VR上で五感を再現することはできるのか?
アベマプライムで脳科学者の茂木健一郎先生が、現実世界には存在するがVR(仮想現実)上では認識できない感覚を「気持ちの良い摩擦」という言葉で表現していました。
「気持ちの良い摩擦」とは物体をつかんだときの触り心地やテクスチャー、肌にとがったものが触れたときの刺激や痛み、煎れたばかりのお茶が入った湯飲みを持った時の熱さ、湯飲みの重み、これらのことを指しています。
そして、上記のような「気持ちの良い摩擦」をテクノロジーを使って人造的にVR(仮想現実)上に表現する分野を「ハプティクス(Haptics)」といいます。
日本語でいうところの「触覚技術」です。
「株式会社典雅」が製造販売している「TENGA」も非常にシンプルな一種のハプティクスだと言えなくもないです。
本題にはいります。
こんにちは、ウメモト タツキです。
今回のテーマは「VR上で五感を再現することはできるのか?」です。
結論:「視覚」と「聴覚」に関しては、問題ないでしょう。
「触覚」の再現も時間の問題。
「嗅覚」と「味覚」に関しては・・・
まずは、「視覚」と「聴覚」の再現の話からしていきます。
4Kテレビやハイレゾ技術など、すでにこれらの分野は世界中で研究され尽くしています。国内ではソニー(SONY)が最も有力企業です。
SONYは2022年1月にラスベガスで開催された世界最大のテクノロジー展覧会「CES 2022(Consumer Electronics Show 2022)」にて「PlayStation VR2」を発表しました。
前回、同社が「PlayStation VR」を発売したのが2016年なので、実に6年ぶりの新商品発表となりVR業界とSONY信者が沸きました。
また、今のところ世界で最も評価されているVRヘッドセットは、Meta社(元Facebook)の子会社となった「Oculus」が開発したOculus Quest 2です。
VRヘッドセットはゲームにおける「ハード面」ですが、「ソフト」業界でも視覚の完全再現においてかなりの期待ができます。
「フォートナイト(Fortnite)」の発売元として、最近は巷でも著名になりつつある「Epic Games」が提供するゲームエンジン「UnrealEngine」は、コンピュータ・グラフィックを最適に開発するプラットフォームとしてハリウッド映画制作や宇宙開発の際のシミュレータとして使われていて、「世界一成功したゲーム制作ツール」とよく言われます。
そんな「UnrealEngine」シリーズの最新ソフト「UnrealEngine 5」を使って制作されたあるゲームがデモプレイとして2021年12月にリリースされました。
それが「The Matrix Awakens」です。
「The Matrix Awakens: An Unreal Engine 5 Experience」とかYoutubeで検索すればデモプレイ動画が出てくるのでぜひ直接見てほしいのですが、見ない人のためにここに私の感想を一言だけ書きます。
「あ、もう実写って人工的に作れる時代なんだな。」
脱線してしまいましたが、つまり「視覚」と「聴覚」に関してはテクノロジーを使えば人間が本物と判別できない次元までにはすでに開発できている、ということです。
それでは、第三の感覚「触覚」の再現はどこまで進んでいるのでしょうか。
ハプティクス(Haptics)の話題にもどります。
1.VR(仮想現実)上の「熱さ」と「寒さ」は再現できる。
「CES 2022」では、日本のパナソニック(Panasonic)の子会社「シフトール(Shiftall)」がVRと連動するウェアラブルエアコン「Pebble Feel」を発表していました。
シフトール(Shiftall)の公式サイトには、「Pebble Feel」は小石(Pebble)サイズのペルチェ素子を使った体に貼り付けるタイプのデバイスでVR上の雪の冷たさや火の暖かみを表現することが可能と商品紹介されています。
※ペルチェ素子とは直流電流を流すことによって温度変化を起こす半導体のことです。
操作できる温度範囲は9℃~42℃。
しかも、既存のシェーダー(3DCGにおける陰影や物の質感、色味をつけるプログラム)を使えば、誰もが自分の自由に体感温度を設定したワールドを作成できる仕組みも提供する予定だそうです。
