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新生月姫 10話

奇跡を軌跡にのせ

ナギサは軽やかにステップを踏み、振り下ろされた剣を避けた。
すぐさま翻された剣がナギサを再び襲うが、彼女はそれを自分が手にしている剣で防ぎながら身を翻し、相手の攻撃を受け流した。さらに、その反動を利用して自分の剣を相手に振るう。
高い金属音が響き、ナギサの攻撃は阻まれた。
「さすが、シュルネードの娘だな」
カズエラは思わず、笑みを零しながら言うが、その手を休ませることなく、ナギサへの攻撃を続けた。
一方のナギサは、返事する余裕もなく、激しくなった攻撃に、防戦一方になってしまった。
一方的に攻撃を受けていたナギサだったが、屈む姿勢を取りながら攻撃を避けると、そのまま勢いよく左足を踏み込み、その反動で素早くカズエラの懐へと入り込む。
しかし、ナギサの剣がカズエラに届く寸前で、彼の剣で阻まれた上、そのまま剣ごと弾かれてしまった。
「あっ!!」
ナギサが短く声を上げたのと同時に、弾かれた剣が地面に落ち、乾いた音が響いた。
「っ、はぁ……危なかった。ナギサの成長には驚くよ」
カズエラはやっと安堵した息を吐くと、ナギサの剣を拾い上げ、彼女に差し出した。
ナギサはぐっと悔しそうな顔をし、渋々と剣を受け取った。
「はあ……今日も師匠に勝てなかったわ」
「そんな簡単に勝たれたら、僕の面目が丸潰れだろう?」
そう苦笑いをしながら答えるが、ナギサはむっと頬を膨らませたままで、カズエラは話を続けた。
「そもそも、こっちは毎回、冷や冷やしてるんだよ。ここ最近は、毎日のように稽古してるし、自主的に鍛練もしているみたいだけど、それにしたって成長が早すぎるんだもん。このままじゃ、すぐに追いつかれて、抜かれてしまうよ」
「だって、強くなりたいもの。強くならなきゃいけないの!」
そうハッキリと言い放つナギサに、カズエラは驚いて目を見開くが、すぐに微笑む。
「なんで?冥王に言われたからか?」
先日の冥王に言われた『代理人としての仕事』の話を、ナギサはカズエラに掻い摘んでだが話しており、それを理由にここ数日は剣の修行に勤しんでいた。
「それもあるけど……でも、お父様はいつも自分の身は自分で守りなさいって言ってたわ。王族だから誰かが助けてくれるなんて思い上がるな、って」
「確かに、シュルネードはそういうタイプだったけど……でも、女の子にまでそれを押し付けなくてもいいと思うんだ。ナギサはもう、自分を守れるだけの力は持ってると思うし」
カズエラの言葉に、ナギサは力いっぱいに首を横に振り、ぐっと拳を握った。
「それでもっ!それでも、ダメなの。王位を継ぐなら……いいえ、王族として、民を守れるだけの力を手に入れなければ」
ナギサの言葉に、カズエラはふと息をつき、その場に座った。
ナギサにも座るように促し、ナギサが座ったのを確認してから口を開いた。
「ナギサ、僕と昔話をしようか?」
「え?昔話?」
訝しげにカズエラを見つめるナギサだったが、彼は笑みを浮かべる。
「君の父親であるシュルネードと出会ったのは、二十歳ぐらいの時だった」
突然、語り出したのはカズエラの思い出話で、ナギサは目を見開いたが、大人しく話に耳を傾けた。
「二年に一度行われる、聖界一の剣術大会に出た時に出会ったんだ。元々大きな大会だし、身分も性別も問わず出られる大会だから、毎回大きな賑わいになるんだけど、その時の大会は、王太子が出るっていつも以上の賑わいだったんだ」
「それがお父様ね」
ナギサの言葉に、ゆっくりと頷いたカズエラは、そのまま話を続ける。
「シュルネードは今のナギサ同様、王位を継ぐ以上、みんなを守れるだけの強さを持ってなければいけないって思っていた。だから、幼少時からかなり鍛えていたけど、大きな戦いもなかったから彼の強さを誰も知らなかったんだ。それでも、鍛えてる噂は国中に知れていたし、彼は剣術大会に出る前から強いって言われていた。ただ、あの優男風の外見だろ?真実味のない噂でしかなかったんだけど、彼は難なく勝ち抜き、決勝まで来たんだ」
その言葉にナギサはちらりとカズエラを見た。ふと息を吐き、口を開く。
「それで、お父様と師匠が決勝で戦ったのね。でも、師匠が勝ったのよね?」
子供の頃から父に「決勝で負けたんだよ。良い試合したんだけどなー」と言われていたため、ナギサはその試合の結果を知っていた。それを告げると、カズエラはけらけらと笑った。
「そう。かなりの接戦だったんだけどね。シュルネードはすごく強かった。だから、僕が勝った後に、シュルネードは興奮した様子で僕に向かって『剣術を教えてくれ!』って言ってきたんだよ。そこから付き合いが始まって、切磋琢磨したんだ」
「やだ、呆れた。お父様らしいけど」
思わず、呆れた声を上げるナギサだったが、カズエラも「お互い若かったからさ」と苦笑いを浮かべた。
「シュルネードは、僕の強さを認めてくれたし、信頼もしてくれてた。だから、軍の実習教官や、王族の鍛練とかの仕事をくれた。昔、君たち王女二人を連れて、鍛練を頼まれた時に言ってたんだ。『女の子だから、最低限の護身だけをお願いしたいんだけど……王族として、他者を守る立場。厳しくお願いしてもいいかな?ほんと、こういう時、王族って嫌だな、って思うよ』って。シュルネードは本当に、ナギサやフウのことを愛してたんだなって思うよ」
話しを黙って聞いていたナギサは、眉を顰めると、そのまま蹲るようにして膝に顔を埋めた。
「……知っているわ。だから、あの時私を庇って」
「ナギサ。いつまでも引き摺るのは良くない。シュルネードだって報われないよ。復讐したい気持ちもわかる。俺だって、シュルネードを失って悔しいからね。だけど、ナギサには明るい道を歩んでほしいって思ってる。俺も。シュルネードも」
その言葉にナギサはぐっと眉を顰めると、カズエラを睨んだ。
「例えそうだとしても、私は魔王を許す気なんてない!師匠には関係ないでしょ!?」
「関係なくはないだろう?シュルネードに頼まれて、幼い頃から見ている分、父親みたいなもんだとは思うけど?」
カズエラは溜め息を吐きつつ答えるが、ナギサはふんっとそっぽを向いてしまった。
その様子を見て、カズエラは先日のことを思い出していた。

