【連載小説】Words #10
この物語はフィクションです。
作中の人物・団体・学校・事件、及び各種名称、方言などあらゆるものは、創作であり、実在のものとは一切関係がありません。
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真沢は、結局、帰ってきた。
死にもしなかったし、不治の病が判明したわけじゃなく、こじらせた体調を、きちんと回復させて、帰ってきた。
カノジョの死が、僕という人間に、深い傷と暗い陰を残し、かほ里に支えられながらドラマティックに挫折から再び立ち上がることになるという妄想とは関係無く。
現実の人生は、物語基準で進むわけじゃない。そんなに都合良く悲劇のヒロインになれるわけじゃないのだ。
僕は手紙を書いた。ちょっと大げさに。こんな風に。
『戻って来てくれて良かった。
ずっと心配してた。
映画、ムリして来てくれたんだってね。
遠藤から聞いた。
ごめんね。気付いてあげられなくて。
あんなことの後に
もし、真沢がもどってこなかったら
僕のせいだって思った。
心配で心配で
眠れない夜もありました。
もう、大丈夫なの?』
読者であるあなたが、これを読んでいろいろ言いたいことがあるのはわかる。僕が何をしていたか、何を考えていたか、僕はちゃんと書いてきたつもりだから。
もちろん、ここに書いてあるようなことはしなかった。それは認める。
でも、そうありたい、と思ったのだ。
そうだったら、よかったのに、と。そして、中身が無いから、その心の不在をごまかすために言葉だけが大げさになる。まるで、舞台化粧の、役者のように。
とにもかくにも返事はちゃんと手渡された。いつものように。
『もう、大丈夫。
ただ、風邪をこじらせただけなの。
少し痩せたけど、今は、元気。
心配してくれてありがとう。
でも、きみのせいじゃないよ。
あまりに楽しみにしすぎて、体調悪いのに行っちゃったわたしのせい。
自業自得。
でも、休みの間、ずっときみがわたしのことを考えてくれていたなら、
それは、嬉しいかも。
嬉しい。
ありがとう。
病気になって、良かった、なんて。
でも、ほんとに大丈夫だから、今日からはゆっくり眠ってね。
また、今度、どこかに行こう?
ちゃんと、やり直そうね
戻ってこれて、嬉しい。
きみと、会えるから。
好きです。やっぱり』
僕は、嬉しかった。彼女が戻ってきたからじゃない。僕の手紙が上手く書けていたことが、その返事から読み取れたから。
そして、少し浮かれて、たかが自分の手紙くらいで、そんなに感激するような相手に落胆する。
あまりに手応えがない。僕程度の書いた言葉に感激する女の子なんて。その喜びと感謝に重みを感じない。
だから、真沢が僕と同じ人種ならいいのに、僕はそう思った。その手紙に書かれている言葉が、ただ社交辞令的に発される意味の無いものなら。
だとしたら、僕はこんなに自分を罪深く感じなくてすむのに。
なのに、そんな淡泊な付き合いは、それはそれで、イヤなのだ。
空虚。
だから、何も確としたものがない僕はついこんな風に何度も確かめてしまう。
『とりあえず元気でよかった。
そうだね。今度またどこかに行こう。
それにしても、
僕のどこがそんなにいいの?
僕は、かっこよくないし、
運動ができるわけじゃない。
取り立てて特技もない。
あまり良いところないように自分で思うんだけど』
そして、僕はその返事ににやける。
『かっこよくないところ。
運動ができないところ。
特技がないところ。
ちょっと情けないところ。
情けなくて、
だけど、勇気があるところ。
勇気をくれたこと。
あのとき、
きみのかっこよくなくて、運動ができなくて、特技がなくて、情けないところが、
全部、好きになった。
なんて。
でも、きみの顔、結構好きだよ。
わたしは、ね。
わたしだけかもしれないけど。
わたしだけなら、いいのに。
はずかしいなあ、もう!
じゃあ、聞きます。
きみは、わたしのどこがいいの?
全部、ってのは、なしでね。』
これが、カレシカノジョってもんだろ!