余談ですが、このシフトール(Shiftall)という会社がなかなかユーモアに富んでいて、特定の人に会う時に前回と同じ服装で出かけてしまい恥ずかしい思いをしないために「スケジュールアプリと連動して前回の服装と被っているかをランプで自動判定してくれるスマート姿見」なども開発していたりします。
シフトール(Shiftall)が今後どんなおもしろガジェットを発表していくのか期待が高まりますね。
2.スペインのあらゆる触覚を再現するベスト
「CES2022」で最も話題を呼んだ企業は「OWO Game」というスペインのゲーム会社でした。
「OWO Game」は今までVR上では感じることができなかった感覚を完全再現するベスト「Haptic Vest」を発表し、イノベーション・アワードを受賞することになります。
ハプティック・ベスト自体はそれほど新しいものではありません。
2018年には当時新しく開業したTOHOシネマズ日比谷で映画「ジュマンジ」(リメイクの方)をSONYが開発した「ハプティック・ベスト」を着用しながら観よう、というイベントもありました。まあ、4D映画に飽き始めた日本人が考えそうな試みです。
「OWO」のベストが評価された点は、ゲーム内のアクションと連動して30種類を超える触覚をVR上で再現できるところです。
【衝撃】ボール、ダーツ、銃撃、銃撃による貫通、斧、虫刺されの痛み、腹部の負傷、腹部の重大な負傷、パンチ、ダガー、ダガーによる胸の損傷
【感覚】ものを握る、軽い物を持つ、重いものを持つ、マシンガンの反動、ものを押す、重いものを押す、虫が這いずる、衝突
【体験】自由落下時や運転時の風の抵抗、アイドリング時の車の振動、奇妙な感覚、ストレス
「OWO Game」が現在発表している「Haptic Vest」が再現できる触覚をまとめました。(公式サイトより)
これまでは銃の反動やアクション時の衝撃を再現する「振動するコントローラー」が一般的でしたが、プレイヤーが「より没入したゲーム体験」を求めて、こういった連動型ベストを着てからゲームをするなんて日が来るかもしれませんね。
ちなみに今回のCES 2022は新型コロナウィルスの世界的流行の中開催されたため、出展予定だった多くの企業がオンライン上での参加となり、「世界最大のテクノロジー展覧会」と謳いながら、現地はけっこう空いていて快適に出展を回れたそうです。
VR上で五感を再現することはできるのか?
ここまで、「視覚」「聴覚」「触覚」の再現について紹介してきました。
「嗅覚」と「味覚」に関してはまとめて議論します。
なぜなら、人の身体のつくり上「嗅覚」と「味覚」はとても密接した感覚だからです。
「嗅覚」は鼻、「味覚」は舌、感覚器官自体が近いですし、「食べ物の味」とはこの2つの感覚のフィードバックのバランスだったりします。
嗅覚再現はそれほど難しい分野ではありません。
なぜなら、人類は「匂い」の抽出技術をすでに持っているからです。
しかも「香水」や「フレグランス」など特定の匂いをかなり安価で再現でき、すでに世界中に一般普及しています。
VR(仮想現実)上で再現したい「匂い」をリキッドやパウダー上にしてVRヘッドセットにぶちこめば済む問題でしょう。
本テーマのボトルネックは「味覚」です。
それでは、ここであなたに質問です。
「あなたは、ゲーム内の食べ物の味をリアルに認識したいと思ったことがありますか?」
私はありません。
なぜなら、「食事」だけは「仮想化」できない、生きるために必要な生物独自の営みだからです。「ものを見る」ことも「音を聞く」ことも、ぶっちゃけしなくても生きていけます。「匂い」だって人によっては、まったく鼻がきかない人だって実際に普通に生活しています。しかし「食べること」は、そのほかのどんな営みよりも我々にとって重要なアクティビティなのです。「食べること」ができなければ、人は1週間で死んでしまいますから。
おそらく、VRガジェット開発者の多くが「VRで味覚の再現なんていらないよね」と感じているからここまで研究がされていないのでしょう。
舌には味蕾(みらい)と呼ばれる一万個を超える器官があり、そのひとつひとつが作用することで味を脳に伝えます。
もし、VR(仮想現実)で味覚を再現するための装置が開発されたら「口の中に入れるタイプの機械」になるでしょう。
そんなデバイスが実際に開発されて、口の中に入れながらゲームをプレイする人たちが将来現れたら・・・
それはずいぶん滑稽な格好だとおもいます。