見出し画像

新生月姫 12話

出会いは必然で

やっと着いたキョウノの屋敷は、とんでもなく大きかった。
魔界両族長……所謂、領主の屋敷なのだから広くて当然ではあるが、サガナからは「ウーフ両族長は、ご両親を筆頭に身内を亡くしており、屋敷には使用人しかいないので」と聞いていたため、もう少しこじんまりしているものを想像していたのだ。
ナギサ自身も、王女として王城に住んでいるため、大きい城や屋敷は見慣れているはずなのだが、キョウノがこれだけの広さの屋敷に、使用人がいるとはいえ一人で住み、屋敷の主人であるということに、改めて“魔界両族長”という立場がどれだけすごいのかを思い知らされた。

執務室へと通され、キョウノと話をしていたのだが、ナギサはちらちらとドアを伺っていた。
「ナギサ、どうかした?何か気になる?」
向かい側に座っていたキョウノが問えば、ナギサは腑に落ちないような表情でカップへと口をつけた。
「ずっと、視線が気になるのだけど」
ナギサの言葉を聞き、キョウノもちらりとドアを見た。
ドアはちょっと隙間が空き、そこから多数の人々が覗いていた。
女性の目元であることから、屋敷で働くメイド達がみんな覗いているようだ。
「ああ、悪いな。主として詫びるよ」
思わず、苦笑いを零しながら言うキョウノに、ナギサはそっとカップを置きながら口を開いた。
「いえ、悪意がある訳ではないし、大丈夫よ。視線浴びるのだって慣れてるし。でも……いつも、こんななの?」
ナギサは、訪問時にメイドたちが色めきだったようにざわついたことを思い出し、問うた。
「いや、まさか。普段はみんな、仕事のできる奴らだよ。客人でこんなに賑やかになることは、今までなかったと思うけど。普段、女性の客人が来ないせいで、何かを勘違いしてるんじゃないか?こっちは、ちゃんと仕事してるってのにね」
キョウノは、ナギサとの関係を勘違いされていることよりも、仕事をしてないと思われている方に、ぷりぷりと怒っている。
しかし、ナギサは驚いたような表情でキョウノを見つめた。
「意外ね。伯爵は女遊びするかと思った」
「え?面白いこと言うねー。どうしてそう思ったわけ?」
「顔は良い方でしょう?友好的な話し方をするから話しやすいし、モテると思うんだけど?」
「おや。プリンセスにそこまで言っていただいて、光栄だなー」
キョウノがにやりと笑いながら言えば、ナギサはムッと口を尖らせた。
「その呼び方止めてって言ってるでしょ!……あっ、そう言えば。顔が良いと言えば、来る途中にとんでもないイケメンに遭遇したわ」
「ふーん。どれぐらいのイケメンレベル?」
「その場にいた女性全員が、彼に見惚れていたわ。確かに、綺麗な顔立ちではあったけど……私のタイプではないわね」
そうバッサリと切り捨てるナギサに、キョウノは「ナギサってば、厳しいー」と笑って返した。
「それよりも、本題に入ってもいいかしら?」
ややムスッとした表情で問うナギサに、キョウノは「ごめんごめん」と言いながら、書類をナギサに渡した。
「これ。とりあえず、いろいろ調べて、有効そうなものは全てまとめたから、書類に目を通してくれれば、うまくいくんじゃないかと思うんだ」
そう言われ、ナギサはぺらぺらと書類をめくったが、流し見しただけでも綺麗にまとまっており、驚いた表情をした。
「さっと見た感じだけど、とても見やすいわね。伯爵にこんなスキルがあったのも驚きだわ」
「え?そう?領主って意外と書類仕事多いから、なんだかんだで慣れてるのかも。調べても、聖力を体力に変える方法はなかったけど、魔力で筋力を補ったっていう資料があってさ、魔力と聖力って力を貸してる精霊が違うだけで、原理は一緒だから応用できると思って、それをまとめたんだ。とは言え、俺も剣術はわからないから、あってるか不安なんだけど……剣術の先生と一緒に見てもらっていいかな?」
