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多羽(オオバ)くんへの手紙 ─20─
※いつもよりボリュームあります(1,865文字)ご注意くださいね
あまり良い表現ではないかもしれないが、私は友達を使い分けていた。
一番気の合うお鈴。
野球を見に行くなら明里。
大抵の人には共感してもらえない感覚を共有できるさぁこ。
徳田美佳
───徳ちゃんは所謂「オタク」の友達だった。
ずり落ちてくる眼鏡を、時折手の甲で上げながら話す徳ちゃんは
見るからにオタク風だったが、妙に話が合った───
彼方此方で「いい顔」をしていた私は
八方美人と言われればそうかもしれない。
✳✳✳
球技大会からしばらく経ったある日の休憩時間のことだった。
徳ちゃんとその頃ハマっていた漫画の話で盛り上がっていると、さぁこが現れた。
教室前方のドアのすぐ傍の徳ちゃんの席で話していた私の腕をものすごい力で掴み、教室の外へ連れ出した。
ピアノを弾くせいなのか、力の入った指が腕に食い込んでくる。
「ちょっと、さぁこ!何なんよ。痛いやろ。手ぇ離しても行くから。」
「ハッチごめんな。ちょっと来て。」
やっと腕を離してもらい、ついて行くと
普段不良が溜まっている階段裏のスペースに連れて行かれた。
今日は幸いにも私たちだけだ。
「このノートさ、加地くんに渡してきてほしいねん。」
ごく普通の大学ノートにしか見えない。
「期末テストの何かなん?加地のこと好きやから行きにくいん?行くのはかめへんけど、自分で行った方がええんちゃう?」
「ハッチ、これな、交換日記やねん。」
「…エェッ!えっ?えー!」
このために階段裏なんかに連れて来られたのだ。
大声を出しても大丈夫なように。
いつから?球技大会の時のあの感じから交換日記?どっちから?
私の勢いを受け流すようにさぁこが話し出した。
「加地くんから付き合ってて言われて。クラスも違うし、加地くんのクラス、向こうの校舎やし、なかなか話されへんから。」
「付き合ってるんやったら自分で渡したらええんちゃうん?何でウチが?」
「まだ誰も知らんねん。ハッチにしか言うてないねん。そやし、加地くんのクラスな、向井がおるから。何か言われたらイヤやし。」
───さぁこは「お紅茶」というような言葉遣いをする子だったので、よく向井という男子にからかわれていた───
「ほなら、加地くんがハッチに頼みぃて言うから。」
さぁこと加地のどちらからも信頼されたのは嬉しかったが
組み合わせも馴れ初めも、変わったカップルだなぁと思わずにはいられなかった。
✳✳✳
さぁこからのノートを渡すと
何日かして加地から同じノートを渡され、それをさぁこに渡す。
加地は案外女子生徒から人気があったようで、
明らかに敵意のある目つきで睨まれたりすることもあった。
いずれ皆の知るところとなるにしても、
今私の口から「さぁこのだ」とは言えない。
何回目かの伝書鳩の時だった。
「明日多羽投げるで。」
加地がノートを手渡しながらボソリと言った。
以前ライパチから言われた「多羽投げるで。」とは
同じ言葉でも、色も空気も重さも全然違っていた。
加地はエースピッチャーだ。
私と目を合わせようともしないのはそういうことなのだ。
「そっか、ありがとう。ほな、さぁこに渡しとくから。」
なるべく不自然にならないよう
加地が嫌な気持ちにならないよう
何とかその場をやり過ごした。
✳✳✳
コツコツと突かれた肘の方を見ると、キラキラした目の多羽だった。
「明日土屋来るで。」
土屋の父親は甲子園常連校で監督をしており、土屋もその高校へ進学することが決まっていた。
たとえ甲子園に出られなかったとしても、スカウトの目には留まるだろうと噂されている逸材だ。
ダイヤの原石を間近で見ることの出来るまたとない機会に、多羽は目を輝かせていた。
私には、知らない土屋じゃなく多羽が投げることの方が余程大切だったが、今回は観に行くことは出来ない。
「そっか~、土屋見たかったなぁ。けど明日用事あってはよ帰らなあかんねん。残念やなぁ。」
くどい言い方が不自然過ぎたかもしれない。
「そうなん?もったいないのぉ~。土屋見れるなんてないで。サインもらっといてもええくらいやぞ。」
「フフ。そやな。多羽もらっといてや。いらんけど。」
これは上手に返せただろうか。
✳✳✳
お鈴からの遊びの誘いも断った。
空の青から降り注ぐ蝉の声が
いつもより大きく響いてくる。
早く家に帰って「キャプテン翼」の続きでも読もう。
また徳ちゃんと話そう。
彼方此方でいい顔をすると、時には我慢しなければならないこともあるものだ。