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【連載小説】転送少女症候群、もしくは黍島柘十武の長い回想 #10




 思考の焦点が合いませんでした。ぼやけているのじゃなく、遊のこと、氷井のこと、どちらかに過剰な意識が働くと同時に、もう一方に移っていくんです。頭がフル回転で空回りしているような感じでした。
 そして、時折、何故か志伊理美のことにも。
 どれも、重大な出来事でした。それまでの大学生活の中では、ということですが。
 どれから、処理すればいいのかわかりませんでした。処理できるかどうかもわかりませんでした。
 とにかく、遊は消えた。それを探さなきゃならない。
 でも、何処まで飛んだのか、皆目見当もつかない。
 何故、飛んだ? 態勢を立て直すんじゃなかったのか? いや、あんなところを見られてしまった。僕は、それを釈明しなきゃいけない。それにしても、氷井は何故あんなことを。情けない。拒めなかった自分が悲しい。遊に弁解しなきゃ。いや、顔を合わせられない。それよりも、志伊理美のことを云々言いながら、僕を「犯した」氷井は信用できない。何故拒めなかったんだ、また、繰り返すのか、いや、むしろ、志伊理美の方が、マシだったんじゃないか、いや、そんなことはどうでも良い、とにかく遊を……まあ、そんな感じの堂々巡りが頭の中で続いていました。
 そして、そんな思考を強制的に切るような電話が鳴りました。僕は、飛びつくように受話器を取りました。遊、でした。
「悪い、ちょっと何処に飛んだかわからなくて、迷子になってた」
「ああ」
「お金が無い。小銭もこれだけだから、話は後。迎えに来てくれない?」
「あ?」
 遊は近場の繁華街の駅名を告げると、そのまま電話を切りました。僕は、不意に尾行のことを思い出し、ちょっと怖れを感じましたが、それまでの空回りに、何かがひとつ噛み合ったような気がして、勇気を奮い起こし、部屋を飛び出しました。

 遊は、そこにいました。部屋にいたままのノーブラにTシャツ、ショートパンツ姿で、駅の柱に背中を預けて座り込んで。その頃のその街の着飾った道行く人々の中で、明らかにラフ過ぎる格好でした。何より靴を履いてなかった。
 でも都会でした。皆が関わり合うことを避ける場所でした。誰も僕たちに視線を投げかけませんでした。
 まあ、「連中」がそこにいたら、一発で見つかってしまったでしょうけど。
 それはともかく、遊が僕を見ても、何も起こりませんでした。鈍感な僕は、そこに何の疑問も持たず、ただ遊を見つけられたことに安堵しました。
 僕は、何も言えず、遊の手を引っ張り上げ、そして、背中を向け、少し腰をかがめました。僕の意図を理解したのか、遊は抱きつくように僕の背中に乗りました。
 思っていたより、ずっと軽かった。
 まず、靴を買おう、と僕は言いました。うん、と遊は応えました。僕たちは駅のそばの靴屋に入り、遊が選んだ安い赤のランニングシューズを買いました。その場で靴を履くことを何故か拒んだ遊は、店を出て舗道にすっくと立ち、おんぶ、と甘えたように言いました。何のために靴を買ったんだよ、と僕はひとつため息をついて、また遊を背中にのせました。
 少し、この辺りを歩いてよ、と遊は言いました。靴紐で結んだ靴を首にかけ、そのまま少し街を歩きました。遊は、その靴を手に履いて、靴底を鳴らしたり、手を振ったりしました。
 皆が同じように歩くその街で、僕たちは確かに浮いていたかとは思います。でも、僕はあの時のスーパーのように、恥ずかしいとは思いませんでした。僕は訊きました。
「あのさ」
「何?」
「転送って、服とかも一緒にするのな」
「うん」
「どういう仕組み?」
「だから、わからないって言ったろ?」
「そうか」
「でも、大体身に付けてるものは、一緒に転送される」
「へえ、何か都合が良い仕組みだな」
「そだね」
「もし、風呂とか入ってたら、どうなるんだ?」
「ん、裸だね」
「経験あるの?」
「……ん」
「……今度から服を着て風呂に入れ」
「うん」