さらっと述べるキョウノに、ナギサはきょとんとした。
「え、ええ。むしろ、そこまで考えてもらって悪いわね」
「そんな気にするなって。もし、先生と見てもわからないとかあれば、言ってくれれば改めて調べるし。とりあえずは、これで大丈夫そうかな?」
「もちろん!とても助かるわ。ありがとう」
ナギサが笑顔で礼を述べると、キョウノも「どういたしましてー」と笑顔を向けた。

ナギサは玄関口でさっと身なりを整えると、「じゃあ、失礼するわね」とキョウノに振り向いた。
「本当に一人で大丈夫か?やっぱり、送って行くけど」
「大丈夫よ!来れたのだから、帰れるわ」
ナギサが頑なに拒むため、キョウノは困った顔をするが、それに気付かないのかナギサは奥にいる使用人たちの方に視線を向けた。
「使用人の皆さんもご馳走様。お茶とお菓子が美味しかったわ」
そう礼を述べれば、再び使用人たちがざわつき、黄色い悲鳴が聞こえた。
「ナギサ様に褒められたわ!」「さすが、お姫様として完璧だわ!」「キョウノ様に相応しいと思うの!」などと声が響き、キョウノとナギサは苦笑を零した。

キョウノの屋敷を出て、ナギサは再び魔界を歩き始めた。
この辺りは王都とはいえ、両族領ということもあり、噴水広場を中心としたメインストリートのような賑やかさはない。どちらかと言えば、静かで穏やかな時間が流れる住宅地、と言う方が近いだろう。
魔界は好きになれないが、悪い土地ではない。魔界には魔界のいいところがある。
ナギサはそう思いながら微笑むと、突然目の前に男が現れた。
驚きのあまり、ナギサは目を見開き、立ち止まった。
突然のことで声も出せず、ナギサは目の前の男を凝視し、はたと先程の記憶が蘇った。
「あなた、さっきの……」
キョウノの屋敷に行く前に出会った例のイケメンで、ナギサは言葉を失った。
それとは正反対に、男はにんまりと口角を上げた。
「やっと会えた!」
ぱあっと満面の笑みを浮かべ、ナギサの元に駆け寄る。
驚きのあまり、一瞬出遅れたナギサの目の前までやって来た男は、ナギサの頬に手を添えた。
「何するのよ!?気安く触らないでちょうだい!!」
パシンと軽い音を立てながらその手を払うナギサだが、男はそれにも怯まず、ナギサの髪を一房取り、口づけを落とした。
その行動にぞっとし、ナギサは殴ろうとしたが、それはかすっただけだった。
「おっと……武闘派だって聞いてたけど……それはそれで可愛いな!その愛らしい外見に似合わず、強気な性格とか、むしろ守りたくなっちゃうじゃん!」
あまりにも気持ち悪い発言をする男に、ナギサは嫌悪感を覚えた。しかし、こういうパターンは初めてで、どうしようかと困惑していた。
結果、それは隙を生み、瞬きする間に気付いたら男はナギサの真後ろに立っていた。
「え!?な、なんで……っ」
ナギサが全部問う前に、男が再びナギサの頬に触れる。同時に、バチッと大きめの静電気が起こったような音と、弾かれた感覚がナギサを襲い、ナギサの視界は徐々に暗くなっていった。
「愛してる。俺のそばにいて」
その言葉だけが耳に入り、ナギサの意識は完全に暗転した。

ナギサは重い瞼を、ゆっくりと上げた。
ぼんやりとした頭を起こすように、何度か瞬きをしながら、周りを見た。
シンプルな家具が置かれているが物は少なく、殺伐としていて、生活感が無さそうな部屋をぼんやりと見つめた。
その見覚えのない部屋に、ナギサの頭は徐々に覚醒し、体を起こしながら「ここ、どこ?」と部屋を見渡した。
困惑しながら部屋を見ていると、扉が開いた。
「あっ、もう起きたんだ」
「っ!!」
男の姿を見た瞬間、ナギサは意識を失う直前のことを思い出した。
