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ケモノの医者の体験談 vol.11 Y動物病院の話 その②

私は就職したばかりの頃は考え方も甘くて、子供を理由に早退や急なお休みが必要になっても「子供がいるから仕方ない」と許容してもらえると思っていました。

子育中あるいは子育てをしたことのある人の多くは経験済みと思いますが、勤務中でも子供が熱を出したと保育園とかから呼び出しがかかれば帰らなくてはならないし、昨日まで元気だったのに当日の朝、急に発熱したら欠勤させてもらわなければならずどうしようもありません。

私はそれを「帰るのは仕方ない」「休むのは仕方ない」と思っていましたし、認められている権利だと思っていました。

院長が「いいよ、わかった、気を付けて。お大事に。」なんて言ってくれる言葉をそのまま何も気にせず受け取っていました。

本来、生き物を相手にする限りは、命を扱う職業なのでいつなにが起こってもそれに対応する義務があります。自分がそういう職業につきたいなら、自分のことが後回しになる覚悟もしていないといけなかったのに、勤務している時間だけ誠実に一所懸命やればわかってもらえると思っていました。

でもそれは自己満足でしかなく甘えでした。

動物病院は人間でいうところの小児科に似ています。自分の子供が怪我や病気で小児科に行ったときに、実はうちの子も発熱で…といって先生が診察せずに帰ってしまったら、きっと担当医を変えるか転院すると思います。

「先生もお子さんいるんですね、お互いさまなので仕方ないです」などと温かい心で受け入れられるのは自分に(あるいは子供の症状に)余裕があるときなので、初めての子育てでパニックなっていたり、怪我や病気の状態によってはそんな余裕はないこともあります。

でも当時の私はアルバイト扱いだし、子供がいることは伝えた上で雇ってくれてるんだし、急な発熱や急なトラブルは想定内のはず、誰かがフォローしてくれるなどと、Y院長の親切に胡坐をかいているような考えでした。

だって、しょうがないじゃん、と。

もちろんそれを堂々と公言してたわけではなく、表向きは「ほんとうにいつもすみません。」とか「ありがとうございます。」という態度を示していました。

もしもその病院で長年奉仕してきた信頼の厚いエースの勤務医で、出産や育児のため一時的にそういう状況になっていたら、それはもうスタッフ全員でサポートするでしょう。

でもまだ何の貢献もしていない、腕もない新人獣医師で子持ちとなると、雇うがよほど人手不足かボランティア精神でもない限りそもそも雇うことすらしないと思います。Y院長の場合は人手不足だっただけでした。

気持ちの変化

当時のY院長が自分を拾ってくれたことがどれだけありがたいことだったか、ずっとずっと後になって気が付きました。

国家資格なのに安い時給だなぁと思った時、Y院長はそれを察してか「この仕事にしがみついていたいなら、雇ってもらえるだけありがたいと思わないと。」といった意味がわかりました。

自分自身も少しずつ診療で前に出るようになって、飼い主さんや患者さんと個々に対面するようになると自然と責任感が湧いてきました。

院長やスタッフのためにも役に立ちたい、戦力になりたいと思いました。それまでは自ら「裏方」や「サブ」に成り下がりそれに甘んじていましたが、やりがいを感じるようになって飼い主さんから頼ってもらえるようになると、自分のことは後回しにしてこの子(ワンちゃんや猫ちゃん)のためになんとかしようと思うようになりました。

予防に徹する

子供の体調がちょっと怪しいな…という時は、先に保育園をお休みにして仕事前に車で1時間ほどかけて実家に預けに行き、当時はまだ両親ともに現役で仕事をしていましたが、父に仕事を休んでもらって子供の面倒を見てもらったり、小児科に連れて行ってもらったりしました。

父はサラリーマンでしたが当時は既に自由が利く役職だったので、私のワガママをほぼ無条件で聞いてくれました。母は子育ての大先輩なので丸投げでお願いできました。あの頃のことを思うと両親には感謝しかありません。

人の信頼を得ることは簡単なことではなく、まず自分で努力しなければ認めてもらえません。一緒に働くスタッフからの信頼も、飼い主さんからの信頼も、たくさんの目が光っていることをきちんと認識してからは、仕事に対する考え方が変わり、頼りにしてもらえればしてもらうほど頑張ろうという気持ちになりました。

そして今この環境にいられることは自分の力ではないのだということを肝に銘じて、感謝の気持ちを忘れずにいようと思います。

Y動物病院は1年たったころに時給800円から850円にあげてくれました(笑)。院長は「こんな安い時給で働いてもらえるんだからうちは得だよな~。」と言っていたので、まさかずっとこのままバイト扱い?と軽く不安になりつつ、まぁ今の状況ではそれも仕方ないと既に洗脳されていたのでした。

そして2年ほど働いたころに2人目を妊娠し産休扱いになりました。その間はもちろんお給料などはなく、その代わり病院ホームページの作成と更新を担当したり、病院で飼い主さん向けに発行している新聞を作成したりして月2万円を頂いていました。

2人目を妊娠した時にY院長は「先生、契約違反だよ! しばらく働いてもらいたいんだから2人目作っちゃダメって言ったじゃん!」と冗談めかして言いました。

アルバイトとして最初に雇ってもらった時には「うちは男手がほしいから、男性獣医師が応募してきたら先生には辞めてもらうかもしれないよ。」と言われていたのが、いつのまにか居てもらいたいと思ってもらえるようになっていたことが嬉しかったです。

出産後にいったん復帰してしばらく働いていましたが、2人目がやや病弱だったことで時間のやりくりが難しくなったり、Y動物病院は土日の勤務が絶対だったので、当時の家庭の事情なども重なって、通勤しやすく土日のどちらかが休める動物病院に転院するために退職しました。

その後もY動物病院とお付き合いは続き、院長が学会などで不在の日にピンチヒッターとして代理で診察したり、手術を手伝ったこともありました。新たに勤務が決まった代診の先生に顔合わせもさせてくれました。

私も事あるごとにちょこちょこと顔を出していて、年末には忘年会に呼んでいただいたり、動物看護師さんやトリマーさんとは時々飲みに行ったりしていました。

いろいろ辛いことやトラブルもありましたが、自分の今の基礎を築いてもらった病院なのでいちばん思い入れが深く、やや癖はあるけど(笑)今でも大好きな院長です。




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