勇者フレイヤの伝説 第一部
第一部「歪んだ森と始祖の遺産」
【登場人物】
<フレイヤ>
赤い髪をした青年。相棒のドラゴン、ラットと共に旅をしている。
杖を使わずに高度な魔法を使うが、戦いは苦手で優しい性格。
<ラット>
かつて巨大な身体を持っていたとされるドラゴンの末裔。
サイズは手のひらほどであり、ドラゴンの標準サイズである。
<ヴォル>
ミランド大陸でその名を知らぬ者はいない冒険家。
フレイヤの兄であり、同じ赤い髪をしている。勇敢で自信家。
<ルケ>
アストロ山を根城にする盗賊団の女団長。
炎を操り、舞うように戦う。
<ケーン>
歪みの森を守る【隠蔽者】のリーダー。
魔法文明が誕生する以前の武器を使い戦う。
【あらすじ】
オイラス国とランターン国。2つの大きな国が戦争を始めた。
長きに渡る戦いは近隣の諸国をも巻き込み、3つの大陸全土で被害を及ぼしていた。
あるとき、ライティア王の命を受けた青年フレイヤは、この争いを止めるため、【始祖の遺産】を求めて冒険に出るのだった。
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1.選定の石
山道。その先には巨大な城壁、そして白く立派な城が見える。
所々に金の装飾が施されており、来るものにプレッシャーを与える。
しばらくすれば城門が見えるかといったところで、一人の青年が足を止めている。
フレイヤ「大きな城だなぁ。
あれを見るだけでも来たかいがあったや。ねぇラット」
そう声をかけた相手は赤いドラゴンで友人のラットである。
肩に乗る程度の小さな大きさで、皮膚は赤く地を這って移動する。
友人ラットは口を開けて返事をする。フレイヤは笑顔を返して、腰に下げた鞄の中から一枚の筒を取り出した。それを引っ張ると紙が垂れ下がる。
そして次第に青白い文字が浮かび上がってきた。
【フレイヤ、
汝の魔法は杖を必要とせず、正確、かつ強力であると聞いている。
現在、この世界で起きていることについての説明は必要でないだろう。
王からの命を受けてもらいたく思う。
まずは選定のため、ライティア城へ来てもらいたい】
フレイヤ「やっぱり断るべきだよね……
ライティア王国が戦争に参入すれば今よりもっと多くの人が傷つくことになる」
ラットは心配そうな声をあげる。
フレイヤ「よし、行こう。ライティア王が待ってる」
かつてこの世界にはドラゴンがいた。
人間を一飲みできるほど大きな口から火を吹き、町を平らにするほどの風を起こして空を舞う。だが今や伝説であり、空想上の生き物である。
現在、ドラゴンを呼ばれる種族は長い時間の中で退化していき、今の小さな姿になったと言われている。
しかし、おとぎ話と同じで誰も信じてはいない。言い伝えられるただの伝説だ。
フレイヤ「どうしてお前は翼をなくしちゃったんだ?」
ライティア城、その城内。案内された広間でフレイヤはラットの頬を指でさする。
フレイヤ「実感わかないよ。
王様直々に呼ばれて、これから世界に関わる重大な命を与えられるなんて。
ラット、お前の先祖があの恐ろしいドラゴンだなんて実感ないだろ?」
バン! と扉が開くと兵士が叫んだ。
兵士「フレイヤ殿! どうぞ奥の部屋へお進みください!」
ライティア王「フレイヤ、よくぞ来てくれた。さっそく話をさせてくれ」
フレイヤ「その話なんですが……」
ライティア王「うん? なんだ?」
フレイヤ「選定を受ける前にどうかと思うのですが、実は今回のことをお断りするためにここへ来ました」
ライティア王「なに? なにか無礼でもあったか?」
フレイヤ「いえ! そんなことはなにも。
ただオイラス国とランターン国、この二国間の戦争に介入するのは火に油を注ぐだけです。終戦は遠のくでしょう」
ライティア王「それはそのとおりだ」
フレイヤ「はい、そうです。だから……え?」
ライティア王「君の言うとおりだよ。
我が国が戦いに参入すれば争いは長く続き、今よりも大勢が不幸を味わうことになろう」
フレイヤ「じゃあどうして僕の魔法を……」
ライティア王「私はこの戦争を終わらせたい。そのためには偉大な魔法使いが必要なのだ。……君は【始祖】を知っているかね」
フレイヤ「始祖? 始祖ヴァーティのことですか? はい、もちろん」
ライティア王「そうだ。500年前、この魔法世界とその文明を築き上げ、この世で最初の魔法使いと呼ばれた者だ。その始祖ヴァーティは眠りの間際に一本の杖を残した」
フレイヤ「どこにですか?」
ライティア王「それはわからない。
だがしかし、確実に始祖は杖を置いていったのだ。
始祖の遺産。人はそう呼んでおる。それがあればこの戦いを終わらせることができるだろう。
……ただし、それを扱えるほどの力がある者に限るが」