「……冗談だよ」
「うん、でも」
「でも?」
「でも、今度からいつも靴は履いとくことにする」
「だな」
 へへへ、と遊が笑いました。何? と僕は問いました。そして、遊は嬉しそうな息づかいで、ツトムが買ってくれた靴だからな、と僕の耳元に囁きました。
 僕は、遊がそんなことを言うのが、嬉しかった。
 嬉しかったのと同時に、さっきの氷井にされたことが悲しくなった。
 何も言えなくなりました。
 そして、そうやって遊を背中に歩いているうちに、いつのまにか、ラブホテル街へと迷い込んでいました。遊が、僕の首にぎゅっとしがみつきました。
「ねえ、ツトム」
「うん?」
「わざとこっちの方に来たの?」
「あ……いや、たまたま」
「ふうん」
「悪い、駅に戻ろう」
「いや、良いんだけどさ」
「うん」
「わたし……わたしさ、こういうところには入ったことがない」
「ふうん」
「一度、見てみたい」
「……ん」
「……ねえ」
 遊が、僕の耳にかぷりと噛みつきました。そして、そのまま舌を動かしました。それは、艶めかしい肉の感触でした。僕はそれで、背中に背負ったものの柔らかな輪郭に、突然意識を奪われることになりました。
 馬鹿言うな、と声が掠れました。遊は、濡れたような声で、何もしないよ、しないってば、見るだけ、中見るだけだから、休むだけだから、とそういう場所の常套句を、冗談めかして言いました。僕は、いや、戻ろう、と応えました。
 でも、その言葉に本心の力は、籠もっていませんでした。遊はそれを見越したのか、少し暴れる様に僕の腕から脚を解き、ひょいと背中から飛び降りました。そして何も言わず、目の前の建物に身体を向けると、首を傾げるように僕を見て、にっこり笑い、用を済ましたらしいカップルとすれ違いにずかずかとその自動ドアを越えていきました。
 僕? 仕方無いじゃないですか。ついて行きましたよ。だって、遊を置いてくわけにいかないじゃないですか。
 ええ、それ以外の感情が、無かったとは言いませんけど。
 
 僕も人生で初めてそういう場所に立ち入りました。少年の頃深夜テレビなんかで目にしたような、特別な趣好のある部屋じゃありませんでした。
 僕の部屋より広くて、ピンクのカバーのかかった大きなベッドと少し広めのバスルームがある以外は、シンプルなものでした。
 当時もう無くなってたんですかね、どうせなら、回転するベッドというのを見てみたかったな、と思いました。
 遊がベッドの枕元にあるスイッチをいじりまわして、部屋の照明を明滅させては、おお、と何か感心したみたいに声を上げました。僕は、ため息をついて、もう見たろ? 行こうか、と声を掛けました。
 遊は、ベッドの上で、僕に向き直ると、おいおい、ここまで来てそれはないだろ? わかっててついてきたんだろ? とまたどこかで聞いたようなセリフを、ふざけた調子で口にしました。
 アホか、と僕は応えてソファーに座りました。
「いや、折角だしさ、ここで話の続きをしようじゃないか」
「ま、な。結構、高いしな」
「うん、もったいない」
「もったいないな」
「うん」
「うん」
 遊は、そのまま胡座をかいて座り直すと、少し視線を落として、語り始めました。

「しばらくして、ミツウラが言った。ねえ、プレゼントがあるの、きっとユウは喜んでくれると思うのって。
 何だろう、と思った。その頃には、そこにわたしを特別喜ばせるようなモノは無かったから。食べ物も、服も、本も、ゲームも、音楽も、映画も、そういう類は、どんなに時間を使っても消費できないくらいありあまるほどにあって、取り立てて貰っても嬉しいものじゃなかった。
 もう、それら無しにはいられなかったけれど、いちいち空気に感謝しないように、わたしはそういうものを当たり前に思ってた。
 今思えば、それは、むしろ、私を縛る見えない鎖だった。
 まあ、それに気付くのも後の話。だから、というか、どちらかと言えば、『課題』をこなした時に与えられる賞賛の方が――特に、ミナより上手にこなした時の――そういうことの方が、わたしにとっては重要だった。