こういうこっぱずかしい遣り取りをして、許される関係! 最高! 背中が肩が胸が、くすぐったくて、気持ち良い! などと身を捩る。
深刻そうにかっこつけたって、結局、僕はこういうものに弱い。相手を、馬鹿にしながら、冷淡に嘲りながら、そういうものが欲しくてしかたなかった。
そして、そういう言葉を、絞り出してしまったら、あとはもう、どうでも良くなる。そんな風に言ってくれるなら、実は、誰だって良かったのだ。ここまで書いてきたように。真沢でなくたって。その時の僕がそれに自覚的であったかどうかも、忘れてしまったけれど。
不実。
僕は訊く。もちろん、カノジョに、ではなく。かほ里は、また鼻で笑う。
「そんなこと知らんけ」
「……」
「オンナがどんなとこ褒められたら嬉しいかなんて」
「……だよね」
教室。放課後の逢瀬。そんなものが依然としてそこにある。曖昧に、なし崩し的に。
本当に、こんな小説を書いている今となっては、少しは情景を変えてマンネリ感を払拭したいところだが、僕がかほ里に会うことできるのは、その場所、その時間しかなかったのだ。個人的に、どこか違う場所で、休日に会う理由なんて、どんなに頭を捻っても当時の僕には思いつかなかった。
僕は、少し落胆する。
「……」
「……」
僕の耳には相変わらずイヤフォンが古い曲を鳴らしながら、掛かっていて、そのコードの先に、僕の渇きをかき立てる身体が繋がっている。
それだけのこと。
たったそれだけのことが、僕たちの、関係。
「……おまえは?」
「おまえが、おまえ、言うな」
「ごめん……きみは」
「ん」
「なんか言われて嬉しいことってある?」
「……特に」
「あ、そう」
「……」
「……」
そっけなく返されて、また沈黙するしかなくなったけれど、確かに、あまり、何か褒められて少女のように喜んでいるかほ里は想像できなかった。きっと何を言われたところで、このひとは、呆れた様に、枯れた笑みを浮かべる程度のことしかしないだろう、と思った。
いずれにせよ、真沢とは別人種。訊いたところで、参考にならないことくらい初めからわかっている。
でも、訊いたのは、僕の軽い甘えだったかもしれない。「子犬」のように、ふるまおうとしたのかもしれない。たぶん、きっとそうだ。
僕が、その膝に抱かれたいような衝動にドギマギしていると、かほ里は、ふ、と何かを気付いたように小さく声をあげた。
「あ……」
「なに?」
「……」
「……ん?」
「最近うまくなったな、とか?」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……何が?」
訊き返した僕の頭を、ちょっと強く殴って、かほ里は顔を背けた。
わざと、気付かないフリをしてみたが、そういう年頃の少年の頭に浮かんだのは、そういうことだった。あからさまにしなかったが、かほ里のその反応から、その邪推があながち外れでもないような確信も得た。
ドキドキした。とたんにまた、かほ里が、艶めかしい肉に見え始める。かといって、堂々とセクハラする勇気もないのだけれど。かほ里はぼんやりと呟く。
「言って欲しいと思ってたこと、言われてみたい思ってたこと、そういうの、実際に言われてうれしかったことなかったな」
「……ふうん」
「本当にうれしいんは」
「うん」
「思っても、みなかったこと、自分でも気付いてなかったこと」
「……そう」
「『作詞家』、なんやけ、そのくらい自分で考え」
「……うん」
たぶんに皮肉を含んだかほ里の言葉に、僕は素直に頷いた。そんな僕を例の呆れた笑みでかほ里が眺めている。僕は、思いだしたフリをして、あ、とポケットから、紙片を広げて、かほ里に差し出した。かほ里がそれを手に取り、目を細める。
鼻で笑うかほ里。僕はそんなものに、慣れた。決して馬鹿にしているからではない。ただの彼女のクセ。何よりかほ里が、本当に気に入らないなら、鼻で笑いすらもしないだろう。
上手い下手ではなく、ただそこにある稚拙さを受け入れて貰えているという事実を、僕は信じていた。
かほ里は、一通り目を通して、それをまた当たり前のように鞄にしまった。
「クサイ」
「うん」
「字数がおかしい」
「うん」
「『僕』『君』が多すぎる」
「うん」
「『好きだ』って言うな」
「……うん」
「ほんで」
「うん」
「相変わらず、パクリ」
「……そうかな」
「ああ、つくりもん」
「……そう、かな」
「つくりもん、ってことにしとき」
かほ里は笑い、そして、視線を逸らしたまま、机の上の僕の拳に、手を乗せた。
おどろくほど、冷たい。僕は、凍えた。でも、その凍える肌のしたで、血流が暴れていた。でも暴れる熱が、僕の全てを融かすこともない。僕の中にある虚ろを、埋めることはない。
都合の良い、気色の良い妄想と、絶望的な孤独が、同時に僕に触れていて、そんなものを明らかにする。呟く、そのオンナ。
「こういうこと言いながら、オトコってのはな……」
「……オトコは?」
はは、と掠れた笑いを吐き出して、かほ里は、ねっとりと僕を見詰めた。ただ、艶めかしく、意味ありげに、僕の肌に触れながら。
僕は、その瞳から逃れられない。暗くて、濡れていて、僕の内臓に絡みつくような、その視線から。
僕が、それに引きずられて、ほんの少し、前のめりになってしまったとき、その手が急に放されて、かほ里は慌てたように僕に背中を向けた。
「……何? ……いまの」
「……なんでもない」
「いや、だから――」
「なんでもないけ!」
「いや……」
「帰り、今日は」
「……うん」
僕は言い訳みたいに、じゃあ、と言い残して、席を立った。振り返った。そこにはいつものかほ里がいた。僕はじゃあ、ともう一度言った。何事もなかったように、それに応じたかほ里の顔にいつもの枯れたような笑みがあった。
<#10終わり、#11に続く>
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