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添い寝の君

差し出された腕を合図に 彼の左肩に頭をのせる。
首筋の匂いを嗅ぎ 足を絡める。
わたしたちは
ぴたっとピースがはまったみたいに
しっくりと ひとつになる。

そして 眠る。

眠りに落ちきる間際の微睡み。
夜中に どちらかが寝返りをうつとき
一瞬 離れた肌を求めて お互いに弄り
また しっくりと嵌る形をみつけたときの
なんともいえない安心感。


至福の眠りだ。



✴︎

目覚ましの音は
小鳥の鳴き声にしている。
いかにも、の目覚まし音は
眠りを引き裂くようで 目覚めが悪い。
最初に 小鳥の鳴き声を聞いたときは
どこかで鳥が鳴いてるんだなぁ、なんて
寝ぼけながら ぼけていて
出かけるはずの時間に目覚めて 大変だったけれど
今は ゆっくり 何度目かの鳴き声で
穏やかに 眠りの世界から戻ってくる。

彼を起こさないように
そっと 身体を離し
すぐさま 代わりに枕をのせると
彼は枕を抱きながらスヤスヤと寝続けている。

いつだったか
夜中にトイレに起きて戻ってきたら
その短い間に
彼は わたしではなく 枕に腕枕していて
笑ってしまったけれど
ちょっとだけ 枕に嫉妬した。

嫉妬なんてする
そんな間柄ではないのだけれど。

わたしと彼は…

なんといえばいいのだろう?

添い寝友達。

わたしたちは
定期的に会い 一緒に眠り
それだけの関係を もう10年近くも続けている。

✴︎

こんなふうに
並んで お昼寝してたのかな。

酔っ払って
雪崩れ込むように同じベッドで寝て
目覚めた朝。
並んで天井を眺めながら
ぽつり、ぽつりと話した中で
保育園が一緒だったとわかった彼が言う。

もちろん
ふたりとも 当時の記憶はないのだけれど。
同じベッドで寝たものの
いたしてしまったわけではなく
今から そんな気にもなれない
気まずさもありつつも
そう言われると
幼馴染だから みたいに思えて ホッとした。

そうだね。
きっと そうだょ。

そう言って
わたしたちは また眠った。
夕方まで 仲良く並んで たっぷり眠った。
妙に 心地よい眠りだった。

✴︎

それから ずっと
わたしたちは
定期的に会って 一緒に眠っている。

眠る以上のことに発展したことはない。

と、言いたいところだが
最初の頃に
なんとなく そうするものだろう
みたいな窮屈な思い込みで
数回してみたことはあった。
だけど お互いに 違和感があったのだろう。
自然に なくなって
正式に付き合う みたいなことにもならなかった。

だけど
眠るときに
服を着ないで 肌と肌を合わせるほうが
格段に気持ちの良いことに気づいたのだった。

✴︎

会うのは いつからか 
同じビジネスホテルと決まっていた。

シンプルな清潔な空間。
眠る、ことに必要なものだけ。
お互いの 日常や その他 いろいろなしがらみも
そこには存在しない。

存在させないほうがいい。

長い年月の中では
しっくりといかない イマイチな眠りもあった。
言葉を 交わしすぎたのだと思った。

言葉に 惑わされる。
言葉に 囚われる。

言葉に影響を受けた身体が
強張って しっくりと添わなくなる。

身体は正直だ。


✴︎

わたしは
言葉から逃れることができない。
声にしなくても
頭の中が 常に 言葉で支配されている。

自分のことを
自分の考えていることを
伝えたくて
言葉を探し 言葉を発するのに
やはり自分とは しっくり同じではなくて
発したとたんに
それは さらに自分とかけ離れていく。

きっと 相手も そうなんだろうと思う。

わたしたちの周りを
ふわりふわりと言葉が飛び交い
だけど 決して ぴたりとはこない その歯痒さ。

その違和感と
きっとわかりあえない絶望に
気づかないように生きている。


彼と眠っているときほどの
しっくり とした安心感を
他で感じたことがないのだ。
言葉が ぴたりと止まる。
ただ ただ 彼を 全身で感じていると
するすると 眠りへと誘われていく。


✴︎

彼の肌の感触、体温、匂い。
年月を経て 移ろいゆく身体。
それを知っている、ということは
何よりも本質を知っているようで。

そして わたしも知られている。

他には 何も ないのに。


彼と眠る夜に救われてきた。

ただ一緒に眠るだけで
身体だけではなく 心も
朝には修復されている。

✴︎

久しぶりに会った彼は
少し痩せたようだった。

身体を合わせて
わたしは不安になった。
こんなことは はじめてだ。

輪郭が曖昧で頼りなく
今にも消えてしまいそうな。
匂いも 薄くなったようで。

その日は
ふわり、と抱き合って眠った。

ふわり。
壊してしまわないように。
優しく あたためるように。

それは
新たな感情に発展していきそうだった。



なにも 聞けなかった。


✴︎

彼と連絡が取れなくなって
もうすぐ 1年が経つ。

それでも わたしは 生きている。

眠る前に 彼を 思い出す。
必死に 思い出そうとする。

わたしの片割れが どこかにいる。

今は ひとつになれないけれど。
わたしは その充足感を知っているのだ。
知っているから 足りないと思うのだ。


それは 幸せなことなのかもしれない。



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たかはしきょうこ
サポートしていただけたら とっても とっても 嬉しいです。 まだ 初めたばかりですが いろいろな可能性に挑戦してゆきたいです。