数日前、ナギサの姉、フウが訪ねて来た。
理由はナギサと同じく、「王族として強くなりたいから」だった。
あまりにもナギサと同じことを言うので笑ってしまったのだが、やはり彼女とも話の流れからシュルネードの話になった。
しかし、彼女はナギサと違い、一瞬眉を顰めたものの、すぐにしれっとした表情で言ってのけたのだ。
「過去のことを振り返ったってしょうがないじゃない」
「わたくしは『今』を生きていたいの」
そう一蹴した姿に、カズエラは酷く驚いた。
ナギサとフウは、見た目は双子と間違われるくらいにそっくりだし、性格も気が強いところはそっくりではある。特に、フウの方が幾分激しい性格ではあるが。
そのフウが、過去を振り返らないというドライなことを言っていることに違和感しかない。
カズエラは口にこそ出さなかったが、「こういう子ほど、内に秘めていたりして、怖いんだけどな」とぼんやりと考えてしまった。

そこまで思い出して、「そういう自分も、冷静に二人のことを見てて、傍から見たら気持ち悪いんだろうな」と自嘲しつつ、未だに膨れているナギサのことをちらりと見た。
「隙ありっ!」
カズエラがそう声を上げながら、ナギサにでこぴんをすると、「いった!!」と声を荒げながら、ナギサは飛び退いた。
「突然何するのよ!?」
「実戦とはこういうものだろう?」
「そんなめちゃくちゃな!」
むっとしながら怒鳴るナギサに、カズエラは笑顔で返したが、ふと真面目な表情で問いた。
「そう言えば、剣術だけじゃなくて、聖法術の練習もしているのかな?」
その言葉に、ナギサは気まずそうな表情を浮かべると、重い口を開いた。
「……この前、倒れたって話聞いた?」
「ああ、うん。フウから、『倒れたから当分来ないわよ』とは言われたけど……大丈夫だったのかい?」
「それが……次期大神として人より聖力が多くて、うまくコントロールができないんですって。実際、聖法術も練習はしているけど、うまく加減できないし。それに、聖力が多すぎるせいで、体調が影響を受けやすいみたいなの」
ナギサが憂鬱そうに話すのを、カズエラは心配そうに見ている。
「先日、その件で冥王に呼ばれたのだけど、定期的に聖力を放出しないとダメみたいで、打開策として剣術に取り入れたらどうか、って話になったんだけど」
「え?剣術に?」
カズエラは思わず素っ頓狂な声を上げるが、ナギサは頷いた。
「ええ。剣術や武術なら、聖力で体力を補えば、無理に体を鍛えなくてもいいんじゃないかって。今、そのやり方を調べてもらってるから、返事待ちみたいなところではあるのだけれど」
「ああ、なるほどね。確かに、王女がムキムキになってしまったら、ドレスとか困るもんね」
カズエラの言葉に、ナギサは思わず想像をしてしまい、「うっ」と自分で嫌悪感を抱いた。それを忘れるために、ナギサはぶんぶんと頭を振ると、口を開いた。
「ほ、ほらっ!私、聖法術使うより、剣術の方が体を動かせるから好きだし!詠唱言わなくていい分、機敏に反応できるし!」
「まあ、ナギサは剣のセンスが良いから、このまま続ければ問題ないと思うけど」
それを聞いて、ナギサはふんっと鼻を鳴らした。
「そうでしょ!?だからね、師匠。私は、たくさん練習して誰よりも強くなるわ。この剣でみんなを守りたい。そのためにも、これからも修行に付き合ってほしいの。そして、いつかは師匠に勝つんだから!」
「そのうちって言うか、すぐに追い越されそうな気がするけどね。でも、僕だって剣術に関しては、それなりにプライドってものがあるし。とことん付き合ってあげるよ」
その言葉に、ナギサは満足気に笑うと、「ありがとう。師匠!」とカズエラに抱きついた。

師として、せめてその気持ちは汲んであげたいと思う一方で、親友の娘に重いものを背負わせたくないという、矛盾を抱えたカズエラの想いを知らず、ナギサは素振りを始めたのだった。

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