血糖値を急上昇させて気絶をしたくて、君の好きそうな町中華に行きました
iPhoneがひっきりなしに震え、微睡が消えたのは5回目の着信だった。
「昨日、ご予約いただいたのですが当院のミスでー。」
聞き覚えのある表情が見えるような声は、恐らく昨日、支払いと予約の対応をしてくれた美容クリニックの受付の方だ。
正確には対応は新人と思われる方で、隣でサポートをしていた先輩らしき方だった。
「明日の午前10時に変更できませんか。」
丁寧な謝罪のあとに予約時間の変更を申し出された。
昼夜逆転している人間にとって午前は早朝だ。
早い。
自分のスケジュールとクリニックの空きを照らし合わせる時間がしばらく続いたが、私が10時に行くことでしか解決できそうになかったので了承した。
それと同時に、会話の最初から最後まで何度も繰り返し謝罪される状況を終わらせたかった。
自分が客であるとき、お店の人に謝らせてしまうのが苦手だ。
この件は困ったけども、怒ってるわけではない。
逆に一回も謝られなかったとしたら多分笑ってしまう。
「いや、謝んねーのかよ。」って。
矛盾してるようで、自分の中では“客という立場を利用して(いるつもりはないが、結果的にそういう形になり)頭を下げさせている”ほうがストレス。
そういう、店員や従業員に対して高圧的な客層が多いと予測される場所にもあまり行きたくない。
私は最低でも9時間は睡眠をとらないと心身ともにコンディションが不調で、免疫も下がり体調を崩してしまう体質。ライブも近いし明日早起きするために今日のバイトは行くのをやめることにした。
電話が終わった後、時刻は午前10時過ぎ。
「午前中が基本的に無理で...。」と、クリニックには予約取る段階からずっと言ってるのに普通に午前に鬼電かけてきたの笑う。
睡眠不足で頭痛と喉がいがいがしている。
今日は個人練習に行きたかったため、二度寝にチャレンジすることにした。
まだ身体に眠剤が残っているのが体感で分かる。
いける。
ベッドに再び横になって、薄い毛布に包まった。
睡眠に導入できそうだったところで、こめかみを貫く機械音と鉄筋の衝突音が響いた。
家の近くで工事が始まった。
小学校から高校まで築100年レベルのボロすぎるばあちゃん家に住んでいたので騒音には耐性があったが、窓開けたらすぐのところで工事されるのはキツかった。
もう完全に脳が覚醒してしまった。
だるい身体を起こして着替えた。
今X上で話題になっているドカ食いをするために近くの町中華に行くことにした。
血糖値を急上昇させて気絶させよう。
外に出ると、疲労の取れていない眼球に太陽光をもろに食らった。
くまも酷い。
ふらふらしながらたどり着いた店内はサラリーマンだらけだ。
数回、昼に来たことがあるが基本サラリーマンしかいない。
他の客と入れ違いでカウンター席に通された。
常に来店と退店と注文が飛び交う。
高い場所に設置されているテレビの中のタレントがニュースかゴシップに意見している声が背中を撫で、正面からは中華鍋とガスコンロ、大きなおたまがぶつかりながらチャーハンが焼ける音と匂いを受けた。
ドンッとキャベツにかけるようの業務用ばかでかマヨネーズが右側に置かれ、ほどなくして生姜焼き定食がきた。
米、少なめって言えばよかった。
お茶碗にしては大きい、どんぶりにしては小さい器に白米が生き生きと盛られている。
ニンニクがきいている生姜焼きは厚め。
隣のサラリーマンも生姜焼き定食で同じ量だった。
完食は諦めてもいいかなと思った。
お昼に一人で来たのは初めてで、友達にいつも3分の1くらいはあげてしまう。
誰を誘ってもみんなここを気に入ってくれるから、自分の分もあげたくなる。
初めは環境音を聴きながら食べることにしたが、耳が疲れてきたのでAirPodsで塞ぎ、昨日作った曲を聴いた。
町中華 君が好きそうな店
一緒にいくことはないけどね
歌い出しはこの店のことを指している。
それから大森靖子さんのアルバム『絶対少女』を聴いた。
エンドレスダンスの「生きるって超切なかった」でキュッと胸が締められた。
ミスしたクリニックの新人さん、怒られてないだろうか。
明日の午前10時に行くしかなさそうだなって勘づいた時点であっさり承諾すればよかったな。
起きれる自信がなくて、実際起きられなくて当日キャンセルになったら32000円が飛ぶので渋々承諾した様子になってしまった。
「おっけーでーす!朝めっちゃ弱くて不安だけど、いきまーす!」のマインドで返事したらよかった。
それに、工事。
建設系のお仕事してるお客さんが「(騒音が)申し訳ないと思いながらやってる」って言ってた。
土地によって近隣住民に怒鳴られることもあるらしい。
夏は肌が焦げてめくれていて痛そうだった。
ライブの日、大荷物を持って移動すると嫌な顔をされる。
ステージで私と君のために煌くことが、誰かの迷惑でもあること。
働くとか、それをしなきゃ生きれないとか、生きるとか。
人に迷惑をかけながら、人のためになりながら。
私は人を許すことで、自分が許されている気持ちになる。
欠陥だらけだから、許されたい気持ちで人を許してしまう。
いろんなことを考えているうちに、お米一粒残さずキャベツも全て完食した。
お店を出て、家に到着するまで何人もの他人とすれ違った。
小さな保育園。
エプロンをつけた先生が点呼をとっていた。
「〇〇ちゃん、ご飯食べましたかー?」
私にも聞いてほしかった。
好きな時間に好きなものを食べられる自由が少し切なかった。
風が気持ちよくて、横切ったママチャリに私の長い髪が揺らされてシャンプーの匂いがした。
八百屋さんに並ぶ野菜と果物の色に生命力を感じた。
ポストに投函された手紙はどこにいくんだろう。
気持ちいいほどに命が蠢いている。
部屋でビタミン剤と頓服薬を飲んで、眠った。
写真はその町中華です。
一昨年、撮影の後に夕さんと行きました。