この男に襲われたことも。全く話の噛み合わない男だということも。
「ここはどこ?」
キッと睨みながら言うナギサに、男は構わず答えた。
「俺の部屋だよ」
あっさりと答える男に、ナギサは『誘拐された』という事実を把握すると同時に、すぐさま頭をフル回転させた。
男とのやり取りで、向こうは自分を知っていると思われる発言がいくつかあった。つまり、自分の正体を知っている可能性が高く、それを狙った犯行なのだと理解したからだ。
「何が目的なの?」
単刀直入に聞くナギサだったが、その言葉に男はきょとんとした表情をした。
「え?目的?特にないけど……そうだな。強いて言うなら、結婚前提にお付き合いをしてほしいな」
「はあ?」
予想外の返答が返ってきたことで、ナギサは素っ頓狂な声を上げた。
「いや、結婚前提が無理なら、友人からでもいいからお付き合いしてほしい!」
そこに対しての声を上げたわけではないのだが、男は必死に食いついてきた。
ナギサは思わず「そうじゃなくて!」と叫びながら首を振り、改めて問うた。
「ふざけないで!初めて会ったのだけど!?」
「え?初めてじゃないだろう?昼間に、噴水広場で会ったじゃん」
その言葉を聞いて、ナギサはぐっと眉を顰めた。
確かに昼間に会った。しかしそれは、“会った”というよりも、“擦れ違った”の方が正しい。お互いがお互いを認識していた訳ではないし、実際ナギサも「この人、私の姿を認識していたの?」とか思っている。
「まさか……あの一瞬の出来事で、ここまでやったわけ?」
「確かにたった一瞬のことだったけど、だからこそだと思うんだ。あの一瞬で、一目惚れしたってことは、もう運命の相手なんだよ!」
そう滅茶苦茶な理論をぶっこんでくる男に、ナギサは思わず頭を抱えた。
「ただの、外見しか見てない男ってことでしょ?言っておくけど、私はあなたが誰なのかも知らないわ」
ナギサの辛辣な言葉を聞きながら、男はぽんっと手を叩いた。
「あ、俺のこと言ってなかったっけ。俺はレイガ。レイガ=ルベラ」
「え?ルベラ?」
すーっと冷たいものが背を伝い、ナギサは呆然と男を見つめた。
「ああ。身分は一応、魔界の第一王子だけど、王位継承権はないから、安心して。俺は本当に、ナギサのこと大好きになったから。身分とかそんなの関係なく、ナギサのことを愛してるんだ。だから、俺のことを見て」
レイガは熱っぽい視線をナギサに向けるが、ナギサは恐怖のあまり後ずさった。
「な、なんで……私の名前を……」
「ああ。ナギサのことは知ってるよ。あのクソヤロー……ダークと仕事するから、念のため書類をもらったからさ」
そうにこりと笑うレイガだが、ナギサは顔面蒼白で茫然としている。
レイガは頭に叩き込んだ情報をぽつりぽつりと話し始めた。
「月王家第二王女、ナギサ=ルシード。月王の王位継承権第一位にして、次期大神。最近、聖界に帰還したばかりの十六歳。剣術が得意で、甘いものが大好き。親父……魔王、ルシフを殺したいほど憎んでいることも知っている。うん、それを知ってもなお、君だけだって思うんだ。その全部が愛おしい」
そう言って、ナギサの頬を撫でようとしたレイガだったが、逆にナギサから頬に平手打ちを食らった。
「気持ち悪い!ただのストーカーじゃない!」
そう叫ぶナギサに、レイガは叩かれて茫然としていたが、すぐに逃げようとするナギサの腕を掴んだ。
「待って!ストーカーなんかじゃない。俺は愛してるから……ナギサを知りたいんだ」
「放して!あなたの一方的な愛でしかないでしょ!?そんなものいらないわ!」
「一方的かもしれないけど……でもっ!この溢れる気持ちをどうしようもないし。愛してるのには変わりないから、ナギサがそのまま返してくれれば一方通行じゃなくなるよね!?」
