富大小屋山荘物語Day2 二日酔いだよ!

2020年4月21日 朝7時

営業前の期間は、早起きする必要がなくて特別感がこの上ない。
でも、なんだか頭が重い気がする。
外の光が入らない厨房は真っ暗で、ひとまず非常灯をつける。
風がないので、天気は晴れか高曇りだろう。
まだ誰もいない。
みんな、朝ごはんは・・・あーなんかだるいなぁ。
ストーブに火をつけて、お湯を沸かして倦怠感に包まれる。
みんな二日酔いかな、もしかして起きてこないんじゃないかな。
昨日は何時まで起きていたかよく覚えていないけれど、厨房には空っぽになった常峰さんのウイスキーと、主の濁り酒と、越冬した日本酒のパックが転がっていた。
いつの間にか結構飲んでいたようだ。
バカみたいな気持ち悪さはないけど、とにかくだるくて頭が重い。
朝ごはんの支度しないとなぁ。
蒸し器は昨日のうちに出した、のか。常峰さんは本当に手際がいい。
ならクッキングシートは、あれ、あぁ小屋閉めのときに一斗缶にまとめて入れて目張りしたのか。
ガサゴソやっていると、主がやってきた。
「おはよう。みんなまだ起きてこない?」
「おはようございます。まだだれも来てないみたいです」
「まぁ、しょうがないね」
二日酔いだろうが何だろうが、仕事は除雪くらいだもんな。
ちょうどお湯が沸いたようで、ヤカンの注ぎ口からはもうもうと湯気が立ち上っている。
主はゆっくりとコーヒーを淹れはじめた。
クッキングシートを発掘できたので、蒸し器の底に敷いてロールパンをふかす。
山小屋では自分一人のためだけに何かをするということはあまりない。
やるなら全員の分か、せめて数人分。ごはんも掃除も何もかも持ちつ持たれつ、その点では家族のようだ。
みんなを待ちながら、静かな時間が流れてゆく。
「はいできたよ、飲まれ」
「ありがとうございます」
主が淹れてくれるコーヒーを、胸いっぱいに吸い込んでから口をつける。
きっと今季も、毎朝毎朝淹れてくれるだろう。
その最初の一杯だと思うと、このコーヒーがものすごく特別に思える。
寝ている人を起こすでもなく2人で朝ごはんを食べていると、石倉さんがだるそうにやってきた。
「おはよっすー」
「おはようございます」
「おはよう」
「すいません普通に寝坊しました」
「まぁ食べられ」
8時か。
今日はゆっくりだな。
「石倉さんこのあとの除雪、どのへんやります?」
「まぁとりあえず様子見てだけど、厨房の窓開けれるようにしようか」
「了解です。今年はちょっと雪深いから、気長にやりますか」
ボスはお風呂命なので必ず水タンク周り、主様は売店の窓を開けることが第一目標なので、毎年常峰さんと石倉さんと私が3人一組で除雪をする。

ごはんを食べ終わったところで、常峰さんがやってきた。
「おはよう、ごめんね俺頭痛いやー。みんなどう?」
「おはようございます。俺もそんな絶好調じゃないです」
「私もですよ」
「常峰、お前がしっかりしなくてどうすんじゃいっ」
みんなだるそうに笑っているけれど、このあとの除雪に備えてアイドリングしている。

