郷愁の季節
12月14日(土)快晴の東京駅。
午前中の外回りの仕事を終え、師走だということもあってそれなりに混雑した東京駅のコンコースの人混みをくぐり抜け、私は八重洲口のバス乗り場に向かった。
午後からは我らが『平泉貿易株式会社』の忘年会を兼ねた1泊2日の社員旅行だった。
例年、忘年会に利用していた熱海のホテルに変わり、今年から鬼怒川のホテルが会場になったのは、折からの好景気で我が社の従業員の人数が増え、宴会場の大きさが熱海のホテルだと足らなくなったからだと部長から聞かされていた。
確かに、熱海のホテルの宴会場は30人も入ればい一杯いっぱいだったので、致し方ないだろう。
八重洲口のバス乗り場には同僚たちが集まって、たばこを吸いながら談笑していた。
「よう!みんな早いね」
「お、来たな、宴会部長」
「部長だけあって重役出勤と来たもんだ」
皆の輪に加わってポケットからハイライトを出すとマッチを擦って私も一服に加わった。
「そのマッチ、新橋のバーかい?」
「ああ、マチ子ちゃんのいるところね」
「くーっ、憎いね」
「ところで、最近はみんなハイライトだね」
「うん、やっぱりライトっていうだけあって吸い口が軽いもの」
談笑を続けていると部長がやってきて我々の輪に加わった。
「お疲れさまです」
「君たち、随分と早いね。しかし何事も予定時間より早く来るというのは結構なことだね」
「ありがとうございます」
「今日は年に一度の社員旅行だから、ひとつ無礼講といこうじゃないか」
「さようでございますか、恐縮です」
しばらく立ち話をしていると、わが営業2課の人間と一緒のバスに乗る総務課の人間が勢揃いしていた。
私は総務課のマドンナ、節子さんを目で追いかけた。
制服をから装いを変えて今流行りのみゆき族風のファッションで身を固めていた節子さんは、制服のときとは違う色っぽさがあった。
我々は順番にバスに乗り込み、私は同期で仲の良い佐々木と隣り同士となった。
通路を挟んだ隣には部長と専務が並んでいた。
「東亜交通バスをご利用いただきありがとうございます。バスガイドを務める樋口と申します。本日は鬼怒川ホテルまでの短い間ですが、ごゆるりとお過ごしください」
バスガイドのアナウンスとともにバスは師走の東京駅からゆっくりと走り出した。
しばらくするとバスガイドの樋口さんが
「本日はお飲み物のご用意があるようです。缶ビール、バヤリース、コカコーラがございますので仰ってください」
と言い、新人の坂本が我々に缶ビールを手渡した。
「これこれ、これだよ」
佐々木と私はビールのプルタブをプッシュと開けて小さく乾杯をした。
「この缶ビールというのが出来てから、随分便利になったものだな」
「そうだな、こうやって簡単に蓋が開けられて、手軽にビールが飲めるなんて我々飲兵衛にはありがたいってことよ」
「しかし、このビール、やけに冷えてないかい?」
「なんでも舶来の手持ち冷蔵庫みたいなのに氷をいれて今年の新入社員がバスまで運んだみたいさ」
「豪気なもんだね」
「会社で買ったみたいさ。さすが今勢いに乗っている平泉貿易ってとこだな」
「実はさ、駅でこれ買ってきたんだよ」
わたしはついさっき国鉄の売店で買った干しホタテをポケットから出すと、佐々木は
「よ!宴会部長」
といってホタテの貝柱を一つ摘んだ。
「部長、専務もおひとつどうですか?」
「いやー、君は気がきくね」
「バスの旅だとこういうのが嬉しいんだ」
上司に喜ばれるということは気分がいいものだ。
「坂本、ビールまだあるかい??」
「は、はい!あります」
「んじゃ、ここに2本と部長と専務にも1本づつ」
「かしこまりました」
「佐々木くん、君もよく気がきくね」
私たち2人は上司に気に入られて上機嫌だった。
師走の慌しさを感じさせる上野の喧騒を横目にバスは順調に目的地に向かった走っていた。
時折後ろのほうの座席に目をやると、総務課の節子さんがバヤリースを飲んで、同僚たちと楽しそうに話しているのが見えた。
1時間ほど経つと徐々にほろ酔いになってくる者が現れた。
我が社ののど自慢としてお馴染みの課長だった。
課長はバスガイドからマイクを借りて去年ヒットした坂本九の「明日があるさ」を歌い出し、コーラスの部分はみんなで一緒になって歌った。
笑い声と歌声でバスの中は賑やかに雰囲気だった。
鬼怒川に着いたのは17時を過ぎた頃で、すっかり日も暮れていた。
今日の宿の『ホテル金村屋』は、去年の熱海のホテルに比べものにならないくらいサイズも大きく豪華なところだった。
<続く>