おとうと
第1話
12月に弟は産まれた。
9歳下の男の子。
弱冠9歳の私は小さな赤ちゃんのお姉ちゃんになった。
生まれたての赤ちゃん。
小さくて柔らかくて甘い、いい匂いがして
おむつ自体は知っていたけれど
おむつカバーなんてその時初めて知って
粉ミルクを買うなんて初めてのことで
まだドラッグストアなんてない時代
開店は朝10時、閉店は夕方6時なんて当たり前の薬局に
日曜などの休日、開店早々お使いに走らされたものだ。
粉ミルクは添えらえれた匙ですりきり3杯。
哺乳瓶にそっと入れ薬缶で沸かした熱湯を注ぐ。
適度に上下に振ったら水道水で適温まで冷ます。
適温とは哺乳瓶を頬にあてて熱くない程度。
前腕に少しかけてみて熱くない程度。
両方とも母に教わった。
布おむつの当て方、排せつした後の始末の仕方。
弟は母が36歳、父が46歳の頃に生まれた。
小さいお母さんみたいとみんなに言われた。
私はとても得意になって弟の世話に勤しんだ。
テレビも漫画もそっちのけ
元々嫌いだった勉強なんてさらにそっちのけ。
下校したらすぐ弟の世話。
ベビー布団に寝かされた赤ちゃんの小さな手。
まだ何も見えていないというけれど
つぶらな瞳は天井のあちこちに視線を移す。
いつも手を握っているから
たまに開いてやって手の平にたまった埃を
取り除いてやるのも私の仕事。
ミルクあげておむつ替えてあやして。
よく泣いていたけれど
抱っこしたり布団ごと左右にちょっとだけ動かしてやったら
ご機嫌になってキャッキャと笑って。
母が仕事から帰ってくるまでの間
弟の面倒を見るのは私の役目。
テレビも漫画もその直後大ブームを起こすゲームウォッチも。
弟の魅力には敵わなかった。
小さな命は両親にもそうだったろうけれど
9歳年上のお姉ちゃんにも
途方もないほど温かく柔らかい影響を与えてくれた。
誕生してすぐ始まった、弟と私の日常。
夜眠る横顔があまりに可愛くて
母に「そっとしておきなさい」と言われても
隣に敷かれた母の布団を占拠して
じっと眺めたものだ。
弟の人生、私のお姉ちゃん人生は
あの年の12月に始まった。
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