 とにかく、わたしは自分を喜ばせるものが、わからなくなっていた。
 ちょっと戸惑ったわたしに、ミツウラはそっと目隠しをした。あなたを驚かせたいの、そう言いながらね。わたしは手を引かれて、そこまで連れて行かれた。途中階段を降りたから、それが、地下であることくらいはわかった。
 そして、ミツウラがTa- da! なんて言いながら目隠しをはぎ取った。そこは、わたしがかつていた牢だった。そしてその床に、うずくまるように座り込んだ人影があった。
 わたしは目を凝らした。
 その人影は、すっと、顔をこちらに向けた。
 あの、少年だった。
 でも、あの時見ることに喜びを感じた生気のある自然な表情じゃなかった。
 わたしは、思わずミツウラの顔を見た。楽しそうに微笑みながら、あら、嬉しくない? あなたが好きな子でしょ? 思わず飛んでしまうくらいに●●●●●●●●●●●●●、とミツウラは言った。
 何を、したの? と訊いたよ。ミツウラは微笑みを崩さずに、わたしの肩に手を置いて、少し、元気の良い子だったから、落ちついてもらっているの、と応えた。うん、薬を使ったんだろうね。それはその時のわたしにもわかった。
 いや、それより、彼がそこにいるということこそが問題だった。鳥肌が立った。わたしは、彼から顔を背けるためだけにミツウラを見詰めた。
 どうしたの、飛んでいいのよ、ってミツウラは言った。
 わたしは硬直したまま、動けなかった。
 全てが、バレた。わたしの秘密が。
 わたしが甘やかされていたのは――わたしが彼らより優位だったのは――わたしが謎だったからだ。鍵を握らせなかったからだ。スイッチの場所を隠し続けたからだ。ただそれだけを理由に、わたしは『檻』の中のお姫様でいられたんだ。
 でも、全ては逆転した。
 もちろんその時はそんな風に言葉で理解したわけじゃない。でも直感でわかった。そのことの恐怖が、鳥肌になって、小さな泡のようにわたしを包んでいた。
 もっと彼をご覧なさいよ、とミツウラが余裕のある声で言った。あなたは本当にはわたしを好きじゃなかったのね、悲しいわ、と嬉しそうにミツウラは付け足した。
 ほら、と急かされるまま、わたしは逆らえずに彼を見た。確かに彼だった。そんなわたしたちの視線とはまるで関係無く彼はこちらに顔を向けて、ぼんやりわたしたちを見ていた。身体が震えた。
 彼の口が動いて、頼りない声が漏れた。出して、ここから、出して、お願い……しま……。そして、また彼は膝に顔を埋めてしまった。
 わたしの身体の震えは止まらなくて、その瞬間それまで感じたことの無いようなしめつけるような痛みを胸に感じて、わたしは、また知らない場所にいたけれど、それでも、身体は震えたままで、嗅いだことの無い匂いの場所で、ただ地面に崩れ落ちるしかなかった。
 涙が溢れた。泣き声が止まらなかった。
 でも、散々泣いて、ふと、わたしは気付いた。
 わたしは彼がそこにいたのを知って、まず、自分の謎がバレたことに対してのみ、恐怖を感じたってことに。
 わたしがここで今泣いているのが、自分のためだけだと言うことに。
 涙がすっと引いた。
 空恐ろしい自我がそこにあった。
 その罪悪感。
 そして、わたしは、彼の、ここから出して、という願いを、思い出した。わたしは、彼を救い出さなくてはならない、と思った。
 そうしなければ、自分を許すことができそうになかった。
 それが、純粋な恋だったか、と言われれば、確かに怪しい部分はある。でも、悲劇という酒は時につまらない恋をも美しくする。わたしもね、おそらくそういう酒をその時口にしてしまったのかもしれない。
 連れ戻されたミツウラのオフィスで、わたしは言った。わたしは何でもします、彼を自由にして、って。そう? 折角のプレゼントなのに、ってミツウラはわざとらしく残念そうに言った。
 お願いしますって、私はもう一度縋った。ミツウラは、少し眉を上げて微笑むと、そう、じゃあ……と言いながら、少しハイヒールの足を前に出した。
