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【超短編小説】空が泣いた日のこと

 雨は、災厄にも、恵みにもなる。命を奪い、同時に、命をはぐくむ。今はどちらかというと、前者であろうか。雨が、バケツをひっくり返したような雨が、町を襲う。路地裏に隠れた一人の人間の熱を、容赦なく奪う。人間の傍、ちょっとした物陰に隠れていた黒猫が、顔を出した。人に慣れているのか、怯えることなく、人間に近付く。

「どうしようか」

 自分に問いかけた台詞が、人間の口から洩れた。虚ろな目が、黒猫を映した。黒猫の口は開かない。キャットアイが、静かに人間を見上げる。まっすぐ伸びた、黒い尻尾が雨に濡れる。食べる物が良いのか、野良の割に毛の艶がいい。

「どうしようかなぁ」

 相手のいない言葉が、雨と共に地面に叩きつけられる。やっと一つ、猫が鳴いた。さよならの意味だったようで、猫は颯爽とどこかへ走り去っていった。ずぶ濡れの人間が、重い腰を持ち上げ、立ち上がる。ただでさえ光の無い路地裏から、人間が一歩、また一歩、表へと歩き出す。とうとう、人間が消えた。路地裏にいる生命体がいなくなる。空は相変わらず、何がそんなに悲しいのか、号泣したままだ。

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