レイガはそう叫ぶと、掴んでいたナギサの腕を引き、そのままの勢いで無理矢理ナギサの唇を奪った。
「っ!?んんーっ!!」
驚いた表情をしていたナギサだったが、状況を把握すると、声にならない声を上げながら、必死でレイガを押し退けようとしていた。
しかし、相手は男であり、力では到底敵わない。剣があれば何とかなったかもしれないが、こういう時に限ってなく、ナギサは自分の間抜けさに嫌気が差した。
そんなことを考えていると、レイガはやっと唇を離したようで、そのままナギサの顔を見るとへにゃりと笑った。
「えへへ。本当に可愛い。愛してる。愛してる」
そう幸福感に満ちた声音で言いながら、レイガはナギサの頬を撫でる。が、ナギサはキッとレイガを睨むと叫んだ。
「何するのよ!!最低!!初めてだったのに!!このド変態!!気色悪い!!」
目も顔も赤くしながら叫ぶナギサだったが、その言葉にレイガは目を大きくした。
「え……初めて?マジで!?婚約者いるぐらいだし、初めてじゃないと思ってたんだけど……いや、でもこれこそ運命ってことか?……わかった。結婚しよう!責任をとるよ!」
話しが飛躍したレイガに、ナギサは「そういう問題じゃないわ!」と言い返すものの、突然のことがずっと続いていることで、ついにぽろぽろと涙を流した。
さすがのそれにはぎょっとしたレイガだが、すぐにナギサを優しく抱き締めた。
「ああ。泣かないで。泣かないでよ。俺は、泣き顔じゃなくて、笑顔を見たいんだ」
レイガは困ったように笑いながら、ナギサの涙を拭った。
「うっ……よく言うわ。あなたのせいでしょ?」
「そんな……でも、俺は……ナギサを、愛してるんだ。うん、どうしようもないほど。君しかいないって」
レイガは寂しそうな表情を浮かべると、再びナギサに唇を近付けてきた。
「いや……」とか細い声で否定することしかできないナギサは、恐怖でぎゅっと目を瞑った。
しかし、唇が振れる前に、突然ドゴッという重めの大きな音が響き、同時にナギサの頬に触れていたレイガの手がそのまま下へと落ちていく感覚があり、ナギサは驚いて目を開けた。
その視界には、完全にノックダウンしたレイガが床に転がっていた。
何事かと茫然とするナギサだったが、第三者の声が突然聞こえた。
「ちっ。間に合わなかったか」
いつの間に部屋に入って来たのか、黒髪の男は倒れたレイガに近付くと、その側に落ちていた分厚い本を拾い上げた。
そのまま、視線をナギサへと向ける。ナギサはびくりと肩を震わせ、男はすっと視線を外しながら口を開いた。
「レイガは気を失っているだけだ。来い、このままだと監禁されるぞ」
「え?それは嫌、だけど……あなたは誰?」
戸惑うナギサだったが、男は急かすように部屋を出て歩き出した。そのまま歩みを緩めることなく、男は言葉を返した。
「ガイト=ルベラ。レイガの弟だ」
その予想外の言葉に、ナギサはぎょっとして男を見つめた。
目の前の男は、黒髪でサイドだけ長めに残しており、深い青色の瞳が印象的だった。正直、レイガとはあまり似ていない。とは言え、ダークと兄弟だと考えるとしっくりくるので、嘘偽りではないのだろう。
「え?魔王ってそんなに子供いたの?」
「レイガが一番上で、俺が二番目。ダークは三番目だな。さらに、一番下に妹がいる」
ナギサの問いに、ガイトは律儀に答える。
それを見て、最初から無表情で取っ付き難い印象のガイトだったが、真面目な人なんだろうな、とナギサはぼんやりと思ったが、ハッとしたように再び問いを投げかけた。
「あの……どうして助けてくれたの?」
その言葉に、ガイトはぴくりと肩を揺らすと、やっとナギサへと視線を向けた。