フレイヤ「話はわかりました。でもどこにあるかもわからない、伝説のようなお話ですし、探すのにだってどれだけの時間がかかるか……」
ライティア王「50年近く続くこの戦いより時間はかかるまい」
フレイヤ「それは……」
ライティア王「はやく見つけることができればそれだけ早く争いを止めることができる」
フレイヤ「でもそれは結局力による抑圧です」
ライティア王「そうだな……。しかしこのままではこの世に生きるすべての命が尽きるまでこの戦いは続くぞ。誰かが動き出さねばいかんのだ」
ライティア王は強いまなざしでフレイヤに凄んだ。
ライティア王「そこに石がある」
指をさした先に人間の子供ぐらいの石が台の上に置かれてる。
ライティア王「この石にヒビを入れて見せてくれ」
フレイヤ「……はい」
フレイヤは石へ一歩、近寄る。
手に魔力を込めて、火球を石へと投げつけた。
ライティア王「ま、待て!」
火球は石に直撃するもバチバチと音を立てて火花となって散り行く。
石はわずかに青く光るだけでヒビは見当たらない。
ライティア王「手で触れて、ヒビを入れるんだ」
フレイヤ「あ、す、すみません……」
ライティア王「繊細で強い魔法だけがこの石に衝撃を与えられる。
それ以外の魔法では吸収してすべて無に帰してしまうのだ」
フレイヤ「手で触れて……わかりました」
石の前へ立つと、そっと両手で掴むように手を添えた。
少しすると石は先ほどと同じように青く光り始めた。
辺りは息を飲んで様子をうかがう。しかし石は辺りを照らすだけだ。
王が少し落胆したように座りなおしたとき、石はビシッと音を立て、次の瞬間、ひび割れるどころか四方に割れてしまった。
ライティア王「なんと……」
フレイヤ「す、すみません!
ひびを入れるだけだって言っていたのに……!」
ライティア王「い、いや、かまわん……」
フレイヤ「本当にすみません!」
ライティア王「名はフレイヤと言ったな。
フレイヤよ、今こそ血にまみれたこの混沌の時代を終わらせるため、始祖の遺産を探す旅に出てはくれまいか! 世界に光を照らす勇者となりて!」
フレイヤ「……わかりました。ただし、これ以上の争いは認めません。
必ず、戦いを終わらせるためのものです」
ライティア王「わかっておる」
フレイヤ「無礼なお言葉、お許しください。
わかりました。それではよろこんで旅に出させていただきます!」
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2.アストロ山の盗賊
アストロ山には盗賊がいる。
アストロ山には近づくな。
辺りに住む人々は口をそろえて同じことばかり言う。
しかし国境を超えるためにはアストロ山を超えるのがもっともはやい。
フレイヤはふもとの村で頭を抱えていた。
フレイヤ「迂回して国境に行くと、一か月はかかるし……」
国境を超える商人たちにとっては通らねばならない道である。
遠回りをしていては食っていけないからだ。
聞き込みをしたところ、商人たちは荷の何割かを渡すことで盗賊たちと有効な関係を築いているようだった。
フレイヤには盗賊たちにつてもなければ、渡すようなものはなにも持ってはいない。
フレイヤ「困ったな。……あ、そうだ。なにか買っていこう。
よし、そうとなれば急いで市場へ行こう」
村の入り口付近にはいくつかの屋台が立ち並ぶ。
果実に織物など生活に必要なものは最低限そろえることができる。
フレイヤ「どんな生活をしてるんだろう。
やっぱり食べ物がいいかな。無難だよね。ラット、とびっきり甘いりんごを選んでよ」
襟元から頭をのぞかせたラットは短く鳴いてそれに返事をして、肩から指先へと伝って屋台へ駆けてゆく。
そのとき、ドン、と大きな手がフレイヤの肩へ置かれた。
ヴォル「りんごで世界を救うのか?」
フレイヤ「兄さん!」
フレイヤと同じ赤い髪にオレンジの瞳。
2人が違うのは年齢と体格、それと性格くらいだ。男性として比較的小柄なフレイヤに対し、兄であるヴォルは大柄である。
ヴォルは大きな杖を立てると、肩に背負っていた荷物を下ろした。
フレイヤ「こんなところでどうしたんですか?」
ヴォル「聞いたよ。始祖の遺産を探すようライティア王から命を受けたそうじゃないか。それで心配になったんで来たんだよ。
どうせマイペースに向かってるだろうから、今からでも追いつけると思ったんだ」
フレイヤ「ははは、当たってる……でも、兄さんが一緒なら心強いです。
仕事は大丈夫なんですか?」
ヴォル「しばらくは休暇だ。
日に日に争いはひどくなっていく一方だからな。
世界は冒険どころじゃない。どこも依頼を出さない。みんな国を守ろうと必死だよ」
フレイヤ「そうなんですか……。はやくこの戦争が終わるといいですね」
ヴォル「そうだ。そのためにお前は頑張るんだろう?
