あさひ市で暮らそう72話 ファッションの初手
「お前ら、後ろから見ると笑えるくらいそっくりなんだけど」
川上少年は友人から言われたそのからかいの一言にプライドが傷ついた。目立つことを良しとしていた中学校生活の中で週末のプライベートでの出来事だった。誰かと一緒であることは目立つことと相反する。ガンガンと頭にショックを受けた川上少年はその友人の追加の一言で雷に撃たれたような衝撃を受けた。
「服の色くらい別のにしろよ。わはははは!」
隣を見ると自分と似たような地味目色のシャツに安いジーパン。
『そうか…………。洋服で差をつけられるのか』
かといって予算に余裕などない中学生はファッションを雑誌などで勉強するしかできなかった。足が速いことが幸か不幸か、陸上競技に心血を注ぐ中学校高校生活ではおしゃれを楽しむなどできない。高校三年で部活を引退するとバイトに明け暮れ、納得いく金額を得た時に川上青年は決意した。
「東京に買い物に行くぞ!」
目指すは渋谷か原宿か。緊張の面持ちで立った東京は眩しかった…………。初めて雑誌などで有名なアパレルメーカーに入店したものの、店員に話しかける勇気は持てない。威圧を与えているように感じる店員を無視することを自分自身に言い訳する。
『俺の今の格好はバカにされてるかも。きっとそんなやつに接客なんてしたくないんだ。
だけどそんなのこっちもゴメンだ! 俺がファッションを勉強してきて、今ほしいってものを買うんだっ!』
近寄ってきた店員をものともせず、自分の選んだものを購入し、紙袋を受け取ると意気揚々と外に出た。紙袋を目の前に持ち上げジッと見るとその紙袋でさえキラキラと輝いているかのようである。
「ついに東京の服を買ったぜっ!」
宝物のように紙袋を抱えて旭市の自宅に戻る。そっと購入した洋服を取り出すとおもむろに顔を埋めると、すぅーーーと音がするほど吸い込んだ。
「はぁ。東京の匂いがする」
東京の洋服デビューをした川上青年は大学に進み、またしても陸上競技でファッションから遠ざかるものの、就職する時には選択肢は決まっていた。
「他にもやりたいことはあるけど、やりたいことの中で一番現実的なのはファッションだ」
だが、こだわりの強い川上青年は自分好みのアパレルメーカー三社しか受けない。東京には数多あるはずのアパレルメーカーの中で…………三社。なんと無謀な選択に、天は微笑まなかった。だが、ここで諦める川上青年ではない。
「アパレルメーカーってバイトからでも社員になれるんじゃん。なら四月まで待たずにバイト始めちゃえばいいじゃんなっ」
こうして川上青年希望の三社のうちの一つに仕事が決まる。
川上は仕事を覚えれば覚えるほどとある黒歴史を思い出し身もだえることになる。
高校三年生。有り金を握りしめ、ダサい格好で東京のおしゃれな店に入り、店員が愛想で褒めてくれたリュックについて自慢気に講釈をたれ、話を聞いてくれた店員のアドバイスにも耳を傾けずに購入し、着替えもせずにダサい格好のまま帰宅したあの日。
「絶対に、あの時の店員は笑っていたよなぁ…………。高校生の俺…………ダッサ……」
自分をかえりみた川上にやりたい店の形が小さく生まれた瞬間だった。それからはファッションセンスだけでなく、接客についても貪欲に学び始めれば、社員に格上げされるのは当然の結果だ。
だが、川上の試練はそれだけで終わらなかった。接客に磨きをかけようとした時期に例の病が流行した。マスク装着の上、接客はなし。
「俺は服をたたむロボットじゃねぇんだ…………ぞ」
学ぶことも自分を磨くこともできなくなったジレンマで川上は退職とUターンと開業を決意した。
店名は最も単純な名前にしたいと考えて『服装→FUKSO』になる。これは川上のやりたい店の形ゆえである。コンセプトの一つを『若者たちの初手の店』としたいと考えたのだ。
『高校生たちが俺みたいなオノボリさん状態で東京に行かないようにさせたい。おしゃれの初手としてうちの店でおしゃれに少しでも触れてほしい。
高校生が相談とかしに来てくれる店にしてぇなぁ
みんなに着るだけで心躍る服があるって教えたいなぁ』
アメカジを中心とした一癖あるアイテムをセレクトしている店内で川上はいつも身悶えている。
そんな店に恐る恐る入店した真守は自分にはないセンスにドキドキしながらも店内を見てまわった。笑顔の店主川上のラフなのにクールな着こなしにドキドキ感は増す。その時の川上は真守の様子を見ながら話しかけるタイミングを見ていた。
そこにお客が入店してきた。
『アロハシャツの着こなしがかっこいい! こういうお客がくるのかああ!』
そのお客は親しげに店主川上と話を始めた。
持ち合わせがなかった真守は洋太と一緒に出直そうと店を出た。
店主川上の爽やかな挨拶が真守の背中に向けられ、真守は絶対にまた来ようと思ったのだった。
それから近くの店『Seed』へ行くと水萌里に頼まれた『豆花』を購入して家路につく。
家に着くと水萌里が上機嫌で豆花を食べ始めた。
「このぷるぷるがサイコー! 蜜の甘さもちょうどいいわ。今日はいちじくなのね。フルーツとの相性もバッチリ! まさか旭市でこんなに本格的な豆花が食べられるなんて思わなかったわ」
水萌里の最近のお気に入り『豆花日和』は不定期オープンなので「毎回手に入るわけではない」のだと水萌里に何度も聞かされていた真守は、水萌里の嬉しそうに食べる姿に顔をほころばせた。
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ご協力
古着屋FUKSO様
豆花日和様
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