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あさひ市で暮らそう64話 若夫婦 快走す
慎重に管理された巨大なハウスの中で、遠くまで続く畝から伸びる活き活きとした緑の大きな葉っぱ群をサチコは嬉しそうに見つめた。
「日差し、ありがたぁい」
日焼け対策をバッチリ決めたサチコは収穫とツル下ろしのためきゅうりジャングルへと消えていく。お気に入りの音楽を聞きながらきゅうりに話しかけるサチコのきゅうりへの愛が株たちに届いていく。
有機肥料と土作りにこだわった奈良ファームのきゅうりは甘み、旨味、みずみずしさが最大限に引き出されていてえぐみがない。
「本当に楽ちん!」
水萌里はスーパーで購入したきゅうりは先端を切ってから切り口を合わせてクルクルと回し白い泡を出させてエグみを取っているのだが、奈良ファームのきゅうりはその手間が必要ない。道の駅季楽里で見かけると買うようにしているがなかなかお目にかかれないのが実情である。旭食肉センターで見たときには飛びついて買ってきた。
途中まで切ったきゅうりを手に持ってパリンと音をさせてかじる。
「美味しい!!」
奈良ファームのきゅうりがこんなにみずみずしい緑に輝くまで簡単な道のりではなかった。
サチコが嫁ぐ前からずっと奈良ファームはきゅうり農家だった。旭市の農家らしい大きなハウスを持ち、主の指示で季節ごとの作業が決まる。サチコが嫁いだ時は夫の父親が仕切り、その計画に沿って家族一丸になって栽培し農協に出荷していた。
そんなリーダーが病に倒れ入院することになったときは困惑した。
栽培に何をしたらいいのかわからない。何をどう考えきゅうりを栽培していくのかは父親に任せていたからだ。
『船頭多くして船山のぼる』
『リーダーがたくさんいるとあらぬ方向へ進んでしまう』ということわざだが、得てして農家にはそのような考え方が普通であるためリーダーの判断にすべてをまかせることが一般的であった。
きゅうりの葉が黄色くなってもどうしていいかわからない。実のなりが悪くともどうするべきかわからない。
病院にいる父親は「様子がわからんから答えられん。お前たちで考えろ」と言う。
若い夫婦はそれから農業についてきゅうりについてたくさんのことを調べ勉強した。父親の流儀にこだわらずに学んでいった。父親に任せきりだったことも実感した。
こうしていくと、研究が進んだ現代では栽培に多くの工夫ができることがわかった。だが、工夫しても植物相手では結果はすぐには出ない。地道にあせらずだがのんびりとせず。父親とは違う方法となっていくが、若い夫婦は自分たちが信じる道を行く。子育てをしながらのそれが楽だったわけがない。
「葉が黄色くならなくなってきたよね……」
隣に立つ夫テツヤに不安と期待でたずねるとテツヤはきゅうりの畝を見つめたまま笑顔で頷いた。二人が見つめる先には青々としたきゅうりの株たちがのびのびと育っている。
こうして健康で美味しいきゅうりを日々研究と成果を繰り返しながら収穫量を以前の値ほどまで戻し農協への出荷を安定して行えるようになった。
若夫婦によって奈良ファームは快走中である。
テツヤとサチコの若夫婦はインターネットを中心にきゅうりの勉強をしていく中でたくさんの素晴らしい出会いも得た。そのひとつが『ちば食べる通信』の佐藤との出会いである。
各農家の工夫を凝らした農法を理解しそれを特集する情報誌を発行し、その食材の販売をもする『食べ物付き情報誌』というユニークな取り組みをしているコミュニティーチーム『ちば食べる通信』は時には体験まで付け、農家と積極的にセッションしている。
野菜を美味しく食べてもらう努力も惜しまない。夏には大玉トマトのトマトジュース、冬にはサツマイモチップと野菜愛を食卓に届け続けている。
サツマイモチップはキャラメルソースが絶妙な商品なのだが、水萌里はちょっと目を離した隙に洋太に全部食べられてしまい悔しい思いをしたことが忘れられない。
「いやぁ! バニラアイスとの相性が良すぎて手がとまらなかったんだよなぁ」
満足気な洋太の頭を叩いた水萌里は洋太が本当は神様だったことを一瞬忘れていたくらいだ。
そんな奈良ファームが出したのは『そのままガブッときゅうりの一本漬け』。名前までそのままだが、化学調味料や添加物不使用で新鮮さと甘さもそのままの美味しい漬物は漬物工房彩とのコラボ商品である。
たくさんのメディアに注目され人気になっている奈良ファームだが、規模を大きくする予定はないという。「奈良ファームの野菜を守るため」に夫婦で真摯に野菜に向き合っている。
ふるさと納税返礼品に選ばれ、なんと50本も入っているというから驚きだ。
白い◯にNARAというパッケージのきゅうりを見つけたら是非。きゅうり嫌いなお子様をお持ちのお母さんもお試しあれ。
奈良夫妻は今日も収穫に大忙しです。
☆☆☆
ご協力
奈良ファーム様
ちば食べる通信様
旭食肉協同組合直売所様
道の駅季楽里様