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多羽(オオバ)くんへの手紙 ─5─
多羽の出る試合を一度だけ観に行ったことがある。
お鈴に「坊主はいらん」と一蹴され、別の野球好き2人と観ることになった。
練習試合ではあったが、相手チームには野球の強豪校から声が掛かっているという子がおり、私以外の2人はその子目当てだった。
KK(桑田・清原)が甲子園を沸かせていた時代。
周りの子たちはみんな清原派だったが、私だけは桑田派だった。
この日はたまたまエースが故障で投げられず、本職はサードの多羽が先発だった。
私たち3人はバックネットから見ていた。
***
「バックネットで見るなや。気が散るやろ」と言われ、正論だがライパチから言われたのは何かシャクだったし、アンタはライトやねんから遠いやんかと思ったのは後日の話。
***
多羽の投球フォームは桑田投手によく似ていた。
さほど大きくはない身体をムチのようにしならせて投げるフォーム。
リリースされた球がシューっと音を放ちながら加速する。
パーンとキャッチャーミットに吸い込まれる。
見るたびに、車に乗っていて坂道で体がフワっと浮き上がるようなあの感覚が体に走った。
強豪校から声が掛かっているという例の子がネクストバッターズサークルにいた。
他の2人は他校の男子に黄色い声援なんか送っていたが、私の心は不思議と凪いでいた。
「向こうのピッチャー、本職はサードらしいけどええ球投げよるからな。性根入れていけよ」
相手チームの監督がその子に言っているのが聞こえた。
強豪くんが初球を思いきり振った。
打球は高く上がってライト方向へ。
ライパチが落球しませんように。
あれ落としたらライパチも危ういな、という平凡なフライだった。
多羽の後のピッチャーが打たれ、結局試合は負けてしまった。
一緒に見ていた2人は相手チームのどの子がカッコ良かったよね、などと話し掛けてきたが、全く上の空だった。
***
見ず知らずの女の子から好意を寄せられている多羽はどんな気持ちだったのだろう。
周りは面白半分に色々と協力してくれたりしたが、外濠から埋めていく恋はだいたい上手くいかないんだよな、と
この時はまだ分からなかった。