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携帯小説『Blue Berry』
古着屋やブランドショップ、カフェが並ぶ道を抜けると住宅街が見える。この先には何もなさそうだ、と引き返していくモッズコートとMA1を着た二人の若者たちとすれ違い、数メートル進むとベビーブルーの扉の店にたどり着く。苺花はミトンの手袋を外して首にぶら下げた鍵を慣れた手つきで鍵穴に差し込み回すと店内に入った。
扉と同じベビーブルーに彩られた壁と床の狭い店内には一点ものの洋服や靴が陳列している。鎖骨まで伸びる赤い髪を大ぶりなピアスが揺れる耳にかけるとポケットから出したジッポを擦った。油の匂いと火花が散る。レジ裏のお香に火をつけるとたちまち甘いバニラの香りが漂う。その手のまま古いストーブにも火を灯す。平置きで積み重ねられたCDの背表紙をピンク色の爪で撫で、今日の気分の一枚を選び抜くと、それをCDプレイヤーに入れて再生ボタンを押した。
閉まっていたピンク色の木製の看板を外に出し、ドアにかかっている“Close”を裏返し“Open”に変えた。つめたい手を擦り白い息を吐きながら中に戻る。段々と温まってきた店内でファーコートを脱いだ。
苺花が一人で営む店「BlueBerry」は気まぐれな時間に開店する。十二月二十五日。本日は午後一時に開店します。インスタのストーリーを更新した。
辺鄙な場所に位置しているが常連客は多い。苺花の作った洋服やリメイク品、他にはない魅力的な商品に加えて、接客という接客はせずただファッションの好きな子たちとおしゃべりをするスタイルが固定ファンを離さなかった。一度だけ声かけをして、ゆっくり一人で見ていたいようであればそれ以上は何も話しかけない。レジで洋服を縫ったり、デザイン画を描いたりして自分の時間につかう。
苺花自身がストレスなく営んでいくのが「Blue Berry」の在り方だ。
祖母から開店祝いにもらった古い掛け時計が午後三時を報せる。やはり来た。デニムのパンツに紺色の重たそうなダッフルコート、黒いロングヘアの女の子。ここ数日連続で来ているが何も買わずに出て行く。いらっしゃいませー。優しく迎え入れたあと、一度は声かけをする。
「今日も来てくれた。ありがとう。ゆっくりみていってね」
彼女は、はい!と高い愛らしい声で返事をして笑ってぺこりとお辞儀をしたあと薄いラベンダーに花柄、長い袖にはボタンが二つ。大きなフリルのついた襟のワンピースに視線を落とす。いつもここで会話は終了して、また来ます!と元気に店を出ていく。
苺花は再びレジに戻りデザイン画と向き合う。
三十分くらい経った頃だろうか。あの、と声をかけられた。
古い洋楽が流れる店内には二人しかいない。当然あの子だ。
「これ、試着してみたいんですけど」
少し顔が赤らんでいた。うわずった声はやはり高く愛らしい。
「もちろん。可愛いですよねこのワンピ!私がつくったんです」
苺花ははりきった。自分の作品が手にとられることはこの上ない幸福だ。
試着室から出てきた彼女は見違えた。
「かわいい!!!」
自分の感性にプライドをもつ苺花は嘘をつかない。彼女のための一着だ。そう感じた。一方、彼女はというと気恥ずかしそうに困っていた。
自分的にはあんまり?かな。残念そうな顔で尋ねてみると、「いや!可愛いです!あ、自分がじゃなくて!」と一人で焦り始めた。
「あなたが可愛いよ」と苺花が言うと彼女は下を向いて唇を噛み締めたあと「私がこういうの着るとぶりっ子って言われちゃうからなぁ」と悲しそうに笑った。
高い愛らしい声。丸い輪郭に大きな目の幼い顔。彼女を傷つけてきた過去が想像できた。可愛いものを愛す心を攻撃する全てが憎い。煮えたぎる思いをおさえて「自分を可愛くすることは何も悪くない。私たちが可愛いだけで気に触る人間が醜いだけだよ」苺花はからっと笑った。
デニムのパンツに紺色の重たいダッフルコートを再び羽織り、また来ます!と言って彼女はベリーブルーの扉を開き帰っていった。
黒のロングヘアが艶めく後ろ姿はハーフアップにアレンジされ、苺花のデザインしたレースの水色のリボンが揺れていた。
今すぐ変わる必要はない。
私たちは自分の可愛いで生きるのだ。
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![梅星えあ](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/73589004/profile_944b50a9759a46db012888acd696d575.jpeg?width=600&crop=1:1,smart)