多羽(オオバ)くんへの手紙 ─11─
「アンタ、ちゃんと羽田さんにお返ししたん?もうホワイトデー過ぎてるで」
姉の貴代から言われるまで忘れていたわけではない。
オカンと姉ちゃんと+1。
身内の義理チョコにお返しなどはしないが、+1には何かした方がいいだろう、と考えてはいた。
クラスも違う柄本の隣の席のあの子。
好き嫌いに関係なくお返しするのが礼儀だと貴代には言われたが、
結局何も出来なかった。
好きも嫌いも、名前しか知らない相手にどう対応すれば良いのか分からないまま
礼儀知らずにまでなってしまった。
男にはケガをさせ、女には失礼な男。
小牧あたりにはそんな風に話しているかもしれない。
+1のチョコレートは
嬉しくて甘くてほろ苦かった。
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「水澄、春休みヒマやろ。仕事手伝いに来てくれへん?」
2年生で使った教科書やノートを処分する作業をしていると、父が声を掛けて来た。
父は小さな会社の経営者だった。
普段細々とした雑務をこなしてくれるパートの女性が1人数日間休むらしく、手を貸してほしいということだった。
春休みは部活動も毎日ではないし、特にすることもない。
お小遣い稼ぎになるのは嬉しかった。
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「ミスミちゃん、大きくなったね〜。小さい頃来たことあるの覚えてる?おばちゃんとあっこの公園で遊んだん。」
父の会社のもう一人のパートの持田さんに言われたが、ずいぶんと幼い頃のことで覚えていなかった。
仕事は思いの外楽しく、持田さんも気さくで話しやすかった。
「今は事務員さん居てないけど、昔はおったんよ。ここの事務員さん、別嬪さんばっかりやて有名やったんよ。みんな言うてたわ。」
持田さんがそう教えてくれた。
父が美人ばかり雇っていたことは驚くようなことではない。今ならルッキズムの権化だと叩かれそうな発言もお構いなし。
父は不良っぽい美人が好きだった。
同い年ならきっと、お鈴のことを気に入っていただろう。
対して、母はカタブツの見本のような真面目な人だ。醜女ではないが、父の好みとは思えない。
それなのに母と一緒になったのは、何かビビっとくるものがあったのかもしれない。
顔だけで選ばなかった父も、案外人を見る目があったということか。
当時の私はこのことだけに限らず、父に対してはずいぶんと好意的だった。
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父が私に対してどう感じていたかはもう確かめようもない。
妹の賀子のことは遅くに産まれたこともあってか猫可愛がりしていたが、私には賀子に対するそれとはまた別の愛情があったように思う。