それならそれでユートピア13(侮れない友達)
「これでも一応、江戸の頃からやっとる宿やぞ。文化と伝統じゃどこにも負けへんで」
「この辺に他に宿がなかったから長く続いただけやろ」
「やかましいわ」
十津川沿いのその宿は大きくはなかったが、確かに十分な伝統を感じさせる重厚な雰囲気があった。
しかしながら、日本で一番過ごしやすい新緑の季節の土曜日なのに他に客はおらず、宿泊客が食事をする食堂の座敷には他にだれもいなかった。
タンクマンの幼馴染のその男は次郎といった。
普通だと思われた身なりも、タンクマンと比べたら普通なだけでよく見ると結構個性的で、この辺りでと言ったら失礼なのかもしれないが、前衛的で抽象的な見たこともないキャップのロゴや幾何学模様が絶妙にあしらわれたシャツをうまく着こなしているおしゃれな男だった。
「次郎さんは普段は何をやってるんですか?」
雄二の問いに
「普段は不動産関係の仕事で奈良とか和歌山にいるけど、週末はこっちに帰ってきて宿の手伝いをしてますわ」
と答えた。
「ま、悪徳土地転がしですわ」
とタンクマンがいじると
「そうそう、ボーッとした年寄りから土地を安く買い上げて高く転売してるんですわ・・・って誰が悪徳やっ!」
タンクマンと幼馴染だけあってノリは3人とあまり変わらない感じだった。
宿のスタッフはタンクマンとも知り合いの家族あるいは親類のようで、酒や料理を持ってくる際に会話に入ってこようとするのを
「いちいち入ってこんでええから」
と毎回次郎が制していた。
出てくる料理は魚の甘露煮やゆべし、漬物など実に滋味深いもので、どっしりとした日本酒との相性もよく、5人の酒はみるみるうちに減っていった。
「へー、高速道路のパーキングで会ったんですか。なかなかオモロい縁ですな。でもほんとにタンクマンに来るなんて変わってますなぁ」
「そうやろ、普通来やへんやろ?」
「いやー、面白そうなお兄さんでしたからね」
「でも仕事とか大丈夫なん?」
「この人の実家がめちゃくちゃお金持ちで、この人が家庭崩壊で仕事辞める予定のサラリーマンで僕は明日も未来もない元力士のフリーターなんで大丈夫なんですわ」
ナチョスが代表して答えると
「そうそう。って誰が家庭崩壊のサラリーマンや!」
とサトシが慣れないノリツッコミで答えたものの、若干すべっていた。
「新宮に行くって言ってたけど、何しにいくの?」
「宝を探しに行くみたいです」
と雄二は極めて事務的に言うと
「こいつがワケのわからないことを言ってみんなが巻き込まれているんです」
とサトシも続いた。
ナチョスは不敵な笑みを浮かべながら事経緯を説明すると次郎は
「なんかそんな話、聞いた事ありますね」
と予想外の答えをしたものだから、ナチョスはサトシの肩をグーで殴りながら
「お前、取り分なし決定ーーー!」
と言った。
「そやけど、なかなか難しいんと違います?」
「そうなの?」
「なんかあっちのほうはまだ高速道路も通ってなくて、交通の便が悪い陸の孤島というかで結構排他的で、突然東京から宝探しに来たって言うたら怪しまれるんとちがいますかね」
「なるほどね」
冷静な雄二とそもそも無理やり連れ出された感のあるサトシは答えたが、ナチョスだけが
「いやいや、なんかやりようはありまっせ」
と前向きだった。
というか
「ま、それはそれとして、新宮ってなんかオモロイ場所ありまっか?」
と全然別のベクトルで話を切り替えた。
「結構前に仕事で新宮に行ったんですわ。上司と一緒に商談で行ったんですけど、相手が強欲なおばさんで全然話を聞いてもらえなくて、しょうがないから上司と2人で街に繰り出してヤケ酒飲んでたんですよ。地元のバーの客はさっきも言った通りよそ者が来ると警戒するんですけど、酒を飲んでいるうちに向こうも段々警戒心がなくなってうちらと打ち解けてきたから、なんかオモロい場所あるか聞いたんですよ」
「ほうほう、それで?」
「その人、打ち解けてみたらなかなか話のわかるええ感じの酔っ払いで、うちらのことを気に入ってくれて色々教えてくれたんです、変なお店を。その中に秘密クラブというかハプニングバーみたいなのがあって、そこは紹介制なんですけど、興味を示したらあんたらなら紹介するよって言ってくれて、行ってみたんです。お店はマンションの一室みたいなところでパッと見はカウンターバー。だけど客席の後ろの壁が実は扉みたいになっていて、普段は閉まってるんだけど30分に1回くらい開くんですわ。んで、そこはマジックミラーになっててこっちからは見えるけど向こうからは見えないようになってるんです」
「なかなか凝った店ですなぁ」
「上司と2人で飲んでたら扉が開く時間になって、開いたら裸の男女が何人かおって交わってるんですわ」
「マジっすか!」
「んでさ、よー見たらそこに昼に会った強欲おばさんもいて」
「へー、笑えるなー。結構楽しでるね、そのおばさん」
「不思議なことになんかこっちをチラチラ見てくる感じなんよ」
「マジックミラーなのに?」
「そうそう。でね、会計の時に言われたんですよ。あそこ、実はマジックミラーじゃなくて向こうからも見えてますよって」
「はー!すごいね。強欲おばばもこっちを見て興奮してたんだ」
「多分ね。向こうにいる人もカウンターの客に見られながらのほうが興奮するみたいで。マジックミラーだから、向こうに見えてないと思ってカウンター側からガラスのほうに近づいていってへばりついて見ようとする人もいるらしくて、ま、それもマジックミラーの向こう側の人からするとテンションが上がるというか。だから初めての客にはあえてマジックミラーって言ってるみたいなんですわ」
「相乗効果ですな」
ナチョスが自信満々で口を挟んだ。
「とにかく・・・。いい思い出でした」
「ちなみに、その店どこにあるんです?」
サトシが興味津々で聞くと
「それが、結構前のことでしかも酔っ払っていたから場所に記憶が曖昧なんですよね」
「ハァ、そうですか」
「すんまへん、あんまり役に立たなくて。でも最初に行った飲み屋は駅前にあるので、うまく打ち解けたら教えてもらえるかもしれんよ」
サトシは見たこともないくらい落胆していた。
「次郎さん、そんな風に見えないけどなかなか面白いことやってますね」
雄二が言うと、タンクマンが
「お前、あれ見せたれよ」
と促した。
スマホの画面は夜の高速道路を走っている様子を運転席から撮っている動画だった。
これのどこが凄いのかと東京から来た3人が不思議に思っていると、画面の下の方の速度を示すメーターが200キロになっていた。
「これ、高速を200キロで走っている様子を片手でスマホをもって録画したんです」
「あんた、なかなか狂ってるね」
夜はだんだん更けていくのであった。