多羽(オオバ)くんへの手紙 ─24
(1,528字)
朝晩の空気が少しひんやりと心地よく、冬の制服が似合う季節になった。
体育祭の準備は順調に進んでいた。
体育祭は赤・白・青・黄・緑・紫の6色に団分けされ、色団対抗で競い合う。
各学年6クラスあるので、1年1組・2年1組・3年1組が赤団という縦割りで、私のクラスは青団だった。
色をテーマにした絵を描くのは各団の3年生の役目になっていて、その美術監督を徳ちゃんが担当していた。
畳3畳ほどか、それ以上はあると思われる大きな板に貼った紙に徳ちゃんが下絵を描き、皆で仕上げていく。
絵は体育祭が終われば剥がして教室に飾られ、最後は徳ちゃんに贈呈されるのかもしれない。
「水澄ちゃん、太さの違う筆とか刷毛とか、もうちょい数ないかな?あと絵の具も足りひんくなってきた。」
美術監督の徳ちゃんからのお願いだ。
放課後の作業は夕方に差し掛かってきていた。
「じゃあ、ちょっと買ってこよか。ここらに店ないから先生にチャリ借りて行ってくるわ。」
私が行きかけるとお鈴がセーラー服の裾を掴んだ。
「ちょっと、多羽、到。ミスミンと一緒に買いもん行ってきてや。もう暗なってきてるし、女の子独りやったら危ないやろ。」
部活もなく、体育委員の責任感もあったのか絵の手伝いをしていた多羽にお鈴が言った。
「お鈴、大丈夫やって。チャリでパァーッと行ってくるし。」
「アカンアカン。多羽、アンタがチャリ漕ぎや。」
お鈴の言うことに逆らえる人はいないが、絵の作業に飽きていたのか「ええで」と多羽があっさり承諾するものだから、私の方があたふたと慌ててしまった。
お鈴が「ゆっくりでええから」と私にしか聞こえない声で囁いた。
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「多羽、ごめんやで。」
「絵の作業飽きてたしこっちの方がええわ。乗った?」
自転車の二人乗りはいつも猿乗りだったが、この時ばかりはスカートを押さえながら横座りした。
「うん、乗った。」
「ほな行くで。」
置き去りにされそうなあまりの急発進に、危うく振り落とされそうになった。
「ちょっと!落ちるて!」
「軽いのぉ。思いっきり漕ぎすぎたわ、ごめんごめん。」
落ちそうになったからか、二人乗りのせいなのか心臓がバクバクしていた。
夕方の風が心地良い。
秋の陽はあっという間に落ちて、さっきまでよく見えていた多羽の背中も黒い塊になる。
「駅の方にあるやん?あの店行って。前もあっこで買うてん。何でも色々あるから。」
もう少し近くにも店はあったが、遠い店を選んだ。
「まぁまぁ遠いな。軽いからええけど。」
多羽は、女の子に気を遣って「軽い」などと言うようなタイプではない。
別の子に対しても、同じように言っただろう。多羽の誰に対しても別け隔てのないところが好きだったのに、今もこの先も、自分が特別になることはないと分かってしまう。
「多羽はホンマはサードとピッチャーどっちがやりたいん?」
「サードやな。ピッチャーやる奴は皆んな加地みたいなオレ様な奴やで。」
「桑田くんもオレ様かな。」
「絶対そうやで。知らんけど。」
「桑田くんはちゃうと思うわ。オレ様がピンチであんなお守り握りしめたりせぇへんて。」
「絶対そうやって。お守りは宗教のやから関係ないやろ。」
桑田くんがオレ様だろうが何様だろうがどちらでも良かった。
瞬きをしている間に終わってしまいそうなこの瞬間が
出来るだけゆっくり流れますように。
普段は信じてもいない神様にお願いしてみる。
海へと続く坂道も防波堤も無いけれど、おニャン子クラブの「真っ赤な自転車」が頭の中に流れていた。