小説のかけら 6 【君はまるで太陽のように】
切り取られた真夏の空が浮かぶ。僕はそれをぼんやりと眺め、流れる汗を拭うことなくそのままにしていた。
また来たの、と声を掛ける女性がいた。見遣るといつもの女性が呆れ顔で僕を見下ろしている。女性は遮光カーテンを素早く閉めてエアコンのスイッチを入れる。真夏の空は姿を消し、代わりに目に入ったのは女性が差し出したビニールの袋だった。がさりと音を立てて僕にずいと差し出された袋の中には、夏に相応しいチョコミントのアイスクリームがふたつ仲良く入っていた。食べるでしょ、とぶっきらぼうに言って女性は木のスプーンを袋から出して掲げた。そこで初めて女性は、にっと笑った。
冷えた風が徐々に室内に満ち始める。女性は、よいしょと言いながら僕の隣に座り、独り言のように暑いねえと呟いた。その呟きを自ら掻き消すかのようにビニール袋をがさがさと言わせてアイスクリームを取り出す。そして僕に、ん、と差し出した。
アイスクリームの蓋をぱかっと開けて、先程のぶっきらぼうな調子で女性は言った。いい、夏はこれからなの、君がここに勝手に来るのは構わないけど手土産くらい持って来るように、あとエアコンのスイッチを入れておくように、と。
分かった? と、じろと僕を見てアイスクリームを口に運ぶ。気圧されるままに返事をすると、よろしい、と言って女性はにやりと笑った。また女性はアイスクリームを食べて、先達てのように独りごちる。夏はこれからなんだから、と放り出した長い足を組み、肩までの黒髪を耳に掛ける女性。僕はそれを見届けてから、チョコミントアイスクリームの蓋を開ける。ぱか、と小気味の良い音がした。僕がスプーンを立てると女性が、あ、と言った。それ、一応おごりだからね、と。だから僕は、じゃあ次のアイスクリームは僕が買うよと返す。女性は、分かってるじゃん、と笑った。にっ、と笑ったその顔は夏の始まりに相応しい、そんな朗らかな笑顔だった。
悲しみを追い掛けて陰を作り、太陽を忘れてずっと走り続けました。
喉が渇いた時、後ろから私を呼ぶ声がしました。悲しみを追い掛けていた私は振り向くまいとしましたが、執拗に私の名前を呼ぶ声に負けて振り向いてしまいます。そこには、とうに忘れ去ったはずの懐かしいひとが、陽光の中、水を湛えたグラスを片手に笑っていました。
繰り返し私の名前を呼ぶ君に、私は追い掛けていた悲しみを少しの間だけ忘れました。どちらに向かうか悩み考える足が君に向いた時、すっと君がグラスを差し出しました。グラスを受け取り、飲み干すと、体内に満ちて行く気力を感じました。
私は再び悲しみを追い掛けようと思いました。体の向きを変えた時、私の肩を君が軽く叩きました。私の名前を呼ぶ君。振り返ると、もういいんだよ、と君が言いました。私は戸惑いましたが、もう一度、君が同じ言葉を私に告げ、私の手を繋ぎました。その時、忘れていた太陽のあたたかさを私は感じ、そうか、もういいんだ、と思いました。
私達は並んで歩き始めました。君は、まるで太陽でした。