……で、りんごはどう関係するんだ?」
フレイヤ「あ、えっとそれは……」
チチ、と良いりんごを知らせるラット。
それからフレイヤはことの事情を説明した。
ヴォル「盗賊への土産だと? それで解決できるわけないだろ」
フレイヤ「でも僕は戦うのって苦手だから。
それでとびきりおいしい、りんごなら、と思ったんです……」
ヴォル「だが運のいいことにミランド大陸一の冒険家、ヴォルがここにいるんだ。盗賊なんてかわいいものだ。お前はりんごを無事に渡せるだろう。ハッハッハ!」
アストロ山。入り口付近。
埋め尽くされた木々の中央に切り開かれた道が奥へ続いている。
道がまっすぐではないため、ここからではすぐに道の先は見えなくなる。
ヴォル「さて、いくか」
ヴォルはそう言った。緊張しながらフレイヤはうなずき、足を踏み入れる。
ヴォル「なんてことない。ただの森じゃないか。俺が今まで行った先はもっと悲惨だったぞ。
盗賊団どころか5つの盗賊団が縄張り争いしてた。四方八方から突然攻撃される。それに比べれば、なんだ! このくらい!
ここは静かで空気も澄んでいるし、盗賊団もたったひとつだ。ハッハッハ!」
フレイヤ「こ、声が大きいですよ!」
ヴォル「ハッハッハ! 憶病は変わらずか!」
フレイヤ「兄さんの大声じゃ盗賊団どころか、ここの動物たちだって驚きます」
ヴォル「おお、そうか。すまない」
山道を歩く2人。道はよく舗装されており、2人して横並びに歩いても少し道幅に余裕があるくらいだ。
野生動物ともよく出会う。どうやら人間に対して強い警戒心を持たないようだった。
そうやってしばらくは平穏に山道を歩いていた。
ヴォル「かなり上まで来たが、時間はかからなかったな」
フレイヤ「はい。ここはそんなに大きな山ではないですからね。
大きな丘、とでも言うんでしょうか」
ヴォル「ここまで盗賊たちとは会わずか」
フレイヤ「このまま無事に抜けられるといいんですけど」
ヴォル「……動かないでくれ」
フレイヤ「は、はい」
ヴォル「……聞き間違いじゃない、か」
かすかに木々から聞こえた息を吐く音をヴォルは聞き逃さなかった。
ヴォル「暗殺のプロではないだろうしな。先手がうてそうだ」
そう言ってフレイヤに手を差し出す。
ヴォル「掴まれ。飛ぶぞ」
状況を理解できないままに手を握るフレイヤ。
次の瞬間、足元の空気が急激にふくらみ、勢いよく弾ける。
同時に2人は森を飛び出し、その身が上空へと舞った。
フレイヤ「わ! わわわわ!」
ヴォル「向こうの人数を確認するぞ」
森を見下ろしてヴォルはそう言うが、フレイヤにはわずかに山道が確認できるだけで、なにがいるのかなんて見えすらしない。
ヴォル「12。よし」
ヴォルがそうして確認を終えたとき、フレイヤは視界の隅、木々の葉の隙間に光が見えた。
それは火花のように見えたが、なにかわからない。
だが答えを考える前にその場所からもの凄い速度で線状の火が宙を走った。
鋭利な矢にも見えるそれは勢いでフレイヤたちへ向かってくる。
ヴォルも気付いて反応するが、一連はすべて刹那の出来事。
対抗措置は間に合うはずもなく、ヴォルの胸部へとそれは突き刺さった。
フレイヤ「兄さん!」
それは触れた瞬間に爆ぜて2人を落下させる。
このままじゃ落ちる! フレイヤは兄を掴んだまま、もう片方の腕に魔力を集中させる。
フレイヤ「(やるしかない……!)」
みるみる地上が近づく。フレイヤの片腕が急激に赤く光り始める。
フレイヤ「ラット! 落ちないように気をつけて!」
地上に触れそうになる距離で、赤い腕を突き出し魔法で炎を噴射する。
地面の直前、その衝撃で一瞬だけ空へ押し戻される。
そして2人は地上に落ちた。
ヴォル「げほっ、す、すまん。たすかった」
フレイヤ「兄さん! 無事だったんですね」
ヴォル「防御魔法は冒険家の基本だ。かなり効いたが……げほげほ」
フレイヤ「ラット?」
チチチ! とラットは無事を知らせる。
ヴォル「囲まれているぞ。気をつけろ」
身構えるフレイヤ。
辺りの見回すと、ゆらめく炎が見えた。
それはバチバチと火花を散らしながら重力をものともせずに空間を縦横無尽に舞う。そしてフレイヤの前にとどまると炎の中から瞳をのぞかせた。
フレイヤ「ひ、人……?」
炎が渦を巻いて空中へ飛散すると、そこには鋭い眼光でこちらを睨む少女が立っていた。
ヴォル「女の子?」
ルケ「……おい」
フレイヤ「あ、え、あの、はじめまして! 僕フレイヤって言います!
