多羽(オオバ)くんへの手紙─31
(1,224字)
狭い地元だ。そこらですぐ会うだろうと思っていたが案外会わないものだ。
むしろ電車通学をしている者同士が駅で顔を合わせることの方が多かった。
電車通学の朝は早く、帰りも地元の高校生とは時間がずれている。
1日のほとんどを地元以外で過ごしているのだ。
中学の延長のような多羽たちと偶然会うはずもなかった。
電車に揺られながら、ユーミンの「卒業写真」が頭の中で流れているようなセンチメンタルな時期もあったけれど、新しい環境に慣れることに精一杯な日々、それが日常になってくるとそんな思いは徐々に薄れていった。
「ミスミン、おはよう。」
お鈴とは電車は逆方向だったが、時間帯が同じでよく駅で顔を合わせた。
セーラー服でなくブレザーになっても可愛らしさは相変わらずで、通学途中の車内で、どこかの男子学生から手紙をもらったりすることも時々あったようだ。
「ミスミン、今日帰ってくんの早い?帰りミスド寄れへん?」
「ええよ。じゃ、後でミスドな。先着いたら中で待ってるな。」
バイバーイと手を振ってホームに上がる。
向かいのホームからまた手を振り合う。
あの頃と変わっていないのは、お鈴とのやり取りだけだった。
明里や他の地元の友達とも時々遊んだりしたけれど、「地続きの日常」とは少し距離を置きたいと思うようになっていた。
あれほど嫌悪していた母の「同じように」が頭を掠める。
元々捻くれてはいたし、変わってはいないつもりだったけれど、自分が嫌悪していた側の人間になってしまったのだろうか。
多羽と同じ高校に通う明里が時々近況を教えてくれた。
野球もやっているらしく、多羽の出る試合を一緒に観に行こうと誘われたりしたけれど、同じ中学というだけの部外者だ。やはり乗り気にはなれなかった。
懐かしさはあったが、私はきっとあの時間の中にしか多羽を見つけることはできない。
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多羽─山際の名前を久し振りに目にしたのは新聞のスポーツ欄だった。
高校野球の夏の地方予選の結果がずらずらと並んでいるのを何となく目で追っていた時、多羽の高校の名前が目に留まった。
野球の強豪校でも何でもない公立高校。結果は2回戦敗けだった。
スコアの後にその試合のバッテリーが書かれている。
継投なら投手が何人か記載されているが、山際の名前しかなく多羽が一人で投げていたのが見て取れた。
「ピッチャーやるんは加地みたいな俺様なヤツやで。」
そう言っていたことを思い出す。
あんた俺様になったんちゃうん、と言ったらまた父のような微かな笑顔で何と言うだろうか。
その答えを想像するほんの一瞬だけ、普段はけして開くことのないあの時間への扉が開く。
***
打ち解けていたようで、約束するほど近付いてはいなかった多羽と久しぶりに会ったのはこのずっと後だった。