23区が喋ったら『東京23話』
ものまねが好きだ。清水ミチコとコロッケの動画があれば一週間笑ってられるけど、文体のものまねはもっと好きだ。文体、っていうか、言葉で演じ分けるアレだ。
そうじゃ、その秘密はわしが知っておるのじゃよ。
そうですわ、その秘密はわたくしが存じておりますわよ。
そうさ、その秘密はぼくが知ってるってわけさ。
この言葉を見れば、発話者が誰だかすぐわかる。
でもたしかに、なんで老人語は西日本の方言っぽいのか?
この「役割語」研究によると、この起源は、江戸時代まで遡るらしい。
若者が江戸のことばを話したのに対して、保守的な老人層は上方の言葉を上層階級の言葉として使い続けたことに由来があるとか。へえ。へえ。
https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/feature/2019/fyvba9
この手の話になると、『文体練習』とか『もし文豪がカップ焼きそばの作り方を書いたら』とかがすぐ挙がるけど、これにもう1冊加えたい。
『東京23話』
山内マリコさんが! 東京を! 小説以外で! 書くなんて! と見つけたときは大興奮ですよ。
これ、あんまり有名じゃない気がするんだけど、すんごいですよ。
だって、ほら、東京23区がそれぞれ一人称で語ってるんです。意味わからんでしょう。
たとえばこうはじまる。
吾輩は区である。名前は文京区。
天才か。
いつ生まれたかというと、これはもうはっきり記憶している。昭和二十二年三月十五日。小石川区と本郷区が合併してできたのが吾輩なのである。
はい、参りました。レジ直行。こうやって、文京区が自分の歴史を語ってくれるわけです。これが23区分、23人。
渋谷区はギャル、千代田区はお堅いやつ、品川区は落語家、板橋区は団地の営業マン、足立区はビートたけしのファン、とかね。
東京に品川というところがあります。いまわその、別にどうというところじゃアない。[…]品川といいますと、『品川心中』、それから『居残り佐平次』なんてェのが有名で… (俺の話は枕が長い 品川区)
ってな感じで始まるわけだ。かァ〜たまりませんナ。
こうやって、てんでバラバラな言葉遣いでしゃべってるわけだけど、キャラが立ってる区はともかく、まったくイメージつかないとこを読むのもいい。
たとえば、江戸川区。……江戸川区?
ここでは、「日本インド化計画」として、「インド料理ハ好キデスカ?」としゃべるインドの人が突然しゃべりだす。
イッタイナゼ江戸川区ニ大勢ノインド人ガ住ンデイルノデショウ?
ていうかそうだったのか。知らない。
彼によるとなにやら、2000年問題の対策のためビザの発給を緩和して、インド人が多く訪れるようになったとか。へえ〜。で、じゃあなんで江戸川区なのかといえば… 江戸川=ガンジス川説。とかね。
なんかねえ、これ読んで嬉しくなったの。
東京って、無個性だと思っていてね。標準語だしさ。方言ないしさ。これがなんだか出身者として引け目を感じるところだったのだけど、そんなこたぁねぇなってのがわかったのがよかった。言葉だけ見ても、落語に残る江戸っぽさもあれば、夏目漱石風、ビートたけし風、寅さん風、そんなものもちゃんとあるってね。
文体が変わると、話者が変わって、話者が変わると見えるものが変わるのが愉快なのだ。東京23区に憧れやゆかりのある人はぜひ。
うめざわ
*『東京23話』山内マリコ 評者:吉川トリコ
http://www.webasta.jp/serial/review/23.php
*墨田区「歌川国芳が見た!」もプチ歴史ファンタジーでいい。北斎と国芳が、180年まえにスカイツリーを見たのだというお話で…
https://archives.bs-asahi.co.jp/ukiyoe/