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サンプル数1は何故だめなのか?【5日目】

「私のように成功したければ、毎朝5時に起きてトイレ掃除をしなさい。」と自慢げに述べている起業家の本に対して、
それってサンプル数1ですよね?とツッコミを入れているところを見たことがある。
確かに、俺のようになれ系の自己啓発本の大半は「俺」というサンプルでのみ構成されている。
そのため、サンプル数がNになることはないだろう。

でも、なぜダメなのだろう?
なんとなく、一人がこれいいって言っているよりも復数人がいいって言ってるほうが信用できるのはわかる。
サンプル数1サンプル数Nと比べて信用できないからダメなのだろうか。
では、著者が嘘をついていない。つまり、朝5時起きしてトイレ掃除している事業成功者が存在していることが絶対の事実と仮定する。
そうした場合、サンプル数1でも信用できるサンプル数1は「ダメ」じゃなくなるのか?
なんとなく、ならない気がする。
そう思うのはサンプル数1だけだと結果に直接作用した原因の特定ができないからだろう。
さっきの朝5時起き便所掃除系成功者が主張する「結果(成功)は原因(朝5時起き便所掃除)によってもたらされた。」を有効と評価するには、
・朝5時起きに便所掃除していないかつ成功していない人
・朝5時起きに便所掃除しているかつ成功していない人
・朝5時起きに便所掃除していないかつ成功している人
をそれぞれ見つける必要がある。
そうやって初めて原因の特定ができる

他の例でいくと、著名な投資家であるウォーレンバフェット氏がマックにコーラというジャンクの極みな食生活をしているのに長寿命だから食生活とか気にしなくていいという主張。
この主張も有効とは判断できない。
なぜなら、ウォーレンバフェット氏の寿命(結果)が食生活(原因)によってもたらされているか判断できないからだ。
もしかしたら、主食はめちゃくちゃでも間食で必要な栄養素を補っているかもしれないし、めちゃめちゃ運動しているかもしれない。
サンプル数1だと原因の切り分けが難しい。

まあでも、結局のところ全く同じ人間なんていないんだから自分というサンプル数1でどれだけ試行錯誤できるかが大事なんやろうなあ。


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