PRAING

かなえは意を決して会社帰り元恋人に逢いにいくことにした。
久しぶりにアパートの2階の階段を昇る。何と偶然、元恋人がドアを開けた。
「久しぶり、どうしたの?」
彼は相変わらずのくしゃっとした笑顔で、困ったような、でも嬉しいような顔をしてこちらを見た。
その顔を見た瞬間何かたまらなくなって彼の唇にキスしてしまった。彼はかなえを中に入れてくれた。
家の中には付き合っていた当時、かなえが置いていった漫画がまだあった。
元恋人は仕事を家に持ち帰っていたようで「少し待っていて」と言う間に漫画を読んでいた。
しばらくしてふと彼を見ると疲れているのか、そのままうとうとと眠ってしまっていた。
その彼の顔を見て、あれ?と言う違和感を感じた。
スマホにメッセージが来ていることに気づく。親友のともえだった。
話したいことがあると言うので近くの喫茶店で会うことにして、彼の部屋を後にした。

「久しぶり、元気だった?かなえちゃん変わらないねー。」というともえもまた会社帰りのようだった。着慣れたスーツ姿。
「実はね結婚したの」
「えーー?!」
驚いた。しばらく恋人のいなかったともえが結婚したなんて、私はこの先もずっと恋人ができず、1人ぼっちかもしれないなんて嘆いていたあのともえが。
「会社帰りにね、ほぼ毎日迎えに来てくれて、一緒に歩いて帰るの。私すごく幸せで…。最初に出逢ったのもね、会社から帰る時の道で挨拶するようになって、一緒に帰るようになって。」
と語るともえに
「いくつの人?」と素朴な疑問を。
「78歳」
「えーーーー!」
2度驚いた。私達の両親より上の年齢。それは大丈夫なの?騙されてないの?結婚してすぐ介護ということになるのでは?と私がパニックになっていると
「今日も迎えに来てくれるからかなえにも紹介したい」
とともえが言った。
程なくして店の前でともえの彼と初対面した。
優しそうな、多分若い時には男前だったのだろうな。と思わせる、確かに78歳の男。
初めましても間もなく、もう時間も遅いし、2人がかなえを最寄りの駅まで送ってくれた。
手を繋いで歩く2人を見つめてかなえは何かを感じた。
ともえが彼を見つめる眼差しにしまおまほの父親が撮った写真集、『まほちゃん』で幼子のまほがカメラを構える父親を見る目を思い出したのだ。
話に聞くと仕事で不在の多かったともえの父親…。彼女は恋人と、叶えられなかった父親との蜜月の代わりを過ごしたいと思っているのかもしれないなと思った。
対して恋人がともえを見つめる眼差し。どこまでも優しい目で彼女を見つめていた。もう彼もこの先の人生はそう長くない、と悟った上で愛する人を見る目。そこにかなえは、永遠の静寂を感じ取った。
駅に着いて「じゃあ、またね」
と別れて電車に乗りながら、かなえは元恋人のあの困ったような笑い顔と寝顔を思い出していた。
あの時の違和感に、ともえカップルを見て答えが出た気がしたのだった。

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