【妊娠中の胎児発生解説note】③神経管のために葉酸飲もう
今回のトップ画は神経管の写真です。美しい……(学部時代、神経管に関する研究してたので思い入れがある)。
妊活中から妊娠初期にかけて葉酸(ビタミンBの一種)を摂ることが推奨されています。葉酸が不足すると「神経管閉鎖障害」という先天奇形が発生しやすいことが知られており、葉酸摂取で神経管閉鎖障害を予防できるからです。この記事ではそもそも神経管がどうやってできてくるのかと、葉酸に関する研究をご紹介します。葉酸は世にも珍しい「国がサプリを飲めと言っている」珍しい栄養素。なぜ食事からではなくサプリを飲むべきなのかも詳しく解説します!
●神経管は神経の元
私たちの神経は、中枢神経(脳と脊髄)と末梢神経(運動神経、感覚神経、交感神経、副交感神経など)に分かれ、全身のあらゆるところに神経のネットワークが張り巡らされています。これらの神経は胎児の頃の神経管から作られます。
受精後17日〜28日(妊娠6〜7週頃)、胚の背中側にプレート状に存在していた外胚葉(青、神経の元)が凹んで管状になり、神経管になります。
神経管の頭側の方はそのまま脳に、首より下は脊髄になります。末梢神経は神経管から一部の細胞が移動して、全身に分布し、それぞれ運動神経や感覚神経などに分化します。
細胞は周囲とシグナルをやりとりして自分がどこへ移動するか、自分は何に分化するかを決めていますが、勝手にシグナルをやりとりをしてうまく神経ネットワークができていると思うとすごいですよね。
●神経管閉鎖障害ってどんな病態?
神経管閉鎖障害は、正常だときれいに閉じて管状になる神経管がなんらかの理由で閉じず、管が一部開いてしまった病態です。正常だと神経管の頭側は脳に、首より下は脊髄になりますが、神経管が閉じないと脳がうまく形成されなかったり、脊髄が椎骨に収まらずはみ出してしまいます。
脳ができない無脳症になるとかなり深刻で、胎児は生命を維持することができず、多くの場合は流産となってしまいます。
脊髄が椎骨に収まらない二分脊椎は胎児の奇形でも比較的発生頻度が高いものです。
二分脊椎は脊髄の状態から3種に分類され、症状は軽症から重症まで様々なケースがあります。いずれの症状も神経が圧迫されて神経伝達をきちんと行えなくなることが原因です。
脊髄の状態の分類
①脊柱癒合不全
椎骨がきちんと脊髄を包んでいない状態。ぱっと見は普通の赤ちゃんに見えるが、なぜか二分脊椎を起こしている部位に毛が多く生えるので気づかれることが多い(毛が生えるのは、神経と同じ外胚葉由来の組織である表皮や毛包が二分脊椎の発症部分からなんらかのシグナルを受けるからだと思います)。
②髄膜瘤
背中からコブが飛び出して、コブの中に髄液が溜まっている状態。脊髄は一応体内にある。
③脊髄髄膜瘤
背中からコブが飛び出して、コブの中に髄液が溜まり、脊髄もコブ側にある状態。
症状の種類
二分脊椎の症状は多様ですが、ここではお伝えしやすい症状のみ取り上げます。
①運動障害
運動神経が圧迫されて、足の指を動かしにくいといったものから下肢を全く動かせないものまで多様なレベルの症状が出ます。
②排尿・排便障害
二分脊椎は腰のあたりで起こることが多いですが、このあたりの神経は膀胱や直腸と繋がっているので、神経が圧迫されると排尿や排便をうまくできないことがあります。
排尿障害は尿をうまく溜められなかったり、尿をうまく出せなかったりします。尿は体内の毒物を出す重要な役割なのでうまくコントロールできないと毒物を体内に溜め込んでしまいます。また尿道は人体の中で数少ない外界と繋がっている部分なので、清潔に保つことができないと菌やウイルスが入り感染症を起こしてしまいます。
排便障害は同様のことが直腸〜肛門で起こります。
●葉酸フィーバー物語 ~神経管閉鎖障害多発地域の研究から〜
