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ひとが本来なりたかったものはロールパンのあかちゃんであるといえることの証明

やっぱり怪談を作るのがいちばん楽しい。


昨日と似たような話だけどやっぱりルーティンをこなしていると心が勝手に闇落ちしていく。

そんな時におすすめなのがパン作りです。

パンを作るのにはたいそう時間がかかる。

昼過ぎに作ろうと思い立ったら、完成するのは16時とか17時とか。

計量して捏ねて発酵させてガス抜きして丸めてちょっと休ませてガス抜きして成形して発酵させて焼く。

絶えず手を動かす時間と、1時間強ただ待ってなきゃいけないタームが交互に来るので暇だと思う時間がないのだ。

捏ねてる間はただ無心につるんとしたパン生地を目指して進めるし、待ってる間は本を読むなりなんなりしていても常に心の端っこにつやつやのパン生地がいてくれる。

パン生地は癒しだ。

まず、色がいい。

白とクリーム色の中間というか薄い生成というか、「やさしい」を具現化したようなあの色。

人間が本来なりたかったものとはこれであるといえる。

手触り。

ただの粉と水だったものをボウルの中で混ぜると、まず見るからに繋がりの脆そうな、たよたよとしたゆるい塊になる。
この時がいちばん、「あかちゃん」と思う。

まだろくに混ざり合っていなくて粉の部分と液体の部分が残りまくっているそれを台の上に出してやる。

全体にいきわたっていない酵母のベージュが色濃くなっている部分を探し出し、すべてを均一にするために手のひらで台に押し付けるように延ばしていく。

延ばして纏めてを繰り返す過程で、台に散らばった小麦粉を回収する。

たぱたぱと軟弱だったかたまりが、グルテンによってコシのある強固な一団になっていく。

材料の配合にもよるが、生地を捏ねていて楽しいのはロールパンだ。

粉と水分のバランスが丁度良いので台や手にくっつかず、こねくり回すうちに自分たちで勝手にどんどん強く結びついて、いつの間にかただつやつやとした白い何かになっている。

ある程度つやが出たら記事を広げ、バターを練り込んでゆく。

バターは塊のまま入れて良い。

芯が冷たいままのバターをつぶすように手のひらの付け根を押し付ける。
すぐにバターの甘い香りがキッチンに広がる。

手の熱で溶け出したバターの油分ははじめ、強固な絆を築き始めたパン生地に受け入れてもらえないんじゃないかと焦る。

バターの油分の方に生地が溶けだして、一時的にドロドロベタベタの、かなり水分の多いスライム状になる。

上手くいかなかったらどうしよう、と少し怖い。

めげずに延ばして纏めてを繰り返すうち、生地はまたもとの強くてつるんとした一塊に戻る。

固形油脂をふんだんに内蔵した記事はさっきよりももちっとしていて、艶も増している。

両掌で包み込むようにして、台の上を何度も転がす。

こうすることで摩擦によってグルテン形成がより促進される。

80回ほど転がしたところで確認すると、
さっきはぼこぼこしていた表面がなめらかになり、赤子の肌とほぼ同じ分子配列になる。

端の方をつまんで延ばしても簡単には千切れず、薄い膜を張りながら千里先までモチモチと伸びていこうとするので慌てて止める。

ボウルに移して加湿器の横で90分ほど放っておく。

90分経つとありえんほどデカくなっている。

発酵が完了しているので、小麦粉を人差し指にまとわせてプスリと刺す。

すると「プシュリ…」とか言いながら穴が開く。

穴はそのまま塞がらず、人差し指が入るだけのスペースを開けたまま呼吸する。

生地全体を拳で殴ると全体のガスが抜けてあっけなく縮んでゆく。

この工程だけ見ると、なんとも弱い者いじめをしているような背徳感がある。

これを丁寧に8等分してやって、分けたやつをまた丸める。

さっきまでつるつるというかバターの油分でヌルヌルしていた表面は少し乾いてサラサラとしている。

子供の頬を切り取ってきて1時間くらい置いておいたら丁度同じような手触りになるだろう。

薄い板状の道具を使って切り分けたパン生地は、表面が乾いているから不思議と断面が立っている。一度切り分けてしまったらもう簡単には元通りにくっついてはくれないのだな、と思う。

丸めたやつに濡れ布巾をかぶせて10分かそこら置いておくと、また少し大きくなっている。

守破離でいったら完全に離だ。集団から離れ、己の道を歩む。

それをまた手のひらで押してガスを抜いてやって、筋膜ローラーがすごい繊細になったみたいなデザインの棒を使って細長い二等辺三角形を作る。

それを端からクルクル巻いていくと急にそれが初めからロールパンだった問うことが分かる。

これに濡れ布巾を被せてまた1時間放置するとまた大きくなっている。

パンを焼くという工程は、放っておくと地球全体を覆いつくしてしまうイースト菌を殺して成長を阻害するための殺戮行為であるともいえる。

この頃にはもうかつてヒトの幼生であったころの面影もなくなっていて、ただロールパンとして羽化する直前の、中身がどろどろの蛹であるのと大差なくなっているので、
なんの躊躇もなしに200度のオーブンへと滑り込ませてやることができる。

捏ねたてのあの巨大な頬っぺたのままだったら、きっとかわいそうでそんなことはできないだろう。

13分ほど洗い物をして待っていたら、もう表面がサクサクで中がふんわりとしたあのロールパンになり果てている。

無情にも焼きたてを千切って頬張ると、子供の頃散々味わったあの味が口いっぱいに広がるので、やっぱり人じゃなくてロールパンだった、と安心する。

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