「困っている女性を放っておけるか。それに、あのクソ兄貴を止めなきゃいけなかったしな。本当なら、ナギサが巻き込まれる前に手を打ちたかったが。まさか、とんでもない速さで行動されるとは……ほんと、あのクソ兄貴。やることがぶっ飛びすぎだろ」
苛立ちを隠せない様子で言うガイトに、ナギサはぼんやりと「兄弟でもこう思うのだから、あのレイガって男はマジでヤバい奴なんだろう」と切り捨てた。

ガイトに連れて来られた先は魔界の王城で、ナギサは身体を強張らせた。
「大丈夫だ。心配ない。中でキョウノが待っている」
ナギサの様子に気付いたガイトは、安心するように声をかけると、ナギサの背に手を置き、エスコートをするように、城の中へと進む。
そのまま一室へと入ると、そこにいた面々を見て、ナギサはぐっと体を硬くし、その場で立ち止まってしまった。
部屋に入った途端、魔王・ルシフを筆頭に、ダークやキョウノ、そして見知らぬ女性が一斉にナギサを見たのだ。怯んでしまうのも仕方がないことだった。
「ああっ、ナギサ。怖い思いをさせたね。やっぱり、送って行けばよかった……」
キョウノが駆け寄り、ナギサの手を握りながら声をかける。
「伯爵のせいじゃ……」と否定の声をかけるナギサだったが、その部屋の異様な雰囲気に負けて、最後まで言葉が出なかった。
その様子を見ていたルシフが、申し訳なさそうに頭を下げた。
「ガイトから事情は聞いた。怖い思いをさせてしまい、申し訳ない。まさか、あのダメ息子がこんなことをやらかすとは思わなかった。私から締め上げておく」
深々と頭を下げながら言うルシフを見つめていたナギサだったが、ぐっと眉を顰め、嫌悪感の表情を向けて、ルシフを睨んだ。
「あなたがどういう教育したのかなんて興味はないけど!でもっ、最低だわ!!」
声を荒げるナギサに、ルシフは頭を下げたまま受け入れるが、ガイトは一歩進んでルシフに向き合った。
「親父、レイガは埋めておいてくれ。ナギサを助けるのに一歩間に合わず……あいつは、ナギサの唇を無理矢理奪ったからな」
その言葉に、ぎょっとしたルシフが慌てて顔を上げる。
「え?なん、だって?いや、それは……ほんとにっ、本当に申し訳ない!!」
再び深々と頭を下げるルシフだったが、ナギサはふいっと顔を背けると、キョウノに隠れるようにぴたりとくっついた。
その様子にキョウノも、ナギサの背を優しく摩り、慰めた。優しい表情でナギサを見ていたキョウノだったが、そのままそっとダークへと視線を向ける。
その視線の先では、ダークが顔面蒼白になりつつも、激しい怒りを覚えたように拳を握りしめていた。
その様子を見て、「確かに、好きな女の子が兄貴……しかも嫌いな兄貴に唇を奪われたってなれば、ああなるよな」と、内心ニヤニヤするキョウノ。
ダークとは幼馴染であり、ダークがナギサに恋心を、幼い頃から抱いているのを知っており、応援はしつつも冷かしているキョウノにとっては、愉快なことでしかない。ナギサには可哀想だが。
「おい、キョウノ。顔がにやけてるぞ」
ガイトが突然ツッコむが、「んー?プリンセスの騎士になれたっていう、男のロマンかな」と軽くあしらうキョウノだったが、ルシフとダークが激しく重い空気を醸し出している中で、今までソファに座って黙って聞いていた女性がすくっと立ちあがった。
それには、キョウノもガイトも驚いたようで、思わず息を飲み、様子を伺った。
女性はナギサの前まで進むと、ゆっくりと頭を下げた。
「この度の非は、私からも謝罪いたします」
そう告げる女性に、ナギサは困惑した表情を浮かべる。
「あの……あなたは?」
「申し遅れました。私は、ルミナ=ルベラと申します。魔王妃であり、彼ら兄弟の母親です。レイガの失態を、母である私からも謝罪いたします」
改めて頭を下げるルミナに、ナギサはぎょっとした。
「同じ女性として、その辛さも恐怖もわかります。ルシフ様同様、母である私の責任でもあります」
