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あさひ市で暮らそう55 旭大好きっ子
ランドセルを背負って鶴巻小学校までの登り坂で懸命に足を動かす少女は目的の場所に着くと息を切らせながら振り向いた。
「わぁい! 今日も富士山見えたぞぉ!」
見広の坂からは朝の日差しをまっすぐに受ける富士山が時折姿を見せてくれる。毎日それを確認する少女は小学校のそばの電話ボックスに飛び込むと家に電話をかけた。
「もしもし! お母さん、今日も富士山が見えたよぉ! いってきまーす」
そのままの勢いで昇降口へ向けて走り出した。
帰り道ではその坂から眼科に広がる田園風景を見ると笑顔を零す。その少女は旭市の自然あふれる景色が大好きだった。自然の上にある農家のみんなが好きだった。
そんな少女の旭市への愛は大学に進学しても衰える……どころか外に出たことで尚更燃え上り、戻ってきたときにはまわりの様子にほんのりと寂しさを覚えた。
『旭市って最高だよね。キレイな富士山が見れて、海が近くて、田んぼがいっぱいで、面白い人が多くて、公園もたくさんあって……。それをたくさんの人と楽しみたい。どうしたらいいだろう?
それに、子供たちに教えたいこと、忘れてほしくないことがいっぱいある。農業、食、じいちゃんやばあちゃん、風景、地域の行事、伝統、歴史、習慣。たくさんたくさん伝えたい!』
そうして、子育てをしながら思考をまとめ人脈を作り企画を考えて力を蓄え、満を持して表に出た。
『NPO法人みらいファーム 代表理事 三川美佳』
コンセプトは『あさひの未来をつくり出す場所。ちいさなまちで、関わる人すべてが家族のように。しっかりとつながる、つなげる』
もっと楽しい場所になるように、子どもたちが出ていかなくてすむように、旭のいいところを共有できるように、みんなで助け合えるように。
いろんな居場所をつくるという願いを込めてミカは活動していくと決めた。
ミカは自分の描く『繋がる場所』をつくる企画を次々に形にしていく。
特にミカが目指す姿には『農家』と『子供』が深く関係している。
『おすそわけ食堂』では農家のフードロスを考え、課題に取り組んでいる。お弁当を通じて地域の生産者の存在を知り、食や無駄について考えるきっかけ作りをしている。
『わんぱくアート』では暖かい春の陽気の中で子どもたちは筆だけではなく手や足を使って思いっきりキャンパスに表現していった。
『あさひ星空シアター』は秋の風が吹く公園で芝生の上にシートを敷いて家族が暖かいものを口にしながら身を寄せ合い大きなバルーンスクリーンで映画を見る。夕方には公園をあとにする子どもたちにとって真っ暗な公園での時間は冒険心をくすぐったことだろう。
農家と子供をつなぐことはミカの中でいつでも『やりたいこと』であり、2024年『りとるすてっぷ』の新企画としてりとるすてっぷマルシェを発表した。ミニトマト農家石井ファーム協力のもと農家に潜入し実際の作物に触れて、子どもたちが農業を身近に感じるように導く。そしてそれの商品開発や店作りをして出店と、一連の経済活動を体験できる企画となっている。
さらには情報マガジン『TODAY』発行だ。その中ではみらいファームの活動報告だけでなく。あさひで働く人々を紹介している。『あさひのひと』や『あさひな農家さん』はあさひで輝く人たちをピックアップすることで、子どもたちにあさひへの夢を描かせる手引のようだ。
「ミカさん。このフリーペーパーはクオリティー高すぎです…………」
手伝うことになった水萌里は実際に関わるとなおさらに驚嘆した。
『ミカさんが旭市に十人いたらすごいことになるのにな……』
残念ながら三川ミカは一人しかいない。
『彼女は彼女のパワーが続く限り走っていくのだろうな。それを少しでもお手伝いしていこう』
自宅に戻りパソコンに向かう水萌里は自分に向かって鼓舞するのだった。そしてお菓子に手を伸ばす。
「このウィークエンドシトロン、美味しい! レモンが香るう!」
そのウィークエンドシトロンは時々ミカがイベント出店などをするとお目見えするカップケーキである。
ミカは『ウィークエンド』というケーキ屋さんというもう一つの顔を持つ。ここもミカは『あさひの農家』にこだわり、地元産の米粉を積極的に取り入れた商品を作っている。米粉菓子ならではの食感に試行錯誤し、味にこだわり材料にこだわったお菓子たちは、ときどき『めとはな』に並び、時にはイベントに出店していたりもする。
「ミカさんったら、いつこんな時間があるのかしら? もしかして寝ない人なんじゃないのかな?」
二つ目のシトロンの封を開けてながら水萌里は呟いた。
ミカのお菓子作り好きは幼稚園児の頃から始まったというから驚きである。初めて人参ケーキを作ったときの楽しさはプロになった今も変わらないようで、新たなステップに向かって進み続けている。
☆☆☆
ご協力
NPO法人みらいファーム様
ケーキ屋ウィークエンド様