ええと、そのそれであの……こっちが兄の……」
ルケ「おい」
フレイヤ「え、えっとヴォルって言います」
ルケ「おい、お前は黙っていろ」
フレイヤ「は、はい……」
ルケ「おい、お前。女だからなんだ」
ヴォル「いや別に。
盗賊団の頭はこんな少女まで働かせるんだなと思ったのさ」
少女が指を弾くと、その音と同時に先ほど宙でヴォルを射ったのと同じ、線状の火が彼の顔へと命中し爆ぜた。
ヴォル「ぶほっ!!」
ルケ「私が盗賊団の団長、ルケだ。甘く見るなよ」
フレイヤ「兄さん!」
ヴォル「だ、大丈夫だ……さっきよりも威力は大したことない」
ルケ「警告だ。はやくここを立ち去れ」
フレイヤ「あ、あの、立ち入ったことを怒っているならすみません!
でも敵意はないんです。ただここを通りたいだけで……」
ルケ「それなら私に見せてみろ」
フレイヤ「え?」
ルケ「敵意がないということを!」
ヴォル「危ない!」
フレイヤ「うわぁっ!」
ヴォル「お前と同じで火の魔法が得意なようだぞ。ん? どうだ?」
フレイヤ「どうだ、ってなんですか」
ヴォル「気があったりしないか?
どうにか仲良くなって切り抜けられないか?」
フレイヤ「うわわ!」
休む間を与えず、ルケは炎へ姿を変えて、フレイヤたちに飛びかかる。
フレイヤ「できたらそうしたいですけど、これじゃあ無理ですよ!」
ヴォル「聞いてみただけだ。よし、反撃に出るぞ!」
フレイヤ「だ、だめですよ!」
ヴォル「く……ああ、もう!」
攻撃魔法が発現する前に、防御魔法へと移行する。
向かってくる炎を塞ぐように触れた大地が盛り上がり防壁へと転じる。
……しかし。
フレイヤ「爆発します!」
ヴォル「くそう!」
うしろへ飛びのく2人。同時に土の防壁が爆発する。
巻き上がる砂埃の中にルケの姿が見える。
ヴォル「炎を扱う魔法はこんなに厄介なのか?」
フレイヤ「いや…………あ、次が来ます!」
ヴォル「距離をとるぞ!」
ルケ「しつこい奴らだ。本当の目的はなんだ!」
走る2人を追いかけるルケ。
ルケは2人を取り囲むように火花を散らす。
フレイヤ「飛んで!」
ヴォル「お? おう!」
風を巻き上げて2人は再度、空へ舞った。
ヴォル「一体どうして……」
そう言って視線を地に下ろしたとき、爆発が起きる。
飛んでいなければ自分たちに直撃していただろう。いや、あまりにも狙いが正確過ぎる。ここでヴォルは気付く。
どうやらフレイヤはすでに気づいてたようで、今の出来事で確信に変わったというような表情をしていた。
ヴォル「集めてるのか」
フレイヤ「はい。彼女が使う魔法の本質は火ではありません。
彼女は魔法を一点に収束させているのです」
ヴォル「それがトリックか。どうりで早いうえに正確だと思ったよ」
フレイヤ「普通に攻撃するよりも早く、相手に気づかれにくいですし、なにより点に集まるので複数方向からも攻撃ができます。
ただそれだけのことをするには空間と距離感を正確に把握して、そこから相手の動きを予測しなければいけません。
どう考えたって当てるのは至難の業です」
ヴォル「手練れということか。アストロ山には近づくな。確かにそうだな。俺じゃなければもうとっくに負けている」
ヴォルはそうやって会話をしながら、周囲で風を巻き上げて不規則に落下していく。ルケの攻撃を避けるためだ。
ヴォル「ルケ、だったか。彼女の攻撃は点に集まる。
要は不規則に動き続ければ当たらないわけだ」
フレイヤ「理論上は……」
ヴォル「どうした? 自信がないのか? 大丈夫だ。俺がついてる!
