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偶然の再会(日々のトコトコ日記)

絵なんてよくわからなかった。
わからなかったけど、中学校の美術の先生が、実物は教科書とはぜんぜんちがう、みんなにいつか実物を見てほしいと、熱心に話していたことは心に残っていた。

大学2年生の夏休みに、バイト代と子どものころから貯めていたお年玉を使ってボストンに語学研修に行った。
ボストンにはボストン美術館があって、入場料がフリーの日があった。
フリーの日の美術館の顔ぶれが私は好きだった。
絵画の前に座り込んで絵画とはぜんぜん別の絵を描いている美大生風の女の子がいた。
何人もの子どもを連れたお母さんが、勝手に動き回る子どもたちに悪戦苦闘しながらもあれこれ声をかけながら子どもと一緒にに鑑賞している。
大学生の私には、その自由に美術館を楽しむ人々の姿が衝撃的だった。

ボストンに滞在している間に、長距離バスに乗ってニューヨークへ行ったことがあった。
語学学校で知り合った台湾人の女の子と2人で行ったんだった。
たった一泊二日のニューヨーク旅行だったけど、全てが新鮮でドキドキして、私たちははしゃいで街を散策した。
まだ9・11が起きる前で、観光客バリバリでワールドトレードセンターにも行った。
ワールドトレードセンターの前で2人でホットドッグを買って食べていると、ニューヨーカーのおじさんがおもしろがって話しかけてきた。
あの場所があんな風になくなることになったのが、とても悲しい。

短いニューヨーク滞在中に、どうしても行ってみたかったメトロポリタン美術館に行った。
そんなに時間はないし、美術館は広大で、ぜんぜんゆっくり見れなかったけど、走るように大急ぎで見て回った中に、きれいだなと、立ち止まった絵があった。
白い美しい彫刻の女の人と人間の男の人がキスして、2人に天使が矢を射ようとしている。そんな絵だった。
ミュージアムショップでその絵のレプリカを見つけて買った。
$8.95だった。(裏の値段ついたままだからわかる)
それから何度も何度も引っ越ししたけど、私はその絵を今も部屋に飾っている。

ある日Twitterを眺めていたら、部屋に飾ったその絵の画像が流れてきた。
びっくりして見ると、国立新美術館の「メトロポリタン美術館展」のツイートだった。
私はほとんど反射的に、大急ぎで美術展のチケットを予約した。
あの絵をまた見れるなんて!
本当にあの絵があるのかと、気もそぞろで展示を見て歩いた。
見た瞬間、その絵はすぐにわかった。
レプリカを見すぎてもはや本物の色彩や質感を覚えていなかったけど、本物はぜんぜんちがった。美術の先生が言った通りだ。
重ねられた色で描かれた彫刻の女の人の背中の肌の白さや、暗いだけではない背景の濃い色、体の動きのしなやかさ。
私は大学生の時と同じようにうっとりしたきもちになる。
レプリカの裏の英語表記を見て、なんと発音するのかわからなかったその絵のタイトルが「ピギュマリオンとガラテア」だとわかった。
フランスの画家ジャンレオンジェロームが描いた、神話をモチーフに描かれた作品だった。
彫刻家ピギュマリオンが自分の作った像ガラテアに恋をして、その必死な恋心が女神に聞き入れられてガラテアに命が与えられた瞬間が描かれている。という解説だった。
ピギュマリオンって一体…。という笑いたいきもちになった。
でもやっぱり絵はとてもきれい。
たくさん人が囲んで見ていた。

ずっと前に遠い場所で見た作品の展示をたまたま知って東京で見られるなんて、こんな再会、奇跡みたいでうれしかった。
ニューヨークを訪れる時がいつかまたあるのだろうか。
どうしたって行けない今だから、ちょっと切なく、そう思う。

自宅のレプリカ

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