サンタのいない クリスマス
今年は サンタがやってこない。
そう気づいて
俺は 途方にくれる。
いい歳をした おっさんが
何を言うんだと思われるだろうが
去年までは 毎年欠かさず
サンタクロースからのプレゼントが届いていたのだ。
サンタのいない クリスマスがやってくる。
俺は どうしたらいいのか わからない。
✴︎
サンタクロースからのプレゼントが
嬉しくてしかたがなかったのは保育園の頃だった。
枕元に置いた 赤と緑のフェルトの大きな靴下が
クリスマスの朝には
いろいろな お菓子で いっぱいになっているのだ。
普段 なかなか買ってもらえない駄菓子もあり
伺うように母親を見ると
「サンタさんがくれたんだから仕方がないね。
一度に全部食べないのよ。」
と この時ばかりは許してくれる。
嬉しくて嬉しくて 何度も取り出しては並べ
悩んだうえで その中からひとつを選び
残りをしまうことを儀式のように楽しんでいた。
しかし
そんなクリスマスは短かった。
小学校1年生のクリスマス間近。
クラスの友達たちの会話は もっぱら
サンタクロースに何のプレゼントを頼むか、
についてだった。
僕は きょとん とした。
サンタさんのプレゼントは お菓子と
決まっていると思っていた。
友達たちは
ファミコンの新しいソフトを頼むようで
それぞれに違う種類を頼んで貸し借りしようと
そんな相談をしている。
「あー、お菓子の長靴もあるょ。
あれは、おまけみたいなもんだよなー。」
僕はファミコンを持っていなかった。
自分の家は母子家庭だし
他の家より経済的に厳しいのはわかっていた。
でも サンタクロースまで差別するのだろうか?
むしろ 普段買えない僕のところに
たくさんプレゼントをくれればいいのに。
そう考えているうちに
パズルのピースがはまるように
気づいてしまった。
お母さんだ。
サンタクロースの魔法は
あっというまに解けてしまった。
クリスマスの朝。
お菓子のいっぱい詰まった靴下の袋を抱えて
僕は去年以上に喜びを表した。
お母さんは嬉しそうに笑っている。
嬉しいけれど
なんとなく泣きたいような気持ちにもなった。
毎年毎年
母親サンタは お菓子をくれた。
それは市販のセットになっているものではなくて
単品で それぞれ 選ばれたものだった。
必ず入っていたのは チュッパチャップス。
僕が もったいぶって わけてあげると
お母さんは 大層 嬉しそうに ありがたがり
一緒に舐めた。
どっちが早く舐め終わるか(噛むのはダメ)
競争したりしたけれど
早くなくなって寂しいと
勝った僕がしょんぼりするのを見て
お母さんは おなかをかかえて笑った。
それ以外は
毎年毎年いろんなお菓子が入っていた。
選ぶのも楽しんでいたのだろう。
新商品、見たことのない外国のお菓子、
ご当地ものまで。
なんだかんだ
それは とても楽しみで
僕はサンタクロースの正体を知っていることを
言い出さなかった。
小学校を卒業し
友達みんながサンタクロースの魔法が解けても。
僕はプレゼントを貰い続けた。
おかあさんが いつ告白するかと
毎年どきどきしたけれど
そのときは ついに訪れなかった。
高校生の反抗期と呼んでもいい時期も
俺は内心プレゼントを喜んでしまって
なんだか反抗するのが馬鹿らしいなとさえ
思うに至った。
就職して ひとり暮らしを始めたときは
さすがに 終わると思っていたら
朝 玄関の扉に靴下が掛けてあるのに気づいたときは
ほんとうに驚いた。
すげーな、と思った。
ありがとう、とは言えなかった。
だって これはサンタクロースからのプレゼントで
下手な嘘もつけないので話題にすることもなかった。
それでも 毎年プレゼントは届いた。
去年までは。
母が死んだ。
急な交通事故だった。
クリスマスが近づいて
今年はサンタクロースが来ないんだと思ったときに
いろんな実感が襲ってきて
途方に暮れた。
✴︎
クリスマスの朝がきた。
わかってはいるものの
俺は玄関の扉に手をかけた。
ちょっとだけドキドキしてしまうのは
何を期待しているのだろう。
扉を開ける。
冷たい空気が入り込んでくる。
扉の反対側。
そこには。
お菓子でいっぱいの靴下が ぶら下がっていた。
俺は 崩れ落ちた。
混乱。
本当にサンタクロースはいるんだろうか。
あれは母親の仕業ではなかったのだろうか。
しばらく冷たい玄関に膝をついて呆けていたら
足音が近づいてくるのがわかった。
顔を上げると
泣きそうな顔をした彼女が立っていた。
「ごめんなさい。
出しゃばったことして。」
ああ。
俺は いつまでも
与えられる愛に甘えているのだろう。
彼女の腰に抱きついた。
「結婚しよう。」
なんて 無様なプロポーズだろう。
「俺が。俺が サンタクロースになりたい。」
母に ちゃんと伝えればよかった。
ありがとう、と。
俺は クリスマスが大好きだったと。
サンタクロースを引き継ぐのは
彼女ではなくて 俺なんだ。