よし、一気に降りるぞ!」
頭上に空気をためて破裂させ、2人は急激に加速して一直線に地面へ落ちる。そして衝突寸前で空気のクッションを発現させて華麗に着地する。
ヴォル「走るぞ!」
フレイヤ「は、はい!」
ヴォル「戦いたくないんだろう? このまま逃げ切って山を越えるぞ!」
ルケ「ちょこまかと逃げるな!」
ヴォル「すまんな! あんな痛いの何度も受けてらんないんだ!」
ヴォルは突然、振り返ると風を吹きつけ砂のつぶてをルケへぶつけた。
ヴォル「これで収束地点の予測もたたんだろう」
そのとき、木の上に人影をフレイヤは感じた。
そこから少年が1人飛び出し、2人にめがけて向かってくる。
ムノ「このぉ!」
しかし、それと同時に視界を奪われたルケが経験則で魔法を発動させたのだ。
少年の声が聞こえたとき、ルケは驚いた表情で名前を言ったが、魔法はすでに発現している。
ヴォル「くっ!」
間に合うかの瀬戸際。
ヴォルは即座に少年を抱くようにかばう。魔法での防御は間に合わないからだ。
誰もがただ祈ることしかできない一瞬。フレイヤが飛び出した。
フレイヤが肩に手を添え振りかざすと、マントような炎が出現する。強くなびかせた炎のマントでルケの魔法を受け止める。
高温で燃えるマントに触れた収束する魔法は焼き尽くされ、破裂音を鳴らして消滅した。
フレイヤ「はぁ……ま、まにあった…………」
ようやく目が見えてきたようで、ルケは目を見開いてフレイヤを見つめている。
ルケ「な、なにをした?」
フレイヤ「僕が作った魔法です。
攻撃はできないけど、身は守れます。一応」
ヴォル「少年、大丈夫か?」
ムノ「う、うん……」
ルケ「そ、その、礼は言う。おかげでムノが助かった。……ありがとう」
ヴォル「感謝のついでに通してくれないか」
ルケ「だめだ! この自然を荒らすものは誰1人として許さん!」
ヴォル「自然?」
フレイヤ「あ、違うんです。僕たちはそんなのじゃなくて、ほらこれ」
フレイヤは旅立ちに際してライティア王からもらった魔法の指輪を見せる。
フレイヤ「ライティア王から仰せつかって始祖の遺産を探す旅をしているんです」
ルケ「確かにただならない魔力を感じる指輪だ。
だけど使者と呼ぶにはそうは見えない。この森から出ていけ。命はとらないでやる」
ヴォル「おいフレイヤ、なにかいい方法はないのか?」
フレイヤ「そんな都合のいい方法ありませんよ……。
迂回ルートを進みましょう…………あ、」
ルケ「なんだ」
フレイヤ「りんご、お好きですか……?」
そう言われて明らかに目がキラキラと輝いたように見えた。
ルケ「……味による」
フレイヤ「ラットに選んでもらったんです。きっとおいしいですよ。どうぞ」
警戒しながら、小動物のように恐る恐るフレイヤの手にあるりんごをとるルケ。
シャリ。一口かじる。
ルケ「……うん」
ヴォルは唾をのみ、フレイヤは笑顔を絶やさずに次の言葉を待つ。
ルケ「うん、お前たちいい奴だな! 通れ!」
お気に召したようだ。ルケはしゃくしゃくとりんごをかじっている。
そうしてフレイヤとヴォルの2人は無事に予定通りアストロ山を抜け、国境へ向かった。
フレイヤ「わかってくれてよかったですね」
ヴォル「ここを通る人間の多くは悪い奴じゃないのさ。
警戒心の強いあの子がつっぱねてる。
でも知ってるんだよ。ルケが自然を守り、そして身寄りのない子供たちも守っている「いい奴」ってことをな」
フレイヤ「そうですね」
ヴォル(それか本当にりんごに目がないか……だな)
国境を越えた2人は、始祖の遺産の情報を集めるために方々を旅してまわった。
そうして手がかりを得たときにはすでに1年近くの時間が経過していた。
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3.歪んだ森
歪んだ森がある。
誰かがそう言った。
歪んだ森にはなにかが隠されている。
続けてそう言った。
しかし、なにがあるのか見た者は誰一人いない。帰って来た者も。
それをフレイヤたちに教えてくれた町の老人はそのまま息を引き取った。
バスコの森。フレイヤとヴォル、そしてルケが森の中を歩いている。
ルケ「どこも歪んでいないな」
フレイヤ「そもそも見てわかるのかな」
ヴォル「……」
ルケ「なぁ、りんご持ってるか?」
フレイヤ「昨日食べたので全部だよ」
ルケ「そうかぁ。ん? このきのこは……だめだな。毒がありそうだ」
ヴォル「なぁフレイヤ」
フレイヤ「どうしたんです兄さん」
ヴォル「……ずっと聞けずにいたんだが、なんで一緒なんだ?」
ルケ「なんだ? 私がいると不満か? 嫌か? 言ってみろ」
フレイヤ「まぁまぁ……。途中、町で再開して……」
ルケ「あのりんごをどこでとったのか気になってな」
ヴォル「いやそれは知ってる。俺もいただろ」
フレイヤ「それでライティア国の市場で買ったよって教えて……それで……」
ルケ「うん」
フレイヤ「それで……あれ? なんで一緒に旅してるの?」
ルケ「ん?」
ヴォル「おい! なにも考えてないのか!」
フレイヤ「ハハ……考えたことなかったです」
ルケ「楽しそうじゃないか。戦いを止めるんだろ? だから来た。
私は世界を変えるんだ」
フレイヤ「世界を変える?」
ルケ「盗賊団の多くは魔法が得意じゃない奴らばかりなんだ。
今の世界も相まって、余計に不要と蔑まれる。
この争いを止められたら、そうじゃなくなるかもしれない。今よりもっといい世界に変わるだろ!?」
ヴォル「それは……」
フレイヤ「きっと変わるよ。僕たちで変えよう。いい世界になるように」
ルケ「ああ!」
ヴォル「ピュアだな。お前たちは。
……ま、そういう旅についてきたしな。俺もその一員として頑張らせてもらおう」
フレイヤ「兄さん……はい! はやく始祖の遺産を見つけましょう!」
それからしばらく歩く一行。しかし森の出口は一向に見当たらない。
