冬の空 2021年12月25日
12:30 昼休み
今日はやけに空が低い。一段階、下に降りて来たらしい。ずどん。雲は大きく重い。どこか荘厳さを感じさせる空だ。
ススキはいつまでああやってふわふわしているつもりなのだろう。『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』に登場する獣のように、季節が進むにつれてだんだんと体毛が白くふわふわになり、おそらく、まもなく死が訪れるのだろう。
この川の景色は相変わらず美しい。
先ほどセブンイレブンに行ったが、棚から食糧がほとんど消えていた。幸い空腹ではなかったので、昼食はパスすることにした。いつものように、川の堤防の階段に腰を下ろす。
鞄には村上春樹のインタビュー集が入っている。私は、村上春樹が酸素ボンベであることに最近気付いた。読んでいるときにだけ息をすることができる。現実はいつの間にか深海へ移動してしまったらしく、息が苦しい。溺れてしまう前に新しい本を買いに行かなくてはならない。
堤防の上の道では熱心なランナーがジョギングをしている。顔ぶれは変わっていない。いつも通りだ。私は本を開き、現実世界から小説世界へトランスポートする。本は世界の堺を通り抜けられる唯一の扉なのだ。
18:30 会社から駅まで
道すがら空を見上げた。南東に青白く光る明るい星があった。星が出ているのならば、傘を持たなくて正解だった。夜の空は、晴れているのか曇っているのか一見して判断しづらい。
明るい星の左に目を向けると、3つの星が行儀良く縦に並んでいた。そうか、これはオリオン座だ。視界のカメラレンズをズームアウトすると、傾いたオリオン座が現れた。大きなオリオン座だった。この街にもたれかかる巨大な砂時計のようだった。今日は冬なのに空が低いから、天井にぶつかって落ちてきてしまったのだと思う。ずどん。
19:30 駅から家まで
星がたくさん見えた。田舎の晴れた夜空の常である。私にわかるのは、先ほどよりすっかり小さくなってしまったオリオン座とカシオペア座。それ以外は何度教えられても覚えられない。彼らは、私にとっては何の意味もない配置でそれぞれの持ち場を守っている。キラキラキラキラキラ。
星座の名前を覚えよう。夜空を見上げたときに訪れる頭の中の靄を取り除くのだ。家に帰り、いつまでも役に立たない星座図鑑を手に取った。