救助員の資格取得も! 「日本赤十字社」が推進する、溺者救助・水の事故防止のための「水上安全法」とは?
世界各国に拠点を置き、人道支援活動を行う赤十字・赤新月社のうちの一つである日本赤十字社。推進する取り組みの一つに、水上安全法という水の事故防止から人命を守るための知識や技術を習得する講習があるのを知っていますか。今回は、日本赤十字社が水上安全法に取り組むようになった経緯や実際に行われている講習内容、そして事業に対する想いについて、講習普及業務を担当している日本赤十字社の武久伸輔さんと武藤裕美さんにお話を伺いました。
(プロフィール)
講習開始は昭和初期! 当初は溺者を救助するための技能を学ぶ講習だった
ー最初に、赤十字水上安全法について教えてください。
武久:
赤十字水上安全法は、「水を活用して健康の増進を図り、水の事故から生命を守るための知識や技術」であり、水に関わる活動中の安全を図る方法として赤十字が講習の実施を通じて普及しているものです。
赤十字水上安全法を学ぶ目的は、水の事故から生命を守るための知識や技術を身につけ、水の事故を防止し、緊急時に必要な行動がとれるようにすることです。水上安全法を学ぶことで、日常生活における水の有効性と危険性だけでなく、水の事故の現状や原因、自然環境についての理解促進、また、自己保全の方法や遊泳施設の安全管理と監視に必要な知識の習得、事故発生時の救助法、応急処置までを身につけることができます。
ー日本赤十字社が、水上安全法の講習を始めた経緯を教えてください。
武久:
講習開始は、昭和初期です。日本は海に囲まれた島国で海にまつわる事故が多く、また、河川での事故も発生していました。そんな状況にも関わらず、当時は「救助は特別なこと」で、スキルを持っていない一般市民にとっては、「救助は自分とは関係のない」という気風があったようです。そこで、日本赤十字社としては水の事故を少しでも減らしたいという想いから、講習会を行うようになりました。当時の名称は、「溺者救助法」です。
もともと、人々の健康や命を守るための「衛生講習会」というものが存在しており、水に関する内容も入れるべきという検討があり、溺者救助法が導入されたと聞いています。
ー現在の水上安全法となるまでに、どのような変遷をたどってきたのでしょうか。
武久:
溺者救助法という名称から、当初は溺れた人の救助がメインで実施されていたと推測されますが、それだけではなく、溺れる人を作らないという「事故防止」の考え方が重視されるようになり、徐々に現在のような事故防止を積極的に普及する講習内容も盛り込まれてきました。
また、水は危険なものでもある反面、健康増進にも大変役立つものです。その利点を訴求する講習を行う中で、次第に水に関する事故が起きた際の救助方法を普及する流れになったという話を聞いたことがあります。溺者救助法が現在の水上安全法になったのは、昭和24年のことです。
一次救命処置から自己保全や事故防止の知識まで…あらゆる学びを習得後は、救助員の資格取得も可能
ー水上安全法の講習の概要を教えてください。
武久:
各都道府県の支部が開催している講習で、着衣泳などの浮くための技術を習得する短時間のプログラムと、救助員という資格が取得できる赤十字水上安全法救助員(Ⅰ・Ⅱ)を実施しています。
前者は子どもを対象としたケースが多く、学校などからの依頼で行っています。また、一般の方を対象に水の事故防止や監視に関する内容の講習もあります。後者は、水泳のインストラクターをはじめ消防や警察などの社会的使命を担っている方、それからプールの監視員やライフセーバーの方など水に関わる業務に従事されている方が比較的多く受講されています。
ー救助員の資格取得の講習ではどのようなことを行うのでしょうか。
武久:
まず講習を受けるためには、心配蘇生、AEDを用いた電気ショック、気道異物除去などの一次救命処置を学ぶ赤十字救急法基礎講習(約4時間)を受講していただきます。その講習を修了し、かつ一定の受講基準(クロールおよび平泳ぎで各100メートル以上、クロールまたは平泳ぎで500メートル以上など)を満たしている方が、赤十字水上安全法救助員Ⅰ養成講習を受講することができます。
赤十字水上安全法救助員Ⅰ養成講習では、主にプールを会場として事故防止などの知識を学ぶ一方で、自己保全、救助、応急手当などを実技として習得します。
