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日記『歯列矯正の先生』
新店舗の銀座医院は駅近のビルの12階にある。
今年できたばかりで他のフロアは工事中だ。
「めちゃくちゃいいとこですね。」
座った場所から見える景色に驚くと、
担当の先生ははにかみながら自分が医院長になったことを曖昧に伝えてきた。
私は嬉しくなった。
歯列矯正をし始めて約5年。
東京から板橋、六本木、新橋など担当の先生は何店舗にも移った。
その度にめんどくさいなと思いながらも新しい場所へ毎月通っていた。
通わない月があると結構ちゃんと怒られた。
怒った後に「やりたくないわけじゃないんだよ。でも来てくれないとね、長引いちゃうから」とフォローをいれてきた。
本来なら2、3年で終わるはずが私のせいでだいぶ長引いている。
怒られたくないしめんどくさいので先生のこと好きになったら行くの楽しいかもと思って恋を試みたことがある。
声がよくて、見た目は俳優の誰かに似てるんだけど名前が出てこない。かっこいい方だと思う。
年齢は恐らく30代前半。
先生はバンドが好きでその話がきっかけで普通のお話しもするようになっていた。
ライブは今できてるの?とかフェス行きたいねって話とか。
私は一昨年まで態度が悪いというか、友達以外の男の人が苦手なので仕事じゃない限り基本的に口数が少ないし目も合わせない自覚があった。
だから何気ない会話をふってくなかで初めて好感触を得た先生がちょっと嬉しそうだったのを覚えている。
私が来院するとき、今日はこのプレイリストを流してるよと教えてくれた。
当然、恋にはならないもののせっかくなので大した意味もなく“推し”という言葉ではしゃぐことにした。
新しい院内は内装がとても綺麗で、今までの中で一番好きです。と言うと
「えあちゃんは全部来てくれてますもんね。何回も移動してすみません。本当にここまでありがとうございます。」と言われた。
私はこの時、月一度しか会わない人との5年間の厚みを感じた。
私が前半ちゃんと通わないせいで治療が長引いて医院長になるまで見届けてしまったのだが嬉しかった。
先々月くらいにワイヤー矯正が終わりマウスピースになった。
あとはさらに20万円課金してインプラントもする。
キャバで歯磨きをしていると「歯並び綺麗でいいなー」とキャバの子から何気なく言われた。
絶対に写真では口を閉じてた。
SNSに“歯並び悪い”とか書かれた。
未だに笑う時は口元を隠してしまう癖が抜けないけど前より笑えるようになったし、前を見て歌えるようになった。
その何気ない一言が私を報った。
すぐに上手く反応できず、あの、さっき歯並び綺麗って言ってくれたの生まれて初めて言われて、本当にありがとうございます。と後になってから伝えるほどには動揺していた。
次、先生に会ったら褒められたことを言おうと思った。おかげですごく生活が変わったこと。先生はお仕事をしたまでだが私はとても感謝していること。
本当ならあと一ヶ月先に行く予定だったが、この前マウスピースを無くしたのでまた作りに行かなければならなくなった。
ティッシュとかの上だとなくしたり捨てたりするから必ずケースにすぐいれるように言われていたのだけど、注意力散漫な私はまんまと捨ててしまったようだ。
上下各5500円。
合わせて11000円が飛んだ。
来院すると初めて会う日焼けした筋肉質な先生がタメ口で接してきた。
別に敬語をつかえとは思わないけど何でタメ口なのかとは思う。
マウスピースをつくるための過程を経た後。
看護師さんが来て、私の担当の先生が先月亡くなったことを告げた。
先月だったのかどうか危うい。
亡くなったと言う言葉にクラッとしてしまって前後に何を言っていたのか記憶が曖昧。
私は帰路につきながら普通にLINEを返したり、勉強したりしてた。
そのかたすみで死因について考えていた。
年齢も若いし、持病があったとは考えにくい。
あったとしたら新店舗を任されないはず。たぶん。
事故か自殺。
看護師さんに対して思わず「え、なんで?」と踏み込んではいけない言葉が口をついてしまった時、「そこまでは分からないんですけど」と濁した様子を振り返ってみると自殺かな。
電車に揺らされながら初対面でタメ口のガテン系の先生と、5年経過してもなお大切なことは敬語な担当の先生を比べてしまっていた。
そういえば「てことは今後の担当はさっきの人ですか?」と看護師さんに聞いてしまった。
本能的に嫌だったのだと思う。
私はゆるやかに後悔の念に襲われている。
例えば先生に“生きづらさ”があったとして。
その生きづらさの一部に私はなっていなかっただろうか。
ちゃんと毎月通わないし、2年前まで愛想もないし。
自分みたいな奴が誰かの人生に大きな原因や理由をもたらす存在と考えるのは烏滸がましいが、漠然とした生きづらさに1ミリも加担してなかっただろうか。
次会った時に話そうと思ってたことは話せなくなった。褒められたことやこのバンドも聴きましたよ、とか。
全て完了したらお手紙を書こうと思っていた。
私はその場で伝えるより文章にしたほうが上手くいく。
ありがとうって気持ちと医院長になったお祝いの言葉を今一度綴ろうとしていた。
私の中でプラスな言葉は直接相手に伝えるということを大切にしているのだけど、全て何も伝えられない。
次からはもう二度と会えなくなっただけ。
いつも人が消えるのは突然。
生死に関わらず「人間はこういうもの」だと達観した心を繕うのは難しくなくなってきた。
傷つきたくないから諦めに近い心だと思うので、
きっとそのうち本当に心の底からそんなふうに思い始めてしまうまでは、いちいち傷ついたり寂しがったりしようと思う。
もし誰か一人生き返らせることができるなら私は誰を生き返すんだろう。
そんなことはできないのできっとしばらく自傷でもして自堕落的になったりするだろうな。
なんだろう、なんかすっごく悔しいな。
誰宛にしたらいいのかわからないけどお手紙書こうかな。
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![梅星えあ](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/73589004/profile_944b50a9759a46db012888acd696d575.jpeg?width=600&crop=1:1,smart)