「そ、そんなっ。あの、顔を上げてちょうだい。別にあなたに当たる気はないわ。今後、あの男を近づけないでくれたら、それだけでいいわ」
ナギサが慌てて言うと、ルミナはゆっくりと顔を上げた。
「ありがとうございます。もちろん、彼には厳しく伝えておきます。しかし、本当に素敵なお嬢さんですね」
笑顔を浮かべ、ナギサの手を取るルミナだが、その様子を複雑そうな表情でルシフが見つめていた。
しかし、突然ダークが叫んだ。
「母さんが謝ることなんてないだろ!?あんな野郎のことに、首を突っ込む必要なんて」
「ダーク!みっともないですよ。口を慎みなさい」
ダークが全てを言い切る前に、ルミナがぴしゃりと言い放ち、ダークは渋々と口を噤んだ。
「ダークが大変失礼いたしました。そうだ!よかったら、今度は普通に遊びに来てください。魔王家だからとか、そういうのではなく、一人の人間として、一人の女性としてお話してみたいわ」
ルミナが穏やかな笑みを浮かべながら言うのに、思わず気圧されたナギサは頷いてしまった。

帰り道、キョウノに送られている中、ナギサはふと呟いた。
「……ねえ、ダークってあんなに怒りっぽいの?」
ナギサは先程、突然声を荒げたダークのことを思い出しながら問う。
「え?なんで?」
「いえ、帰って来てから一度会っただけだけど、どちらかと言えば寡黙な印象だったから。それに、子供の時に何度か会ってはいるけど……その時も、怒りっぽいって言う印象はなかったし。だから、なんでさっき、あんなに声を荒げたのかしら、って」
ナギサは幼少時の記憶も思い出しているようで、若干の違和感を抱いたようだ。
お互い、数年間会ってないのだから、性格が違っていてもおかしくはないのだが。
「ああ。確かにダークは、どっちかっていうと寡黙なタイプだよな。ただ……レイガとダークは腹違いなんだよ。レイガとガイトは魔王の前の……亡くなった前王妃の子なんだ。ルミナ様は後妻で、ダークの実母だな。レイガは、ルミナ様もダークも敵視していて、それが原因で城を追い出された形だな。だから、ダークはさっき、ルミナ様が謝ることじゃないって言ったんだ」
それを聞きながら、ナギサは考え込むように視線を落とした。
「もしかして、第三王子であるダークが跡継ぎなのも、それが関係してる訳?」
「んー、それは微妙なラインだな。確かに、兄妹間でダークが一番、魔力が高いってのもあるけど。ただ、ダークが幼い頃から、継承権を巡って争ってたのは事実だよ。決着ついたのも、ここ数年の話だし。結局、レイガは半ば勘当状態で追い出されて、その腹いせにガイトを引きずって出て行ったんだけどな」
キョウノがそう言いながらも、「ガイトが一番貧乏くじだよなー」とかあっさりと言うのを、「ふーん」と興味無さそうに返事をするナギサだが、その表情は難しく考えているようで、キョウノは苦笑いをこぼした。
「でも、ナギサもよく我慢したよね。ナギサが、ルミナ様にまで噛みつかなくてよかったよ」
「別に、私だって魔王の家族だって理由だけで、誰彼構わず噛みつかないわよ。それに、今回の件に関しては、魔王が悪いとは思ってないわ。悪いのはあの男なんだもの。確かに、魔王の教育っていう部分は否めないけど……でも、ガイトはいい人だと思うし。ダークだって悪い人ではないし、一概に魔王の教育のせいだけではないでしょう?」
ナギサが複雑そうに答えるのを見て、キョウノはナギサの頭を撫でた。
「うんうん、いいこ」
「ちょっと!子供扱いしないでちょうだい!」
そう怒るナギサだったが、キョウノの手を振りほどくでもなく、甘んじて受けた。
その様子を見て、キョウノも内心「この調子でナギサと魔王の関係が上手くいってくれれば」と願った。

いいなと思ったら応援しよう!