第二次世界大戦末期、オランダでは戦禍と飢饉で人々は十分な栄養を摂取できませんでした。厳しい状況下でも、人は結婚し子どもを産みます。悲しいことに、この時期に生まれた赤ちゃんには神経管閉鎖症が多発しました。この状況を見て、医師たちは妊婦の栄養バランスが悪いから神経管閉鎖障害が発生するのではという仮説を立てました。そこで葉物野菜に多く含まれる葉酸を妊婦に与える研究を行ったところ、効果抜群で40-70%も神経管閉鎖障害の胎児が減ったのです。
この事例から欧米諸国では1990年代からシリアルなどの穀物製品に葉酸を混ぜて売る取り組みが進み、神経管閉鎖障害で生まれる赤ちゃんは減っていきました。
いろいろな食材を食べる日本では神経管閉鎖障害が多いわけではありませんでしたが、似たような地域である中国南部でも葉酸摂取で神経管閉鎖障害が減るという研究結果が出て、日本でも2000年から厚生労働省が妊娠前〜妊娠中の葉酸摂取を推奨しています。
葉酸はビタミンBの一種ですが、ビタミンやミネラルは細胞の活動を調整する役割を担っています。葉酸は特に細胞分裂に関わっており、初期発生の物凄い勢いで細胞分裂をする時期に葉酸が不足することで十分神経系の細胞が作られず、神経管閉鎖障害を発症してしまうと考えられています。
●葉酸サプリを飲む理由 野菜を食べてもあまり吸収されない
妊娠期に関わらず、健康には栄養バランスのよい食事が基本です。しかし葉酸は世にも珍しいことに「国がサプリを飲めと言っている」栄養素です。なぜ食事ではなくサプリなのか?
なんと、食事から摂れる葉酸はサプリの葉酸と形が異なり体内に吸収されにくいのですw いくつかの研究から、食事から摂れる葉酸は50%程度しか体内で使えないのに対し、サプリの葉酸は80%体内で使えると言われています。また葉酸は熱に弱く水に溶けるので、野菜を調理するとどんどん分解されてしまいますw ハズレすぎるw
多くの研究から葉酸はサプリで摂った方が効率がよいとわかり、国もサプリ摂取を推奨しているのです。
●葉酸はどれだけ、いつまで飲めばよい?
葉酸は神経管閉鎖障害を防ぐだけでなく、通常の細胞分裂においても重要な栄養なので妊娠期~授乳期にわたってサプリからの摂取が推奨されています。1日の摂取上限は1,000μgでサプリの飲み間違いがない限り、上限を超えることは考えにくいです。妊娠初期にサプリで1日400μg摂取する習慣が身につけば、授乳期までそのまま摂取し続けていたらokかと思います。
●葉酸を飲んでも神経管閉鎖障害になることもある
葉酸摂取で神経管閉鎖障害の発症率が下がることはたしかですが、葉酸を摂取していても赤ちゃんが神経管閉鎖障害を発症する可能性はあります(葉酸抵抗性神経管閉鎖障害)。
原因①葉酸不足
(上述の通り)
原因②母親の状況
抗てんかん薬服用、抗がん剤や抗リウマチ薬として使われるメトトレキサート服用、ビタミンA過剰摂取、糖尿病、肥満、喫煙 など
原因③遺伝因子
神経管閉鎖障害の発症しやすさはある程度遺伝することが知られています。葉酸の代謝に関わる遺伝子に異常があると、発症率が高まるようです。
神経管閉鎖障害の原因には遺伝因子もあるので、たとえ赤ちゃんが発症してもきっと「母親にはどうにもできない部分もあるので、あまり自分を責めないで」と医師に言われると思います。
自分が妊娠してみて思うのは、もし赤ちゃんに何かあったら悔しいんですよね。多くの妊婦さんは赤ちゃんの健康を祈ってる。障害や病気を抱えて生まれてくる可能性があることも頭では理解してるけど、リスクを避ける行動をしてきたつもりなのに発症してしまう悔しさ、「もっとこうしておけばよかった」という後悔、遺伝因子という自分ではどうにもできない爆弾を抱えてしまった不幸を恨む気持ち。そういった感情を否定することはできません。
でも、胎児発生のプロセスを知れば知るほど、五体満足で生まれてくるのは奇跡的確率としか思えない。あまりに複雑なプロセスを全身の細胞が経験していて、多少異常があっても何の不思議もない。
実際に障害児や医療的ケア児を抱えていらっしゃる方の気持ちは計り知れませんが、どんな状態で生まれてきても赤ちゃんを認めてあげないとな、と思います。
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《終わり》