辺りはひんやりとした霧が漂うだけで動物はおろか、生き物の気配すら感じられない。
ルケ「結構歩いたぞ。お腹すいたのに」
フレイヤ「パンなら少しだけあるよ」
ヴォル「一度戻って状況を整理しなおしてもいいと思うぞ。
なにかヒントを見落としているかもしれない」
フレイヤ「これ以上は精神的にも厳しそうですしね」
ヴォル「そうだなぁ。こんな不気味な森を歩き続ければ心も疲れる」
フレイヤ「今日は戻って状況を整理しましょう。それからまた準備を整えて旅を進めましょう」
ルケ「あ! きのこ! う、これも駄目そうだな。きっと毒きのこだ」
ヴォル「待て」
ルケ「なんだ?」
ヴォル「そのきのこさっきも見たぞ」
ルケ「たしかに似た場所に生えているけど……」
ヴォル「まったく同じ場所だ。生えている角度も模様も記憶どおりだ」
フレイヤ「それってつまり」
ヴォル「俺たちはどこかで歪みに立ち入ってしまったんだ」
ルケ「ここはバスコの森じゃなかったか?」
ヴォル「違うみたいだ。知らぬ間に入ったんだよ。歪みの森に」
フレイヤ「ここが歪みの森……」
ヴォル「この世界に難所と呼ばれる場所はいくつもある。森や洞窟、様々な場所に残る伝承のようなやつだ。
帰って来られないとか、危険だとか、そういうものだな」
ルケ「そうなのか。私の森はそんなことなかったぞ」
ヴォル「……とにかく、これらの難所は誰一人として帰って来られない、なんてことはない。
誇張して言われているか、もしくはそう呼ばれることもない。
なぜなら俺はそういったところに行くのが仕事で、これまで帰って来てる。ここにいる」
フレイヤ「なにが言いたいんですか?」
ヴォル「要するにだな。この森は本当に誰一人として帰った記録がない。1人もだ。ありえないんだよ。そんなことは」
ルケ「でも帰った者の話なんてなかっただろ?」
ヴォル「そうだ。だから本当に危険なんだ。
この森は、この世界で唯一、本当に帰った者がいない難所なんだ。
どれだけすごいか伝わったか?」
フレイヤ「つまり始祖の遺産はここに………」
ヴォル「ある可能性は高いだろうな。隠すならここが一番いい場所だろう」
フレイヤ「まずはこの場所に戻らない方法を探しましょう」
そうして、きのこが生えている場所を目印として、ヴォルはやぶった袖を木へ巻き付けた。
一行はまずそこから正面を向いて直進する。しばらく歩いたが、また目印の場所へと戻ってくる。
次に不規則に進むために先ほどと同じ方向に直進し、少し歩いてから直角に右折する。まともな森であれば同じ場所に戻るはずがない。
だがやはり一行は同じ場所へ戻ってきた。
左も試してみたが結果は同じ。ほかにも試してみたがどうにも答えは出ない。
フレイヤ「わかったことはひとつ。歪みは視覚化できないということ。
どこの空間が歪んでここへ繋がっているのかがまったくわかりません」
ヴォル「困ったな。始祖の遺産どころか帰るのも一苦労だ。
だがよかった。数多の冒険を生き延びたこの俺がいるんだ。心配するな。なんとかなる!」
ルケ「ばかめ」
ヴォル「なんだと!」
ルケ「なにも考えないようではだめだ。こういうときは勘だ。それが一番、信用できる」
ヴォル「お前の勘が信用できるか!」
ルケ「なんだとぅ! 女の勘だぞ!」
フレイヤ「ルケの言う通りだよ」
ヴォル「こいつに任せるのか?」
ルケ「フレイヤ、お前は見る目があるな。私にまかせろ!」
フレイヤ「あ、ごめんね。ルケに道案内を頼むわけじゃなくて、ラットに頼もうと思って」
襟元から顔をのぞかせるラット。
フレイヤ「人間の進化とほかの動物の進化では、似てるようでもできることは大きく違うんだ。
人間は高度な文明社会を築いたけど、動物たちより鼻も利かないし、目もよくないでしょ」
ヴォル「そのドラゴンに任せる、ということか?」
フレイヤ「動物の勘ってすごいんだ。いや、僕ら人間が解明できていないから勘って呼んでいるだけで、彼らの立派な能力のひとつです」
ルケ「たしかに動物は危険に気づくのが早いな。なにを感じているのかはわからないが、なにかを感じるのは確かだろう」
ヴォル「なるほどな。理屈はわかった。
だがドラゴンは退化して生物だろ? 信用できるのか?」
フレイヤ「兄さん、迷信を信じてるんですか?」
ヴォル「みんなよくそうやって言うだろ」
フレイヤ「確かに体は大きかったかもしれないですし、火も吹けたかもしれません。その2つは退化したのかもしれないです。でも生物そのものが退化するなんてありえません。
だって生き物は生きているんですから。
日々、進化していくんです。進んで行くんですよ。少しずつでもね」
ヴォル「返す言葉はないな。俺だって最初から冒険をうまく成功させられたわけじゃない。
ラット、失敗したって責めはしない。いつか羽ばたける日がやって来る。だから俺たちに力を貸してくれ」
フレイヤ「ラット、お願いできるかな?」
チチ! と自信満々な声を上げて大地へ飛び下りる。
一行はラットが歩く方向へと着いて行く。
人間では感じ取れない不安感、違和感、そういった些細な不自然をラットは感じることができるのだろう。己が抱く警戒心を信じてラットは森を進んでいく。
カツ、カツ。
さっきまで踏みしめていたやわらかな土から固い石造りのタイルへと変わっていた。正確には正しい道を歩いた結果、新しい道に出た。ということである。
ヴォル「ここは……神殿か?」
ルケ「わかるのか?」
ヴォル「見てみろ」
しゃがんで、石造りの地面を指でなぞり、言葉を続ける。
ヴォル「これだけきれいに整えられているなんて、なにかを祀っているとしか思えない。神聖な場所なんだろう。
それにきれいだが、どこか使い古した年季を感じるだろ?」
フレイヤ「神殿……それじゃあここに祀ってあるものが始祖の遺産……」
ヴォル「気をつけて進め。こういった神殿には罠があることもよくあるからな」
ルケ「罠ってどんなだ」
ヴォル「例えば魔獣とか今じゃ使わない魔法で生み出されたものだ」
パン!