水上安全法救助員Ⅱは、この水上安全法救助員Iの資格を取得した方が受講できる講習です。海を会場として、海、河川および湖沼池の特性や事故防止を知識として学び、要救助者の救助や応急手当などを実技として習得します。
赤十字水上安全法救助員ⅠおよびⅡの資格は、これらの救助員養成講習をそれぞれ履修し、学科・実技の検定において80%以上の方に付与されます。
ー救助員の資格取得の難易度はどのくらいなのでしょうか。
武藤:
水上安全法は体力や泳力が求められる分、他の講習に比べると資格取得の難易度は高くなっています。
ー講習をされる指導員の方は、どのような指導を心掛けていますか。
武藤:
自分の身を守ることを前提として、まずは自己保全を習得してもらい、それから救助方法を学んでもらうようにしています。また、学科では水辺の危険な場所についてお伝えしますが、具体的な事例を挙げるなどの工夫を説明します。
日常生活での事故防止にも役立つ水上安全法。日頃の危機管理意識を高めるきっかけにしてほしい
ー講習で学んだことを日常生活でどのように活かせますか。
武久:
講習を受講していただくことで、小さいお子さんのいらっしゃるご家庭なら、家庭内での水の事故が起こりやすい場所がわかり、どういうことが水の事故につながるかなどが学べます。ニュースで流れる水の事故原因をよくよく聞いてみると、これさえ知っていたら事故を避けられたのではということが結構あります。講習ではそういった部分も学べますので、日常生活における事故防止につなげられるのではないでしょうか。
ー受講者の方から、「実際にこんなことに役立った」などの声はありますか。
武藤:
自分の身体を浮かせる、「浮き」の技術なども学べるので、「自己保全として役立つ技術で、まわりの人にも話して」と言ってくださる方もいて、とてもありがたく感じています。
ー水上安全法の講座を実施することに対する想いと、今後の展望について教えてください。
武久:
水上安全法を普及・推進している一人として、水の事故を少しでも減らしたいという想いがあります。水の事故の発生原因で不可抗力的なものというのは実は少ないと言われています。ほんの少し知っている知識があり、気をつけていたら確実に防げる事故も結構ありますので、そういった所を多くの方に伝えていきたいと思っています。
水上安全法は、赤十字が長い歴史の中で行ってきましたが、今後の展望として講習内容の改良なども随時行いながら、より多くの方が受講したいと思ってくださるような講習の実施を目指しています。
武藤:
たとえば、水辺へ遊びに行った時に、家族と一緒にいても悲しい事故が起きることがあります。危険への意識を高めるため、水上安全法の講習に参加いただき、多くの方の危機管理意識を高め、アウトドアを楽しんでもらいたいです。
ー最後に、お二人の「海のそなえ」を教えてください。
武久:
海では特に、危険な場所を知っておくことが非常に大事です。たとえば、波のある海だからと波の少ない場所で子どもを遊ばせようとすると、実はそこが離岸流の発生場所だったということがあります。安全だと思った所が一番危険だったりすることもあるので、そういった事前知識を知ることで事故を未然に防ぐこともできるでしょう。また、特に小さいお子さんは目を離したらすぐにどこかに行ってしまうなど思わぬ行動をしますので、海の特性だけではなく、お子さんの行動にも気をつけていただくことも大切です。
武藤:
海で遊ぶ場合はライフセーバーがいるような管理された海水浴場を選ぶことをおすすめします。それから、自分たちで選んだ場所で遊ぶにしても、その場所がどういう場所なのかを調べておくことも大切です。たとえば河川であれば、前日に雨がたくさん降っていたら増水の危険があります。天気予報をはじめとする情報を収集した上で、危ないと判断した場所には行かず、安全に遊べる場所で遊ぶ。これも、事故防止につながるそなえでしょう。
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救助法の知識や技術を学ぶことは、ハードルが高いとためらうこともあるかもしれませんが、こうした習得の機会を利用することで、技能をしっかり身につけることができます。海や河川へ出かける際も安心して、水辺をより楽しむことができるのではないでしょうか。みなさんも機会があれば、ぜひ学んでみてはいかがでしょうか。