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多羽(オオバ)くんへの手紙 ─22

(2,048字)

「何よ、またお前の隣かいや。」
多羽オオバの「しゃあないなぁ」と言いたげなほんの僅かな笑顔が、やっぱり父とシンクロする。

「徳ちゃんが代わってて言うから。」
喜んで来たと思われるのは恥ずかしく「お願いされた席がたまたま隣だった」という雰囲気を出したかったのだが、小躍りしたくなる気持ちは抑えきれず、自然と顔がニヤけてしまう。


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まだ少し暑さは残るものの、体育祭の準備がぼちぼち始まる。
応援団の練習や組体操、女子はダンスなどもあったりする。
体育委員の私と多羽オオバは、何かと率先してやらなければならない。

「体育委員から連絡があるそうや。多羽オオバ羽田ハタからか?みんな、羽田ハタの話聞いて。」

野口先生の一声で一斉に集まる皆の視線に少し緊張する。

「明日のすきまの時間に、応援団と、団の絵の係、誰がどの競技に出るか決めるので、みんな決めといてください。あと、女子のダンスの曲も何かええのんあったら言うてください。」 

──「すきまの時間」というのは行事の練習や話し合い、遅れている教科の補習授業など、何に使っても構わない時間で、1週間に2コマあった。──

男子の多羽オオバが言ってくれればいいのにと思うが、手を合わせながら小声で「ありがとう」と言われ、私も「しゃあないなぁ」の笑顔になる。


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水澄ミスミちゃん、ちょっといい?体育祭のんで。」
「徳ちゃん、ええよ。何?」
徳ちゃんとマンガ以外の話をするのは珍しい。

「ウチな、走るのも遅いしあんまり何もでけへんから、絵の係しようと思うねん。」

オタクの徳ちゃんは物凄く絵が上手かったので、本人が希望せずともおそらくそうなっただろう。

「徳ちゃんめっちゃ絵上手いからええわ。うんうん。明日最初に言うわな。」

皆んなが徳ちゃんみたいに協力的だろうと、この時は楽観していた。


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「何から決めてもいいんやけど、徳田さんが絵の係をやりたいて言うてくれてるから絵は徳田さんでええかなと思うけど、みんなどうですか?」

男子が司会で女子が書記というのが普通なのだが、私達は逆で司会が私、多羽オオバが黒板に書く係だった。

パチパチという拍手。
「決まりやな」
一際大きな戸澤コザワの声や
「ミスミンええよー」
リンの茶化す声が聞こえた。

その後他の競技も順調に決まっていき、私は安心しきっていた。


「ほな最後にスウェーデンリレーに出る人決めたいと思います。やりたい人手ぇあげてー。」

スウェーデンリレーは第一走者が50メートル、次が100メートル、150メートル、アンカーは200メートルと走る距離が長くなる競技で、各クラス男女2人ずつ、計4人出なければならなかった。

さっきまで騒がしかった教室は静まり返り、シーンという音が聞こえるようだ。

スウェーデンリレーは3年生だけの競技で、3年生ともなると走る競技には極力出たくないと誰もが思っており、その傾向は特に女子で色濃くあった。

「希望者がおらんかったらタイムで速い人選んだらええんちゃう。」
野口先生が助け舟を出してくれた。

申し訳ないがそれが最善策だ。
うんうんと頷く人もちらほら見え、表立って反対する人はいなかった。

「こないだ体育で50メートルのタイム測ったんやろ?あれ体育の先生に借りてきたるからちょっと待っとき。」

ほどなくしてクダンの書類を持って野口先生が戻ってきた。

私が受け取りサッと目を通す。
「男子は多羽オオバくんと崎野サキノくんが速いからお願いします。」

女子は特に速い人が見当たらず、似たり寄ったりのタイムの中から選ぶしかなかった。
1人目は片山さん。
2人目は誰かな、これが2番目か。
名前の欄に目を移す。

羽田ハタ水澄ミスミ
まさかそれはない。
見間違いだろうか。

眉間に皺を寄せ目を凝らしてもう一度確認しようとした時だった。
「ちょお、それ見して。」
多羽オオバが書類を私の手から引ったくった。

「片山と、羽田ハタ。お前やんけ。決まりな。」

私が混乱の渦で溺れているうちに、すきまの時間は終わった。


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「ミスミン、リレー頑張りな。体育のタイムな、あんなんみんな真面目に走ってないって。ミスミン真面目に走るから。」
笑いをコラえながら私の苦境を多少楽しんでいるようなおリンの可愛らしい顔が恨めしい。
言われて初めて自分の要領の悪さを思い知らされた。
決まったことは仕方がないが、今までのどの運動会や体育祭よりも憂鬱な気分だ。

のそのそと席に戻り、深めの溜息をついた時だった。

「お前、50メートルやったらいけるやろ。俺200やるから。お前がベベでも後で抜かしたるから大丈夫やって。」

相変わらずデリカシーは欠如していたが、優しいところもある。


多羽オオバの「大丈夫」は溺れていた私に投げ込まれた救命ボートだ。
揺れて乗り心地が悪く落ちそうにはなるが、
しっかり掴まっていれば無事に岸に戻れる。
そんな安心感は確かにあった。


23に続く…