乾いた破裂音が深い霧の中で響き渡る。
ヴォル「なんだ!」
フレイヤ「ルケ!」
ルケ「く、くそう……痛いぞ」
なにかに当たり倒れたルケの腕から血が流れている。
ヴォル「魔法なのか!?」
パン! パン! 今度は2回、音が鳴る。
一発はヴォルの右足に。もう一発は頬をかすめる。
ヴォル「マント出してろ!」
フレイヤ「はい!」
フレイヤは炎のマントを展開してルケの前に立つ。
ヴォル「やるしかない。迷っていたらここで終わりだ。いくぞ!」
両手のひらに圧縮した空気の球体を作ると、勢いよくそれを叩くようにぶつけ合う。
その瞬間、辺りを吹き飛ばすほどの突風が巻き起こる。
ヴォル「よし」
一瞬で辺りの霧は吹き飛び、2人の人間が倒れながらうめいていた。
ヴォル「おい、仲間はあとどれだけいる?」
男「取り戻しにきたのか……!」
男2「わ……渡してたまるものか……!」
男たちはよろめきながら立ち上がると、鉄でできた筒のような武器をフレイヤたちへ向ける。
ルケが指を鳴らすと、1人の男の手元へ火が収束し破裂。武器を破壊する。もう1人が動揺している間にもう一度、火を収束させて武器を破壊する。
ルケ「これでもうやらせないからな……うっ……」
フレイヤ「兄さん、一度マントをなおします。少し見ていてください」
ヴォル「まだ仲間がいるかもしれない。急げ」
フレイヤ「大丈夫かい? 治療魔法を使うね」
ルケ「なんでもできるんだな」
フレイヤ「応急処置程度でしかないよ。どう?」
ルケ「大きく動かすのは無理だけど、かなりましだ。ありがとう」
フレイヤ「兄さん、もう大丈夫です。足は?」
ヴォル「防御魔法のおかげで大した傷にはなっていない。警戒して進むぞ」
フレイヤ「はい。ルケ、歩ける?」
ルケ「ふん! このくらい私だって大したことない!」
一行の元に1人の男が歩み寄る。
ケーン「私はケーン。よくぞ銃弾を受けて無事だったな」
フレイヤ「銃弾?」
ヴォル「そんな魔法、聞いたことないぞ」
ケーン「魔法ではないからな。そのはずだ」
フレイヤ「あなたたちは何者なんですか?」
ケーン「かつては影の部族とも呼ばれた。……今は知らないが。
聞いたことはあるか?」
フレイヤ「い、いえ」
ケーン「ならば知っている人間も残ってはいないようだな」
ヴォル「なにを言っているかわからないぞ」
ケーン「ここは歪みの森。時も例外ではない」
ヴォル「あんたいつから?」
ケーン「500年。500年の時がここで経過した」
フレイヤ「でも……」
ケーン「そうだ。ここにいれば歳はとらない」
ヴォル「ずいぶん話してくれるな」
ケーン「外の人間と話すのは久しくてな。……始祖の遺産か」
フレイヤ「……はい。外の世界では50年に渡る戦争が起きています。
始祖の遺産があればその戦いに終止符を打つことができるのです」
ケーン「始祖はどこだ?」
フレイヤ「始祖……?
いえ僕たちはライティア王の命を受けてここへ来ました。冒険者です」
ケーン「冒険者? ハハ、始祖の力を持たぬ人間がよくぞ辿り着けた。
ここまで来られたのは君たちが初めてだ」
フレイヤ「どういうことです?」
ケーン「フフフ、どおりで殺気も感じないわけだ。悪い顔をしていないと思ったわ。
ここは始祖から、始祖の遺産を隠すために作られた、三重結界の中だ」
ヴォル「待ってくれないか。どうして始祖を恐れる?」
ケーン「君たちは感じたことがないか?
文明社会という見えないものに弾圧される気持ちを」
ルケ「……」
ケーン「おお、ドラゴンか。
なるほど、彼の力でここに辿り着いたというわけか。ずいぶんと小さくなったな。かつての面影はまるでない。どうだ? 太古の栄光を失って今の地位はどう感じる?
