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あさひ市で暮らそう59話 旭市を歌で応援する
「方言って「汚い」とか「野蛮」とか言う人がいるけど、私は『歴史であり伝統であるもの』の一つだと思っているの」
一夏は水萌里にねだられて中学の卒業アルバムを見せながら、ふとつぶやいた。
「一つ?」
「うん。お祭りや冠婚葬祭にも歴史や伝統が入っているでしょう。それと同じだって思う。だから、この同級生たちと会える時はできるだけ方言で話したいなぁって思っているんだぁ」
「そうなのね。この地域にはどんな方言があるの?」
「東総地区って言われている地域は方言が似ているわ」
それから二人でノートを取り出しどんな方言があるのかと並べていく。二人の笑い声は春間近な明るい縁側にいつまでも響いていた。
その数日後、水萌里の誘いである場所にやってきた。
「懐かしいぃぃ」
壮年の女一夏が感慨深げに見上げたのは真っ白い建物の老舗ライブハウスである。
「高校時代がバンドブームだったのよ……」
「え? 一夏さんってバンドをやってた人なんですか?」
水萌里は隣に立つ一夏を目をまんまるにして見つめた。水萌里の中でいつかの調子が外れた『◯ッコーマン』のCMソングが思い浮かぶ。
「やっだあ! そんなわけないじゃなーい!」
バチーンと肩を叩かれた水萌里は前によろけた。「あたたた」と姿勢を戻す。
「先輩とか同級生のライブチケットがカンパってことで売られていて、それを持ってここまで来たわ。そうやって応援してただけよ。私に歌のセンスがないからこういうところって異次元だわ。みもちゃんに誘ってもらわないと来れないわね」
「私も一人ではまだ無理だなあと思って一夏さんを誘ったんです。イベントで知り合った女の子が歌うから。今日は付き合ってもらってすみません」
「だあかあらあ。誘ってもらえて嬉しいって言ってるのよ。さあ、入りましょう!」
水萌里たちが入店すると目的の女性『キアラ』の『さゆり』が出迎える。水萌里とさゆりはとあるマルシェで知り合った。
「本当に来てくれるなんて嬉しいです! このイベント主催者を紹介しますね」
さゆりは一夏と同年代の女性ナオを紹介した。
「ナオさんも今日、歌いますから楽しみにしてくださいね」
その日、水萌里も一夏もとても楽しく過ごした。音楽が好きで音楽を楽しむ人達が集まるこの『オープンマイク』というイベントは派手ではないが弾き手も聞き手も暖かく和やかな雰囲気である。
最終演者が終わり水萌里と一夏が興奮気味にさゆりに声をかけるとさゆりは目尻を下げて二人に「ありがとうございました」と言う。
「さゆりちゃんってオリジナル曲なのね。シンガーソングライターなんてすごいわ。心が暖かくなる曲が多くて感動しちゃった」
「私なんて泣きそうになったわよ」
「一夏さん、泣きそうじゃなくて泣いてましたよ」
一夏は水萌里のツッコミに肩を叩きよろめいた。これは最近定番のノリである。さゆりは「コピーの方が難しくて」と謙遜するが曲を褒められたことは率直に嬉しいようだ。
水萌里と一夏はさゆりに手を振って店を出ようとすると男性から明るく声をかけられる。
「ありがとうございました。また来てください!」
その男性はナオと『Sometimes』というユニットを組んでいる甲斐だった。ワイルドなモヒカン頭にサングラスというイカツさを表現したスタイルにもかかわらず親しみやすい笑顔を向けてくるので水萌里たちも笑顔で返す。
「とてもステキでした。また聞きにきます」
甲斐の後ろではナオも嬉しそうにブンブンと手を振っていた。
二人のユニット『Sometimes』は令和六年二月ユーチューブにミュージックビデオを公開した。作詞ナオ作曲甲斐曲名は『言の葉』。初日から400回を超えた再生回数は1000回以上の人気曲である。ナオは「この曲は珍しいくらい甲斐さまからのダメ出しが少なかったんだ」と語る。
ナオと甲斐はこの老舗ライブハウスでは月に一度仲間たちとオープンマイクをしていて、演者としてコピー曲だけでなくオリジナル曲もたくさん披露している。
『Sometimes』のオリジナルの中には『旭応援ソング』もある。
その『旭応援ソング』をパワーアップさせようと二人は市役所を訪れ企画政策課で旭市の魅力についてリサーチをした。知らなかった旭の話に制作意欲は否が応でも湧き上がった。
そして、二人は帰りがけに市役所の展望階へ上り旭市を一望する。どこまでも平坦な旭市を堪能できるその階は『あさひビュー360』と名付けられている。毎日朝8時半から夜7時まで利用でき、天気が良ければ富士山だけでなく筑波山も見ることができる。夕方の富士山の姿は勇壮で是非時間を見計らって行きたいスポットの一つだ。
と、展望階のPRはさておき。
「よっしゃ! 新『旭応援ソング』やってやろうじゃん!」
甲斐の気合にナオも喜んで同意した。
その数週間後。
「やばいっ! 来週イベントなのに最後が決まらないっ!」
『Sometimes』は令和六年3月30日に袋のイベントの舞台に出演することになっている。そのイベントまで一週間だ。
「えー! 覚えられるか不安だよぉ」
「そうなったら五月にってことでっ!」
笑い飛ばした二人は五月には飯岡しおさい公園のイベント出演が決まっている。
『Sometimes』は令和6年様々なシーンで歌声を披露してくれることだろう。
と、その頃、一夏との方言遊びが面白くてそれを『詩』にしていた水萌里は、その『詩』を甲斐に見せることのなり、甲斐の手によって『歌詞』になることなど想像もしていなかった。
☆☆☆
ご協力
Sometimes様
旭市役所様