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おとうと

第21話

ゲームはやたら得意だった。
パズルゲームなどは見ていて心地が良いほどにするすると解いていく。
アクションゲームも好きだしロールプレイングゲームも好き。
ゲームに関してはオールラウンダーだった弟。
だが、お勉強は悲しいくらいにできなかった。
特に困っていたのは算数だった。
私はどちらかというと文系が得意で、パズルゲームなどは苦手。
展開図なんかは見たところで何が何だかサッパリ。
だから弟は勉強に励めばそれなりの成績は残せたような気がしてならない。
が、如何せん本人にやる気がない。私も自分が勉強なんてしていないから
弟にそれが必要だとは考えない。社会をなめすぎていた。
子供の頃から大人に混じって働き社会を知り尽くしている母は、
私に対して「勉強して一流大学に入って一流企業に就職しろ!
それがあんたの幸せなんだ!!」と言って憚らなかったが、
私で強烈に失敗しているからか弟に厳しく接することはなかった。
勉強!勉強!!とせっつき圧をかけ、時に暴力をふるうような「躾」が
逆効果であったことを身をもって経験しているからか、
弟に勉強に対して強弁することはなかった。
ゲーム三昧な日常に呆れはしていたけれど。

その日たまたま母が留守にしていて、私は弟と世間話をしながら
過ごしていた。
不意になるチャイム。「はーい」と呑気な返事をしながら玄関に向かう。
見知らぬ老婆がそこにいた。平成初期のこと。ドアチェーンをしていれば
ドアは当たり前に開けていた。
「〇〇さんのお宅ですか?」
「はい、そうですが?」
「あ、私息子さんの同級生の△△の祖母です」
弟と9歳離れた私はよく母親と間違われた。
見た目が完全におばさんだったから。女子高生なのに。
「あ。私、姉です」
そう言うと怯んでしまうほどに謝罪され
「お母さんは?」
と聞かれた。不在ですと答えると
「実は」
と話し出す。孫のゲームソフトが数本行方不明になっていると。
慌てて弟を呼びつける。弟が玄関に出ると老婆の背後から
似た学齢であろう男児が顔を覗かせてビビる。
「△△くん」
弟が声をかける。
「なんかゲームがなくなったって言ってるけど?」
「ああ・・・」
思い当たる節がある様子に怪訝となる私。
「『ああ』って何?」
弟は困った様子で頭を掻く。△△くんも俯いている。
「黙ってちゃ分かんないよ」
自覚はないが私はかなり口調がきついらしい。老婆が止めに入る。
「いえ、苦情を言いに来たわけじゃないんです」
「はぁ・・・?」
母が在宅していたところで話は進まないな。老婆の様子に確信を得た。
聞けばゲームソフトが5本ほど部屋から消えていて、消える直前
遊びに来ていた子の家を訪ねている最中なのだそうだ。
「あんた盗ったの?」
私は容赦がない。弟が何を言う前に老婆が
「いえ、本当にそんなことを言いに来たわけでは」
と「滅相もない」といった感じで止めに入る。
では一体何をしに来たのだ?と、いくら阿呆でも疑問に思う。
つまりは何があったか教えてほしいといったことだったのだが
弟は「僕じゃ分からないから××くんに聞いて」と
実に疑わしい発言をしたので驚いた。
「『××くんに聞いて』なんて言えるってことは、あんた事情
知ってるじゃん」
姉の追及は続く。が、弟は私には一切口を開こうとしない。
どうにもならなくなったのか、△△くんが
「おばあちゃん、もう帰ろうよ」
と困り顔で訴える。その表情を見て(あれ、これ虚言?)と
薄っすら感じた。
ソフトがなくなっていると△△くんが言い出したのではなく、
おばあちゃんがその事実に気付いて、孫に何かあったのではと
狼狽えてしまったのかな、と。

結局弟は何も語らず
うちでは解決らしい様子を見せることもなく、
老婆と孫は「次の子の家に行ってみます」と言って帰っていった。
「何、今の?」
私は遠慮を知らない。が、2人が帰った途端弟は饒舌になった。
5人ほどであの子の家に遊びに行ってそのうちのひとりが
「このソフト欲しかった」と言い出し、その後ワチャワチャと
色んなことが起きたようだった。
「止めなかったの?」
「うん」
「どうして?」
首を捻り「面倒くさい」と一言放った。

面倒くさがって止めなかったり知らん顔したり、
そんな子じゃないけどな。

疑問は浮かべど老婆も孫も、大事にしたくない様子だった。
母は不在だ。
弟は何かしら事情を知っている様子だが、
恐らく直接的に関係していない。
あの子、気前よくあげちゃったんじゃないか?
それを知らずおばあちゃんが「ソフトの数が少なくなっている」と
気付き騒いで、止められなくてうちに来たんじゃ?
なんてしょうもない想像を巡らせた。

私がもっと「姉らしい姉」だったなら、
弟の人生も少しは違っていたのではないか。
こんな頭の片隅で
乾ききってカピカピになったような下らない出来事を
頻りに思い出すことがある。
30年以上経った今頃、しても意味のない後悔が押し寄せてくる。


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