見出し画像


突然 雨が降ってきた。


予想していた雨だったので
わたしは 傘を持っていた。

小さな若草色の折り畳み傘。

小さな鞄の縁から柄が飛び出していて
どう見ても 傘を持っていることを隠せない。


電車の中で
ほんとうに 久しぶりに
ほんとうに 偶然に
出会ってしまった彼は
とっても大きな傘を持っていた。

「 久しぶり 」

「おぉ…  びっくりしたょ。」

ぎこちなく笑顔を交わし
何を言ったものかと
視線をさまよわせた先に
その 大きな紺色の傘はあった。

「大きいね。」

「 濡れたくないからね。」

懐かしい笑顔で
さらりと答えた彼。

また しばらく黙って 電車に揺られる。

彼は まるで杖のように
その大きな傘でバランスをとる。


彼と一緒に降られた
いくつもの雨が浮かんでくる。

わたしたちは
なぜだか決まって
どちらも傘を持っていなくて

ふたりで ずぶ濡れになったり

小さなビニール傘を分け合い
結局濡れて 風邪をひいたり

家に溜まっていく一方のビニール傘を
なんとか有効活用できないかと悩んだりした。


あっというまに駅に着き
ふたり並んで電車を降りた。

改札を出た途端に
強い雨が さあっと駆けてきて
なんとなく ふたり しばらく 雨をみつめる。

懐かしい横顔。
わからない胸のうち。

声をかけようとした その瞬間

「じゃあ。」

彼は 傘を開いた。

やっぱり   大きな傘だった。

笑顔で手を振り 別れる。


もしも

ふたりとも
昔のように 傘を持っていなかったら

びしょ濡れにはならなくても
雨宿りで お茶でも飲みに行けたかしら

せめて
もうしばらく 雨を見つめて
思い出話が 顔を出すくらい

もしも

わたしが傘を持っていなかったら
あの大きな傘に 入れてくれたかしら


すっぽりと
大きな傘に守られた彼は
遠ざかっていく。


もしも

もしも


もし も


彼は ついに 見えなくなった。


雨は まだ 降っている。





いいなと思ったら応援しよう!

たかはしきょうこ
サポートしていただけたら とっても とっても 嬉しいです。 まだ 初めたばかりですが いろいろな可能性に挑戦してゆきたいです。

この記事が参加している募集