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多羽(オオバ)くんへの手紙─28
(1,168文字)
頬に触れる空気がずいぶん冷たく感じる季節になった。
風がコロコロと枯れ葉を転がしてゆく。
赤いマフラーは校則で禁止されていたけれど、
真っ赤なマフラーをした小石くんが校庭を横切って行くのが見えた。
2学期もそろそろ終わりに近づいている。
✳✳✳
私の目には、多羽はいつもと変わらない様子に映った。
多羽がつとめてそう振舞っていたのかもしれないし、私が鈍感過ぎたのかもしれない。
「今からみんなの受験に必要な用紙を渡すから、名前呼ばれたら各自前まで取りに来てな。家帰ったら親御さんに渡すんやで。」
野口先生の声にざわついていた教室が一瞬少しだけ静かになる。
普段は意識しないようにしている「受験」という言葉がそうさせるのだろう。
出席番号順に呼ばれているのに、多羽がなぜか呼ばれていなかった。「お」だからいつもすぐに呼ばれていたのに。
「多羽呼ばれた?とばされたんちゃう?」
「うん。」
この時にも、まだ私は多羽の「うん。」が普段の様子と少し違っていることに気付かないでいた。
「羽田ー。」
先生から手渡された紙を持って席に戻りざま多羽を見るがまだ呼ばれていない。
「山際ー。」
「誰?よそのクラスの子のが間違えて…」
野口先生の呼びかけにそう言いかけた時、多羽が席を立った。
ヤマギワ?
声を発する者は居なかったが、皆が困惑しているような何とも言えない空気が教室中に漂う。
多羽が席に戻ってきた。
私はどんな顔をしていたのだろう。
無遠慮に目を丸くして多羽をまじまじと見ていたのだろうか。
「オレ、オカンの方行ったから。」
私の方を少し見ながらそう言った多羽の目には、もう消化済みの諦めのような「大したことじゃない」とでも言いたげな色が浮かんでいる。
もっと注意してよく見ていれば多羽の様子が普段と違うことに気付けたはずだ。
多羽にはデリカシーが無いといつも思っていたけれど、本当にデリカシーがないのは私だ。
多羽にあんな顔をさせてしまったのだから。
「そっか。」
「ごめん」と言うのも違う気がした。
何と声を掛けるのが正解だったのだろう。
数学のようなたった一つの正解があればどんなに良かったことか。
私の「そっか。」が、「大したことじゃない」と多羽が思えるような、一番良い答えであって欲しかった。
お鈴や多羽。
他にもたくさんいるだろう。
珍しいことではないのかもしれない。
足掻いても嫌がっても、本人が気づかないうちに大人になることを余儀なくされてしまう子どもたち。
大人は色々な道を選べるかもしれないが、子どもには「どちらか」の選択肢しかないことだってあるのだ。