 わたしはそれとミツウラの顔を交互に見た。ミツウラは、何ぼうっとしてるの? ここにキスをして頂戴、って冷たく言い放って更に足を前に出した。舌を伸ばして、靴の裏まで、キレイにするのよ、って。
 ベッドの上で、もっと微妙なところを何度も舐めてきたけれど、その言葉は、そういうものと全く意味が違っていた。
 そう、お願いでも、おねだりでもなく、命令だった。
 わたしは犬に成り下がった。身体は強ばって、中々動かなかったけど、結局逆らえなかった。這いつくばって、わたしはそれに舌をつけた。
 その瞬間、ミツウラは急にすっと足を引いて、あははは、と似合わない笑い声をあげるとさっとわたしを包むように抱き締めた。そして、こう言った。馬鹿ね、わたしが本気でそんなこと言うと思う? あなたは大事な大事な宝物ですもの、これまでもこれからも、全部、冗談。
 わたし、わけがわからなかった。
 でも、ミツウラはわたしの顔を両手でそっと包んだ。そして、わたしの目尻に溜まった涙を舌ですくい取って、そのまま耳元で、でもあなたが何でもするってのは、よくわかったわ、約束する、あなたがその能力を発揮し続けて、わたしたちの目的をいくつか叶えてくれたら、その時は必ず彼を解放してあげる、約束、と囁いた。
 何の確証もない。でも、わたしにはその言葉に縋るしかなかった。
 そして、ミツウラは立ち上がってわたしに背中を向けると、いつものように、あなたは世界とうまくやれない、そんなあなたを守れるのは、わたしたちだけなのよ、忘れないで、と念を押した。
 それから、わたしはいよいよ本当の実験動物になった。ほぼ毎日のように、彼の前に立たされた。時間や彼との距離なんかをその度に変えてね。
 モニタ越しに見てどうか、とか、電話を通して言葉を交わしてどうか、とか、連中はそうして、より確実な鍵を作り上げていった。
 飛んだり、飛ばなかったりして、日々はじりじりと過ぎた。
 わたしは早く彼を助け出したかった。その身体を抱き締めて謝りたかった。
 無論そんなことは無理だった。
 わたしは彼にひどい痛みのような恋をし続けなければならなかったし、恋をし続けている限り、わたしは彼から遠ざかってしまうんだから。
 いつかの公園のように、諦めて、忘れてしまうこともできたのかもしれない。彼の価値を心から追い出して、自分の好きなときに恋をするようにすれば良かったのかもしれない。そうすれば、また連中に対して優位な立場を取れたのかもしれない。
 でも、そんなことは考えちゃいけないことだった。
 そしたら、その時、利用価値のなくなった彼はどうなる? 
 その身に恐ろしいことが起こるような気がした。
 たまたまわたしと出会ったばかりに。わたしが飛んでしまったばかりに。
 その『恋』をやめてしまったら、わたしは人間として大事なものを失うような気がしたんだ。
 全く、心は都合がいい。殺しても構わない人間と、どうしても救いたい人間と。
 不公平だね。一つの心で見る世界は。
 そして、殺しても構わない人間を『連中』が決めた。あの、新聞の男さ。
 決行の前の晩、わたしは眠れずにいた。何だろうね、自分では気付いていなかったけれど、やはり人を殺すというのは、怖かったのかもしれない。『課題』程度のことにしか思ってなかったはずなのに。
 もし失敗したら、っていう緊張もあった。それまでのお気楽な『ゲーム』じゃなかった。わたしの肩には彼の行く末がかかっていた。どう頭の中でイメージしても、想像の中のわたしは『課題』をミスしてしまうんだ。
 ドキドキして、呼吸が乱れて、寝付けずに何度も寝返りをうっている内に、ミナがいつものように、眠れないの、と言いながら、部屋の入り口に立った。ミナの『眠れないの』は即ち『そういうこと』だった。
 でも、わたしはそんな気になれなかった。ミナがベッドに潜り込んできても、わたしは背中を向け続けた。ミナは、つまらなさそうに、そう、明日、初めての『任務』だものね、とわたしの身体を撫でた。わたしはそれを苛立たしく払った。
 そしたら、ミナはくくくと笑って、そっちの方はわたしの方がオトナだわ、先輩よ、と頭を近づけて言った。
