がらくた兵と一輪の花(2013年作品)
昔、とても美しいお姫様と、とても賢い王子様がいました。
二人は離れた別々の国に住んでいましたが、深く愛しあっていました。
でもなかなか会う事は出来ません。
二人の国はとても離れていますし、国と国との間には、二つの国を狙っている大きな国と、入ったら誰も出る事ができないと言われている『迷子の森』があるからです。
そこで王子様は考えました。
「がらくた兵を作って、お姫様の所にプレゼントを届けてもらおう」と。
その日から王子様は部屋にこもって、がらくた兵を、なんと五十体もつくりました。そしてがらくた兵達に言いました。
「いいかい、このお花をお姫様の所まで届けるんだ。
そのとき、絶対『迷子の森』に入ってはいけないよ。
あと、出会った人達には親切にするんだよ。」
がらくた兵はそれぞれお花を一輪ずつ胸のトビラにしまって、お姫様の国へ出発しました。合い言葉は
「ヒメニオハナヲトドケルゾ、デアッタヒトニハシンセツニ、マイゴノモリニハイッチャダメ」でした。
がらくた兵達はみんなに親切にしました。
それも王子さまのいいつけだったからです。
「さすがは、王子様の作ったがらくた兵だ」と口々にほめられました。
子供が溺れたのをたすけたり、おじいさんの荷物を持ってあげたりしてあげたのです。
王子様もそれを聞いて、たいそう嬉しく、誇らしく思いました。
ところがそれを見て面白くないものがおりました。
迷子の森に住む魔女です。
魔女は親切なものが嫌いでした。
しかしそれ以上に王子様のことも、お姫様のことも嫌いでした。
魔女は意地悪でした。
王子様とお姫様を困らせてやろうと思いました。
魔女は、おばあさんのふりをして、迷子の森をさけて通ろうとしていたがらくた兵達に言いました。
「この森の中にある私の家が壊れそうなんだ。
直すのを手伝ってくれないかねェ。
心配ないよ、ほんの少し行ったところに家があるんだから」
しかし、魔女の指し示す指の先にある森は『迷子の森』でした。
王子様には入ってはいけないと言われているけれど、おばあさんは困っています。
合い言葉は「ヒメニオハナヲトドケルゾ、デアッタヒトニハシンセツニ、マイゴノモリニハイッチャダメ」だったはずです。
がらくた兵達は本当に迷いました。
しかし、魔女は更にこういいました。
「ああ、家が壊れそうな上に、私のからだもぼろぼろだよ。
腰が痛くてあるけやしない、家までつれてってはくれないかい?
ああ、ほんの少し行ったところさ」
迷っていたがらくた兵達は、とうとう、おばあさんの家に行く事に決めてしまいました。
暗い森でした。がらくた兵の目は夜道でも見えるふくろうの目だった筈なのですが、それでも暗闇しか見えませんでした。
「ヒメニオハナヲトドケルゾ、デアッタヒトニハシンセツニ、マイゴノモリニ…」
心なしが合い言葉も小さくなった様子です。
そして森を歩いている途中、二時間も歩いた頃でしょうか、おばあさんは言いました。
「壊れた家なんてウソだよ」
しめしめこれで皆を困らせることができる……。目的をとげた魔女は、高笑いしながら、消えてしまいました。
困ったのはがらくた兵達です。何処が出口かわからなくなってしまったのです。
森を彷徨っているうちに、がらくた兵達は、一体、また一体と壊れていきました。
ところがです。ある一体が、お姫様の国を指し示す標識に気が付きました。
がらくた兵達はその標識に従って、やっとのことで森を出ました。
しかし、がらくた兵達は、ボロボロになり、数も半分まで減ってしまいました。
ところで、本当に迷子の森に標識などあるのでしょうか?
そうです。じつはこれも魔女の意地悪のひとつでした。
魔女はウソの標識で、がらくた兵が間違った道をいくようにたくらんでいたのでした。
本当に大変なのはそこからでした。
がらくた兵がやっとの思いで森を抜け出した先は、王子様とお姫様の二つの国を狙っている大きな国の領土だったのです。
その国の王様は、がらくた兵達を見て、勝手に自分の土地に入ってきたがらくた兵をけしからんと感じました。
王様には兵達が本当にただのがらくたであることなどとうに気付いていましたが、これを理由に、王子様とお姫様の国にいくさをしかけようと思い付きました。
ついでに美しいお姫様を手に入れることだってできるかも知れません。
王様はほくそえんで、自慢の大砲を家来に用意させることにしました。
大きな大きな大砲が、まず王子様の国へどーん、続いてお姫様の国にどーんと打ち込まれました。
がらくた兵達もそんな戦争に巻き込まれて、また一体、また一体と壊れていきました。
初めに決められていた道のりを外れてしまったがために、旅は厳しくつらいものになってもいました。
本当に迷ってしまった兵もありました。
それでも。
それでも、がらくた兵達は戦争で傷ついた人達を助けながら進んで行きました。こわれても、何があっても、そして騙されて破ってしまったといえど、彼等の合い言葉は
「ヒメニオハナヲトドケルゾ、デアッタヒトニハシンセツニ、マイゴノモリニハイッチャダメ」
だったのです。
本当に、本当に長い時間がすぎてしまいました。
一日中、空のてっぺんで鳴り響いていた大砲のどーんという音も、いつしか聞こえなくなっていました。
そしてその頃、ようやく、がらくた兵はお姫様の国に辿りついたのでした。
けれども、やっとのことでお姫様の国についたのは、たったの一体だけだったのでした。
片腕は取れ、合い言葉もばらばらでした。
すべてが少しずつ壊れてしまっているようでした。
がらくた兵はそれでも歩みを止めません。
「…デアッタヒトニハシンセツニ、マイゴノモリニハヒメニオハナヲトドケルゾデアッタヒトニ、ハイッチャダメ………」
そうです、なぜなら、がらくた兵はこの王子様のいいつけだけは忘れていなかったからです。
「……ヒメニ、オハナヲ、トドケルゾ…ヒメニオハナヲトドケルゾヒメニオハナヲトドケルゾヒメニオハナヲトドケルゾ」
たった一体の行進はつづきました。
ところが、お姫様がなかなか見つかりません。
なんとか見つけたお姫様は、四角い箱の中で眠っていました。
お姫様は戦争が半分は自分のせいであることを知っていました。
大きな国の王様が自分を妃にしたがっていて、そのために大砲を打ち込んでくるということをです。
お姫様は自分がいなくなれば、この長いいくさが終わるものだと信じて、自らの命を断ってしまったのです。
そうです、がらくた兵が見つけた白い四角い箱は、棺でした。
お姫様の棺がみんなの手によって運ばれていきます。
でも、がらくた兵にはお姫様の死がわかりません。
「ヒメニオハナヲトドケルゾ…」
お姫様の葬列は、お姫様の死を悲しむたくさんの街人をひきつれて、どんどん歩いていってしまいます。
がらくた兵は、街の人にもみくちゃにされながらも、ふらふらと歩きながら、その後をついて行きます。
がらくた兵の手には王子様から預かった、でももう枯れている一輪の花がありました。
がらくた兵はお姫様にお花を渡そうと手をのばしますが、悲しむ街人に阻まれてなかなか届きません。
と、その時、がらくた兵の手をはなれたお花が、人の波にも揉まれながら、偶然にもお姫様の棺に入りました。
それを見たがらくた兵は、満足そうな顔を浮かべて静かに止まりました。
そのがらくた兵が動くことはもうありませんでした。
<おわり>
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