携帯小説『給食着』
燃えるように赤くなった空に目もくれず未羽は運動会よりも体育の時よりも速く走っていた。吐いて出ていく白い息をまた肺に吸い込むと喉をヒリヒリと痛くする。未だ柔らかに降り積もる雪を新しい足跡で潰していく。明日は土曜日で学校は休みになる。今週は未羽の班が給食当番で、休み中に家で給食着を洗濯をして次の当番の班の子たちに渡さなければならない。未羽はその給食着を学校に忘れてきてしまった。
気がついたのは家に着いてランドセルを放り投げてからだった。寒さで骨まで痛くなった手をストーブで温めている時に思い出した。外と中との温度差で眠気さえおびてきた頭が青ざめていく。音を立てないように玄関まで行き、先ほどまで着ていたコートを羽織る。雪が溶けて湿ってきた足首まである水色のブーツを踵で踏み潰すように履き、台所で夕食の支度をする母に気づかれないように静かに扉を閉めてかけ出した。
五年二組の教室の立て付けの悪い扉を横に引くと大袈裟な音が静寂の中に響いた。もちろん放課後の学校に侵入したつもりではないが教室に入るまで先生に誰一人会わなかったのが何だか悪いことをしているようで、その扉を引く音に未羽は緊張した。真っ先に自分のロッカーに向かい給食着の詰まった給食袋を乱暴に手に取り教室を出ようとした時、白い何かが視界に入った。給食袋だ。未羽と同じ班の三谷くんのロッカーに給食袋が寂しく残っていた。三谷くんとは同じ班だけどあまり話したことがなかった。街のサッカークラブに所属していて女子のグループの子たちとも一緒に遊んだりする大人びた男子という印象だった。三谷くんも忘れ物したりするんだ。未羽は給食着を忘れたのは今回だけではないし他にも集金袋を忘れて取りに戻ったり、学校の提出物もほとんどといっていいほど期日に間に合ったことはない。教科書やその日必要なものに限って忘れてきてしまうことも多い。それでもみんなの前で担任の大森先生に怒られることに慣れはしなかった。大声で怒鳴られり、時には目も合わせてくれず「もういい。自分でどうにかして」と呆れてため息をもらされたりする。三十人ほどが着席する教室で一人教卓の前で先生に怒られているのをクラスメイトたちは当然意識していながらも、静かになり過ぎずかといって騒いで怒りの矛先が自分に向かないように絶妙なバランスで雑談を続けていた。丸くなった背中にちらちらと視線が刺さる。毎回顔は真っ赤になり、目に涙が溜まる。泣いたらもっと目立つし恥ずかしいのは分かっているのに結局最後には涙が出ていってしまう。
三谷くんも怒られちゃうのかな。ロッカーに残る給食袋をみて心に渦がまく。仲良くないし自分が三谷くんの給食袋を持ち帰っても連絡網を使ってお家に電話する勇気もない。二個持ち帰ってお母さんに三谷くんのぶんって言ったら怒られるかもしれない。どうしよう。取り残された給食袋に気がついてしまった後悔が襲ってくる。色んなパターンを想定しながら未羽は三谷くんの給食袋を持って職員室に行くことにした。先生に渡そう。
廊下にひたひたと未羽の足音だけが鳴る。職員室の扉をノックして「失礼します」といって開けると数人の見慣れた顔があった。大森先生はいない。話したことのない一年生の担任の木村先生が「どうしました?」と尋ねてきた。
「あの、給食袋、忘れて。今、とりにきて。そしたら三谷くんも忘れてて」
ただ聞かれているだけなのに怒られている時のように身体が熱くなり、どうしてだか涙声になってしまう。小さくぽつぽつと話す私の目を見ながら木村先生はうんうんと頷いて「あら、じゃあ三谷くんのお家に連絡しますね。ありがとう。もう暗いから気をつけて帰ってね」と優しく解放してくれた。木村先生が担任だったらよかったなと温かい気持ちになりながら外に出ると先ほどまで赤く燃えていた空を深い青が侵食し始めていた。給食袋を持ってまた走り出す。お母さんが気づく前に家に帰らないと怒られてしまう。無情にも深い青い空は真っ黒に塗りつぶされていき、家に着く頃には夜になっていた。玄関をそっとあけて、つま先の冷たくなった足で部屋まで階段を駆けあがろうとする。
「どこいってた」
お母さんの低い声が心臓をドキンと鳴らした。振り向くと、視線が手に持った給食袋にいったのが分かった。お母さんは全てを悟って、さらに未羽に言った。
「早く出して。それ」
「あ、ごめんなさい」
弱々しい声で謝り、給食袋を差し出すと目を見開き
「自分で!!!洗濯カゴにいれろ!!!」と怒鳴りつけた。慌てて足早に洗濯機のある場所へ向かった。給食袋から給食着を取り出すと真っ白だと思っていた給食着の袖には赤い染みがついていた。赤い染みって何の食べ物だろう。いつの給食だろう。未羽は考えながらそれを洗面台の流水で落とそうとする。火曜日のほうれん草サラダのにんじんはオレンジだし、木曜日のデザートのさくらんぼゼリーかな。でもあんな一粒、給食着につくのは変だよね。押し寄せてくる切なさをこの小さな赤い染みのことで堰き止める。鋭い流水が冷え切った手に刺さり、痛みを与えた。
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