 そんな上からの物言いに腹も立たなかった。ただ、鬱陶しかった。
 返答もしないでいると、ミナは、少し硬い声で、そうよね、ユウちゃんは今はあの男の子の方がいいのよね、と呟いた。
 身体が硬くなった。そんなわたしの背中にミナはぴったりと自分の身体を寄せた。
 でも、あんな普通の人間、きっとすぐ飽きる、わたしだけがユウちゃんに相応しい、理解し合えるのはわたしたち二人だけ、ミツウラのババアだって結局ただの人間、だから、許してあげる、だけど、結局、最後はユウちゃんはわたしを求めるようになる、きっとわたしを追いかけてくるにきまってるの、わたしたちだけが特別なんだから、そんなことをミナは言った。
 特別。
 思い上がってるなんて、思わないで。
 確かにわたしたちは特別だった。『転送』なんてする人は滅多にいない。
 そう思って、何となく違和感を感じた。それが何かまではわからなかった。わたしはとりあえず、お愛想で、そうだね、とだけ応えた。
 そうするとまた忍び笑いでもするような息づかいで、違うわ、わたしたちは『特別の中の特別』なの、とミナは言った。
 ん? と思った。身体が自然とミナの方に向いた。ミナはそんなわたしの瞳を見詰めながら、わたしの額に自分のそれを合わせて、ねえ、良いこと教えてあげる、と囁いた。
 本当に無垢な少女みたいな笑顔だったよ。
 知ってる? 他の女の子たちが何処にいるか、ううん、どこに飛んだか。その質問で、ああ、そう言えば……とわたしは思い出した。
 そんなことも忘れるくらい、わたしはどうしようもない性根で暮らしていた。さっきの違和感がそのせいだと気付いて、何処にいるの? 地下? と問い返した。すると、ミナはすっと天井を指さした。
 その部屋は建物の四階で、最上階だった。
 屋上? と訊いた。そんな施設は、でも、無いのはわかってた。少し意味ありげにわたしを見詰めると、ミナは、もっと上、と応えた。
 わたしもそれ程鈍感じゃない。すぐにそれが、何を意味することなのかわかった。
 息が、詰まった。言葉が、出なかった。
 ねえ、結局飛べたのは、わたしたちだけ、他の子たちは飛べなかった、地下の部屋で、オカシクなった子もいたのよ、そんなツカエナイ子も……だから、お空に飛ばされた、わたしたちは『特別の中の特別』だから、こうしていられる、こんな素敵な場所に居続けることができる、一緒にいられる……。
 ミナはそう言って、わたしにキスをした。わたしはそれを反射的に押し返した。
 ミナは、少し不愉快そうに顔をゆがめて、荒っぽくベッドから立ち上がり、部屋を出て行こうとした。
 わたしはその背中に、訊いた。ミツウラが――ミツウラたちが殺したのかって。ミナは、少し振り返ってどこか生々しい笑みを浮かべると、何も応えずに出て行った。
 でも、これで確信した。わたしが、『その恋』をやめれば――彼がツカエナクなったら、一体何が起こるのか、ということを。
 天井を見詰め続けてた。呼吸が、戻った。ミナが来るまで耳元で鳴り続けていた鼓動が、不思議と、何も聞こえなくなった。ベッドの中でわたしをゆらしていた嫌なイメージも消えた。
 ただ、静かだった。わたしは目を閉じた。
 そして、わたしは絶対に失敗しない、何故かそんな言葉が、どしりと重みを持って、腹の底に定まるのがわかった」

 遊がそう言って、言葉を切った時、その表情は重たい覚悟を表すソレでした。まるで、その当時のその場所にいるかのように。僕は、言葉を急かすことも、身を動かすこともできずにただ遊を見詰めていました。

<#10終わり、#11に続く


 この物語はフィクションです。実在するあらゆる個人・団体・学校・組織および事件・事象などとは一切関係ありません。
 また、この作品は2016年にKDP・Amazonで電子出版された作品に読みやすくするため改行や若干の言葉の変更などを加え、分割して順次掲載する予定のものです。以前の電子書籍版と大筋において変更はありません。

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