やがてボスがやってきて、パンをモサモサ頬張りながら「とりあえず10時からね」と号令をかけた。

外に出ると、雪を頂いた立山がキラキラと輝いていた。
今日も遠くまでよく見渡せる。

除雪が始まった。
個人プレー時々チームワークで、あまり頑張りすぎないようにしながら、せっせと雪を掻いてゆく。
だがしかし、みんな全然ペースが上がらない。
高所に体が慣れていないというのは多少あるにせよ、みんな体調が思わしくないのだ。
この作業で一番大切なのは、継続して雪かきし続けること。
だから息が上がるほど頑張っては後々何もできなくなるといけないし、かといってスローペース過ぎるのもいけなくて、長距離走のようだ。
二人の雪かきを見るのはこれで3シーズン目になるけれど、常峰さんはサクサク小刻みにスコップを動かして何があっても掘り続けるタイプ。
片や石倉さんはパワー系で、大きくスコップを振って、なるべく大きな塊を切り出し、それをこれでもかと言わんばかりに遠くへ飛ばすような掘り方をする。
二人を見ていると対照的でとても面白い。
以前石倉さんに「そんな風に掘ってて、疲れないんですか?」と聞いたら「この作業の本当の目的は除雪じゃなくて筋トレだから!」と言っていたっけ。
でも今日の石倉さんは、いつもの50パーセントくらいだ。
のんびりしたペースに乗じて、一つ質問をしてみた。
「ねぇ、黒長にスコで武装すると、少し強くなった気分になりませんか?」
「それわかるー」
「二人とも、お得な性格してるねえ」
常峰さんは、そんなんで強くなれるわけないでしょ、と言いたげな感じだ。
もちろんそうだけれど、スコップがあればよほどがちがちに凍っていない限りは足場が切れるし、どこへでもいけるような気になる。
もちろん、冬用の登山靴にアイゼンピッケルというのがちゃんとした冬山の足元ではあるけれど、小屋の周りでは黒長靴とスコップで十分だ。

「ねぇ、お腹すかない?」
石倉さんの一言で、常峰さんがスコップを雪に突き刺した。
「米、炊いてくるわ」
彼の除雪の準備にはお昼の用意も含まれていたようで、米をといで吸水させてきたらしい。
引き続き雪を掘ること30分くらいだろうか、常峰さんがお昼の準備が整ったことを教えにきてくれた。
ボスはやってきたけれど、主が来ない。
様子を見に行ってみると、雪で心地よいベッドを作って昼寝をしていた。

「せっかく晴れですし、外で食べましょうよ」
二日酔いでも常峰さんの炊くお米は変わらない味で、除雪のあとにみんなで食べれば越冬カップ麺もおいしい。
休憩をしていると、時間がどんどん間延びしていく。
もう除雪なんてしなくていいんじゃないかという気持ちになるけれど、時刻は13時、もうひと頑張りが必要だ。

体調はだいぶ良くなってきた。
常峰さんも石倉さんも、少しずついつもの感じを取り戻しているように見える。
サクッ、ドサッ、という除雪の音とライチョウの声、そして私たちの息遣いが山に吸い込まれてゆく。
少し日が傾いてきたところで、今日の作業は終了。
二日目の晩御飯は、いつも鍋と決まっている。
石倉さんが発電機を回しに行った。
常峰さんはボスの雪かきを手伝うことにしたようで、晩御飯の支度は私に回ってきた。
まずは米を研いで水につけておく。
みんなで担ぎ上げた野菜を切って、鍋に突っ込んでいく。
鍋のもとは越冬品があるので、それに適当な調味料を加えて味を調える。

17時、みんなが厨房に集まった。
カセットコンロに鍋をかけながら、今日の雪かきを振り返る。
「諸君、厨房の窓は順調かしら?」
「ええ、まぁいい感じだと思いますけど」
「だったら明日、どうしてもお風呂に入りたいからみんなで外タンとボイラー室掘りたいの」
「それなら俺は引き続き厨房の窓堀りして雨戸外したいです。雨どいもつけちゃうので、石倉と梅はそっちでいいかい」
ボスが笑顔でうなづいた。
緩やかに明日の流れが決まり、誰が何を言う前にお酒が出てきて、今夜も静かに始まった。
発電機を非常灯に切り替えて、薄暗い中ストーブを囲みながら、最後に残った鍋をつまみにお酒をたしなむ。
2日目の晩は、除雪の疲れもあり、全員早々に寝床に向かった。

明日もまた除雪が待っている。

この物語は、現在富山大学小屋がある場所に山小屋があったら、という設定のフィクションであり、実在の人物や団体などとはまったく関係ありません。このたび新型コロナウイルスの影響によりアルペンルートがストップし、上山が延期になってしまったことを受けて梅乃の脳内に生じた架空の日々の日記、妄想ガタリとなりますので、くれぐれもご了承ください。