現存最古の県庁舎を訪ねて(下)
旧久美浜県庁舎御玄関棟
降り立った久美浜駅は、旧久美浜県庁舎を模した建物で、切妻造の屋根が乗り、平入りで入母屋破風の車寄せが付いている。この地にとって県庁が置かれた歴史がいかに重要かを物語っている。
駅前の通りは、すぐに久美谷川という川沿いに走る道路と丁字路でぶつかる。そこを左に曲がると、右手前方に神社の案内と鳥居があるので、鳥居をくぐり、参道を歩くと神社の社殿の前に着く。(参道の途中、やや心許ない橋を渡るが)駅からは5分程度だ。
社殿は京都府の文化財に指定されており、そこまで大きくないながらも檜皮葺の立派な造りをしている。まず、お詣りを済ませる。
社殿を背にすると見えるのが、件の旧久美浜県庁舎である。写真やGoogleマップでその姿は既に確認していたのだが、驚いたのはその老朽化である。
建物の周りには簡易な柵が設けられ、よくよく地面を見ると屋根から落下したと思われる瓦がある。
壁面の漆喰も剥落している。
正面から見て、右側にいたっては、簡易的に覆いが被せられており、損傷が激しい。覆いが被せられていない方も棟が波打っている。震度5弱くらいの地震や大きめの台風が来たら、間違いなく倒壊してしまう。そんな状態だった。
あまりの状態の悪さに解体されてしまうのではという疑念がわいてきた。授与所に神職の方がいたので、お声かけをしてみると、府指定文化財であるということでもあり、解体してしまうという話は流石にないようだ。
ただ、修繕をする場合、解体修理しか方法がなく億の単位で費用がかかる。文化財であるので、一定の補助はあるものの、そもそも修繕事業を行わなければ補助は出ない。そして、小さな町の神社では、その事業実施は費用面から難しいとのことだ。
また、氏子もこの建物よりも社殿の保存に注力したいようだ(確かにそれが真っ当な選択だ)。檜皮葺の建物は定期的な修繕が欠かせない。こちらも数千万の単位で事業費がかかるため、旧久美浜県庁舎の修繕へ回す余裕はなおさらない。
結局、文化財になっているがゆえに、解体したくても解体できないし、修理も出来ないのでそのまま放置されてしまっているという状況のようだ。文化財保存の難しさをまざまざと見せつけられた格好だ。
現存する最古の県庁舎という大変貴重な建物を見られた喜びは残ったものの、やや複雑な念をかかえ、少しでも足しになればと思い御朱印をいただき、神社を後にした。
久美浜県庁跡
もう少し、旧久美浜県庁ゆかりの地を回ってみる。
神社の脇を久美浜の中心部へ向かう道路が北に延びているので、そこを進む。住宅と田んぼが混在している典型的な田舎町だと思い歩いていたが、中心部にさしかかると少し様子が変わった。道路沿いに古い町並みが残されている。そこまで、熱心に保存活動に取り組んでいる訳ではないようで、新しい建物に建て替えられていたり、途中に空き地はあったりするものの、代官所が置かれたこの地域の中心地として栄えた頃の残り香りが漂っている。
メインストリートの突き当たりにあるのが久美浜小学校で、ここに代官所と久美浜県庁が置かれていた。特に遺構はないが、小学校の目の前を用水路のような川が流れており、その名前が「陣屋川」である。
この陣屋川、小学校の玄関のある場所から100メートルあるかないかの距離で久美浜湾につながっている。久美浜湾は、小天橋と言われる砂州で形成された内湾で、とても波が穏やかだ。天然の良港だったのか、江戸時代には北前船の中継箇所でもあったらしく、そういう面でも町は栄えていた。町内にはこの地域の豪商であった稲葉家の住宅も残されており、公開されている。
豊岡県庁跡・旧久美浜県庁正門
風情ある久美浜の街を楽しんだ後、再び列車に乗り、今度は豊岡を目指す。久美浜とその隣の「コウノトリの郷」の間が京都府と兵庫県の境で、ここから兵庫県となる。
10分もすると、豊岡駅に着き、散策を始めた。豊岡駅から正面にまっすぐ伸びる道は表脇にアーケードが設けられている。まさしく豊岡のメインストリートだ。
この豊岡のメインストリートから少し離れた場所に豊岡市立図書館がある。蔵をモチーフにした外観の図書館で、見るからに雰囲気の良さそうな図書館である。この地は、もともと豊岡藩の陣屋が置かれ、後に豊岡県庁が設置された地である。
入り口には、豊岡県設置の際に移築された久美浜県庁舎の正門が残されている。立派な薬井門で、その大きさに驚かされる。久美浜にある県庁舎玄関部分とともに2つしかない貴重な久美浜県庁舎の遺構である。ただ、純和風の造りなので、きちんと説明しなければ陣屋の門や武家屋敷の門に間違えられそうだ。
ちなみに、『豊岡市史』には城崎郡役所時代の写真が掲載されている。
区画などはあまり変わっていないようで、まさに、この場所に豊岡県庁があったことが分かる。
おわりに
ここまで紹介してきたように旧久美浜県庁舎は正門を含め、当時の姿をよく残しており、現代の私たちに近代化の歩みを始めたばかりの地方行政のイメージを伝えてくれている。ただ、その保存については多くの課題がある。
華やかな洋風建築でない分、旧久美浜県庁舎の価値は一見すると分かりにくいことは事実だ。だが、近世的な統治機関から近代的な統治機関への過渡期に建てられた建築の現存例として、この建物が秘めている価値は決して小さくない。
一人でも多くの方に、この旧久美浜県庁舎の価値を共有していただき、この貴重な文化財を次世代に残していくための具体的なアクションにつながることを願ってやまない。
参考文献
豊岡市史編集委員会(1987)『豊岡市史 下巻』
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