を置き、紅茶も並べ、お茶会が始まった。
「いっただっきまーす!」
ナギサのご機嫌な声が響き、一口頬張ったナギサの笑顔を零した。
「さすが、カスリ。相変わらずね」
「なら良かった。こっちに帰って来てからは別に自分がやらなくてもいいから、することもなくなったし。それに俺、どちらかと言えばお菓子作りより、普通に飯作ってる方が得意だし」
その言葉を聞きながら、「確かに、あまりお菓子を作ってるところは見なかったな」とぼんやり考えるナギサだったが、カスリが「機嫌が直ったならいいけど」と話を続けてきた。
「それで?魔界行ってから引きこもってるって聞いたけど、何かあったか?」
その単刀直入な言葉に、「うっ」と言葉を詰まらせるナギサは、ちらりとカスリを見た。カスリも、じとりとナギサを見ている。
カスリは、はあっと溜め息を吐いてから口を開いた。
「別に、言いたくないならいいけど。ただ、仕事の関係で魔界に行って、嫌な目にあったっていうなら、そんな仕事辞めればいいだろ」
その言葉に、ナギサがぎょっとした表情でカスリを見た。
「いや!?さすがにそれはマズイでしょ!聖界代表みたいなものでもあるし、威厳に関わってくるわ」
「そうか?代理人の仕事なんてさ、将来王位を継ぐ時にいろいろな視点で物事を見られるように、だろ?」
表情を変えずに、事実を淡々と言うカスリに、ナギサはぐっと眉を顰めた。
「確かにそうかもしれないけど……でも、普段なら関わることがない人たちだからこそ、得られる情報だってあるわ」
ナギサは、先日の聖力を剣術に応用できるかもしれないことを思い出しながら言う。
しかし、事情を知らないカスリは、訝しげな表情を浮かべた。
「それはそうかもしれないけど。ただ、ナギサは混界で過ごしていたんだ。そいつらとは違う知識とかを持ってるだろ」
「そうね。相手が持ってない知識はあるかもしれない。でも、私の知識や情報が全てではないでしょう?聖界だけを考えるなら別にいいかもしれないけど、外交を全くしない、というのはまた別だと思うの」
ナギサの言葉は正論ではあるが、「それでは何も解決しないのでは?」という気持ちの方が優先し、カスリは不満そうな表情を浮かべた。
「それに!他の代理人が仕事をちゃんとしてるのに、私だけしないというのは、何か悔しくない?戦う前から負けた、みたいじゃない。だったら、完璧にやってぎゃふんと言わせてみせるわよ」
ナギサは、その負けず嫌いを発揮し、ふふんっと鼻を鳴らしながら答えた。
それには、カスリも大きな溜め息を吐いた。
「お前が負けず嫌いなの忘れてた」
「だから、あまり気にしないちょうだい。その代わり、みんなには迷惑をかけると思うけど、支えてくれるだけで十分よ」
「はいはい。もう、我が儘すぎて、本当にプリンセスって感じだな」
カスリはそう言いながら食べ終わった食器を片そうとするが、ナギサがすくっと立ちあがった。
「と、いう訳なので、ホットケーキのお代わりを所望するわ!甘いもので支えてちょうだい!」
目をキラキラさせながら言うナギサに、カスリは再び大きな溜め息を吐いた。
「ほんとに現金だな!」
そう叫ぶカスリだったが、すぐに作る準備に入るのを見て、ナギサも空いた皿を持って横に並んだのだった。

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