富大小屋山荘物語Day3 春の日常だよ!
2020年4月22日
目が覚める。
風が、唸りながら小屋の周りをまいている。
パラパラと氷の粒が屋根壁をたたく音がする。
今日は嵐か。雪かきは振りだしかな、お風呂もお預けだなぁ。
それにしても寒い。
布団から出たくなくて、豆炭あんかのぬくもりにしがみつく。
6時30分、朝ごはん作るか・・・
厨房に来ると、非常灯がついていた。
赤く燃えるストーブの横で、売店の主と常峰さんが醸し出す柔らかい時間。
コーヒーのいい香り。
コンロには圧力鍋と平たい鍋。
半年ぶりの見慣れた光景に、あらためて小屋暮らしの始まりを実感する。
「おはようございます」
「おっはようっ」
「おはよう梅乃」
「米と味噌、やっちゃいますね」
「ん、よろしく」
飲み頃の温度になった主のコーヒーをコップに注いで、朝ごはんの準備をする。
火をつけて、火力を調整する。
ガスを出してマッチなどで着火するタイプだが、古いので火の出方にムラがあるのがポイントだ。
しばらくすると、ボスと石倉さんが話しながらドシドシやってきた。
大方、トイレででも出くわしたのだろう。
「おはよーございます!」
「はいみなさんお早う。今日はとりあえず小屋の中でやれることやりますー。お天気良くなったら正面玄関と厨房の窓開けましょ」
今日の方針が決まった。
発電機が回っているので館内は明るいが、まだ電球を取り付けていないところもあるので少し暗めだ。
主様と石倉さんは室内の水タンクから必要なところへ水を運搬、ボスは事務所と食堂、常峰さんと私は厨房まわりだ。
小屋閉めの時にはありとあらゆる戸棚に目張りをして、鍋などはビニール袋に入れるし、食堂の椅子やテーブルもすべて重ねて隅に寄せる。
各部屋の布団はすべて運びだして敷きと掛けで2部屋に分けて積んであるし、畳は上げ電球は外して雨戸も閉めてある。
小屋閉めの作業も一大事だけれど、それを営業できる状態に戻すのもなかなか大変な作業だ。
けれどこれは、夏の営業を前にしたこのうえなく明るく前向きな作業であり、何かの封印を解くようなわくわくがある。
食器と調味料の棚の目張りは初日のうちにある程度はがしたので、簡単に掃除をしてからいろいろなものを袋から出す作業をはじめる。
まずは米用の三升釜と五升釜。
大鍋、そのフタ、でかいザル、牛刀、大きなまな板等々、こんな物もあったなぁという物が思い出と一緒にたくさん出てくる。
春先、大きな鍋や釜は屋根の雪解け水をといで受けて室内に引き込むのに使う。
常峰さんと二人で作業を進めている傍ら、主様と石倉さんがバケツでせっせと水を運んできてくれる。もう終わりそうだ。
食堂では激しい物音がするので、ボスもおそらく順調に作業を進めているんだろう。
それぞれ休憩を取りながら作業を進めて、お昼ご飯も越冬カップ麺を適当に食べ、朝のあまりご飯とみそ汁、戸棚の中の高野豆腐などもつまみながら、時間が過ぎてゆく。
気づけば14時だった。
そこそこ集中していて外の様子など気にしなかったけれど、どうやらボスは玄関を開ける作業に移ったようだ。遠くで除雪機のエンジンが回っている。
様子を見に行ってみると、雪と風はやんでいた。
「この子も久々に回してもらって、きっと喜んでますよ」
「今年は機嫌よく動いてくれるといいのだけどねえ」
ボスは一年ぶりに除雪機をいじれて嬉しそうだ。
厨房がひと段落したので、玄関はボスに任せて厨房の窓を掘ることにした。
行ってみると、すでに石倉さんが全体的に雪を掘り下げてくれていた。
2階の窓は、3部屋分は雨戸をあけられそうだ。
石倉さんは一つ目の窓を掘るというので、私は二つ目がありそうな場所を掘り始めた。
今日は主様が刺身をこさえてくれると言うので、がぜんやる気がでる。
常峰さんが米とみそ汁だ。
二人で黙々と掘る。
たとえ曇り空でも、外作業というのは気持ちがいい。
石倉さんと一緒に雪かきをしていると、ついつられてハイペースになってしまう。
もうずっと掘っている気がする。
石倉さんはどんどんペースを上げるので、こちらも息があがって、ものすごく苦しい。けど、この苦しさは嫌いじゃない。
呼吸を整えていると、石倉さんはニヤニヤしながらこちらを見て、さらにペースを上げて見せつけてくる。
「嫌な、やつ、嫌なやつぅ!!!!」
息を切らしながらも、威圧的な顔をして叫んでみる。
天気は回復傾向で、時々青空が見えるようになってきた。
深呼吸をする。
言わずもがな、純度100%の立山の空気。
美味しい!
「なんかもう、疲れました!」
本当はまだいけるけれど、空がきれいなので戦略的撤退を決め込むことにした。
スコップを雪に突き刺して、今日積もったばかりの雪の上に仰向けになる。
あぁ、心地よい。
平和な世界だなぁ・・・
石倉さんも、スコップを置いた。
立山の御空のもと、ちっぽけな人間二人は雪かきを放棄して、全身を雪にゆだねた。
どのくらい時間がたったのだろう、カシャリっという軽快な機械音の先に、ボスが立っていた。
「んー、いい写真が撮れました。あんたたちぃ、もうぼちぼちごはんの時間なんじゃないの?」
気づけば日はだいぶ傾いていたし、おなかもすいた。
「続きは明日にしようか」
「はい」
厨房に行くと、ごはんの準備が調っていた。
常峰さんと主様はストーブであぶったスルメを肴に、一杯やっている。
「お待たせしました」
「はいみんな揃ったね」
「いただきます!」
主様は毎年、小屋開けのときには刺身の柵を冷凍して上げてくれる。
今年は馬刺しも持ってきてくれた。
「あーうっめ!主様マジでありがとうございます!!」
「ん~、本当においしいです!!」
主様も「ほら、もっと食べられ」と言いながらニコニコ笑っている。
こんな平和な日々も、春先の特権だ。
これからバイトが増えればパワーバランスも役回りも変化して、この雰囲気はどこかへ行ってしまう。
こんな時間から主様と常峰さんが一緒にお酒を飲んでいるなんて絶対に見られない。貴重な光景だ。
「あ、そういえば明日はヘリでしたっけ?」
「ええそうですよ。8時30分スタートでいきますー」
「何便飛びます?」
「燃料系と食料系1ずつ」
いよいよヘリか。
ヘリが来るということは、食生活が豊かになるということ。
そして、私物が上がってくるので遊び道具も手に入るということだ。
下山のたびに少しずつ歩荷することもできるけれど、結局私たちの生活は文明の利器頼み。
楽しみだなぁ~
この物語は、現在富山大学小屋がある場所に山小屋があったら、という設定のフィクションであり、実在の人物や団体などとはまったく関係ありません。このたび新型コロナウイルスの影響によりアルペンルートがストップし、上山が延期になってしまったことを受けて梅乃の脳内に生じた架空の日々の日記、妄想ガタリとなりますので、くれぐれもご了承ください。