誰にだってわかるはずだ。見えない社会によって圧されること、圧される者。見たことがあるはずだ。みんなそれをおかしいと思わず、唇をかんで耐えるしかないのだと思っている。
それだ。その元凶だ。それが始祖ヴァーティなのだ。
この理不尽な魔法文明を築き上げた男だよ」
ヴォル「なんだって……?」
ケーン「我々はヴァーティを倒せなかった。どうにかヤツは疲れて眠り果てたが、この森にいる者以外は完全に消えてしまった」
ルケ「みんな、死んだのか……?」
ケーン「いいや、記憶を変えられて別人として生かされたよ。本人たちは別人だと気付かずに」
ヴォル「それじゃああんたは始祖の遺産を守っているわけじゃないのか?」
ケーン「さっき言った通り、この森は隠すための場所だ。
だが、始祖が目覚めれば時間の問題だろう。わずかな時間稼ぎにしかならぬ。だがここで隠し通すのが友への礼儀。私の使命だ」
ルケ「なら私たちに貸してくれ。私たちがそんな不公平な世界を変えるんだ」
ケーン「馬鹿を言え。お前たちが新たな始祖になるやもしれんぞ」
フレイヤ「それは否定できません」
ルケ「フレイヤ!」
フレイヤ「……でも。でもこの戦いを止めたいんです。なるべく誰にも悲しんでほしくないんです」
ケーン「まごうことなき、真実の瞳だ。立派で崇高な思いだ。
しかし杖は渡せん。ここから持ち出してはならん。これは私の使命なのだ」
フレイヤ「だったら!」
ケーン「名はなんという」
フレイヤ「フレイヤです」
ケーン「フレイヤよ。君の願いは始祖の杖を手に入れることなのかね?」
フレイヤ「……」
ケーン「周りを見てみなさい。その仲間たちはどうやって手に入れた」
フレイヤ「わかりません」
ケーン「フフ、わからずともいい。
君の願いは、始祖の遺産なくして叶うんじゃないのか」
ヴォル「フレイヤ」
フレイヤ「……僕は、始祖の遺産は必要ありません」
ルケ「フレイヤ! いいのか?」
フレイヤ「うん。始祖の遺産を探さなくても、自分ができることはあったんだよ。対話を重ねて、僕なりの……いや僕たちなりのやり方で戦いを止めよう」
ヴォル「本当にできると思うか?」
これまで見たことのない真剣な表情でヴォルはそう問う。
フレイヤ「人をかむドラゴンだって、弟をいじめる兄さんだって、襲いかかってきた盗賊だって、こうして今ここにいるじゃないですか。
だから……できると思います」
ヴォル「そうか。……俺は最後まで付き合う」
ルケ「私もだ。やってやろう。世界を変えてやるんだ」
フレイヤ「うん!」
その瞬間、辺りは渦巻く黒い衝撃はによって吹き飛ぶ。
そこに降り立つは杖を抱えた3人の賢者と始祖ヴァーティ。
かすかな意識の中でフレイヤが見たのは倒れて動かない仲間たちと始祖の姿である。
身体は動かない。かすかにそれが見えただけでフレイヤの意識は途絶えた。
ヴァーティ「こんなところにいたとは」
サモン「お手数をおかけして申し訳ありません」
ヴァーティ「構わないよ。ドラコ」
ドラコ「周囲の部族は誰1人残さず焼き尽くしました」
ネクロ「あとは彼だけでありますわ」
ヴァーティ「なにも聞くことはない」
ネクロ「はい。ドラコちゃん」
ケーン「ついに来たかヴァーティ!」
次の瞬間、ケーンは賢者の一人ドラコによってわずか炭となる。
サモン「杖をおとりしましょうか」
ヴァーティ「いや壊すよ。彼らのような人間に渡ると少し面倒だろう?」
意識を失い倒れているフレイヤ、ヴォル、ルケへ視線を向けてそう言う。
サモン「それでは」
ドラコ「そのように」
3人の賢者は同時に魔法を放つと始祖の遺産である杖を破壊してしまった。
ネクロ「本当によかったのですか?」
ヴァーティ「もう500年もすれば新しいものが手に入る。
今度は自分の子供にまかせるよ」
ドラコ「子供、というと?」
ヴァーティは手をかかげて、胸の前に持ってくると魔力を集中させて1人の赤子を産み落とした。
ヴァーティ「私の魔力から生まれた子だ。杖は子供たちに作らせ管理させる。……ある程度、育てたら町へ置いてきなさい」
賢者たち「は」
サモン「彼らはどのように?」
ヴァーティ「ああ、勇ましい勇者たちか。
彼らにはしっかり勇者として帰ってもらおう。
……しかし君たちのおかげで少しだけ早くここに来られた。
とても面白くない茶番劇だったが、ほんの少し役にたった。
……ありがとう、勇者たち」
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フレイヤの伝説 第一部完。
第二部に続く。
この物語は下記作品の外伝です。もしよろしければこちらもご覧ください。