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ブラジル人のママに教わったおふくろの味

 私は日本生まれ日本育ちの日本人だが、おふくろの味と言われて思い浮かぶ料理のひとつにフェジョアーダがある。
 フェジョアーダとはブラジルの家庭料理で肉とブラックビーンズという豆を煮込んだ料理だ。ブラジルの家庭では定番の料理で、家庭の数だけレシピがあるのだと聞いたことがある。日本でいうところの肉じゃがのような立ち位置の料理なのだろう。
 純日本人の私がなぜブラジルの家庭料理を作るのか。友人知人にそのことを話すと毎回、なぜ?と疑問に思われる。しかし私にはフェジョアーダがおふくろの味だと思える理由がちゃんとあるのだ。

 もう10年以上前のこと。趣味の仲間にアントニオ(仮名)というブラジル人の男性がいた。ある日、アントニオから「次の土曜にお母さんがフェジョアーダを作るからみんな食べにおいでよ!」という素敵なお誘いがあった。
 ブラジルの家庭料理代表ともいえるフェジョアーダ。せっかくなので作るところから見てみたい。ありがたいことにアントニオも彼のお母さんもフェジョアーダ作りの見学を快諾してくれ、私は日本人の趣味仲間達とフェジョアーダの作り方を見せてもらえることになったのだ。
 土曜日にアントニオの家に行くとアントニオと彼の両親が笑顔で迎えてくれた。アントニオの両親にはそれまでに数回会ったことがあるのだが、出会い頭はいつも「ハチーーー!!元気ーー?」とニコニコ笑いながらギュッとハグしてくれるのだ。私はその温かな人柄のお二人がとても好きだった。その日もいつもどおりハグで出迎えてくれた。
 準備はできているわよ!とアントニオママ(私は勝手にそう呼んでいた)に促されて私達はキッチンにおじゃました。フェジョアーダに使うブラックビーンズは前日からアントニオママが水に浸して既に準備ができていた。豆を一晩水に浸して戻すなんてことはおせち料理の黒豆くらいしか知らなかった私は「定番の家庭料理だと思っていたけれどもしかしてめちゃくちゃ手の混んだ料理なのでは?」と内心びびっていた。それと同時に私達のために前日から準備してくれたアントニオママのおもてなしの心遣いがとても嬉しかった。
 見学と言ったものの、さすがに大人数分のフェジョアーダ作りをアントニオママひとりにお任せするのは気が引けて、私達はママのお手伝いをすることになった。アントニオママは教え方がめちゃくちゃ上手だった。

「まずは玉ねぎをみじん切りにするの。大きさはこれくらい。ハチ、やってみて」
「〇〇はこのケールを洗うのをおねがいね。洗ったら水をしっかり切るのよ」

 こんな感じで説明して見本を見せながら、私達にもやらせてくれるのだ。みんなで並んでキッチンに立って、「このくらいの色になるまで炒める」などのちょっとしたポイントを丁寧に説明してくれた。

 話が横道にそれるが、料理のレシピを教えるのって実はとても難しいことだと私は思う。私の夫は料理が苦手だと自負しているのだが、料理の難しい点はレシピが省略されすぎていて初心者に優しくないのだと言っていた。確かに塩少々って具体的にどれくらいの量のことなのかとか、玉ねぎがしんなりするとは具体的にどういう状態なのかとか、ある程度の知識や経験がないとわからないよなと納得した。今でこそYou Tubeなどの動画で作っている状態を見せながら解説してくれるレシピもあるが、料理本やレシピ記事だと詳細がわからずに戸惑うことも多いだろう。
 そういうことをふまえて考えると、改めてアントニオママの教え方はとても上手だったなと思うのだ。一緒にキッチンに立って見本を見せて、私達にも体験させてくれ、わざわざレシピに書き記したりしないだろうなというちょっとしたポイントを教えてくれる。思えば母から子どもへと伝える「おふくろの味」というものは、どれもそうやって受け継がれてきたものなんだなと気づいた。アントニオママから教わったフェジョアーダは私にとってはまぎれもなく「おふくろの味」だ。こうして血の繋がりも国籍も言葉の壁も飛び越えて、私にとっての「おふくろの味」にフェジョアーダが追加されたのだ。

 それから数年してアントニオ一家は遠くに引っ越してしまった。あのフェジョアーダの味が恋しくて何度も自分で作ろうとしたがブラックビーンズのハードルが越えられずに、せっかく教えてもらったにもかかわらず一度も自分ひとりで作ったことはなかった。ブラックビーンズのハードルというのはメインの材料であるブラックビーンズが入手困難であることに加えて、前日から水に浸しておくという工程が面倒くさがりの私にはハードルが高すぎたのだ。
 ブラックビーンズは日本の黒豆とは違う。一度、おせち料理で使った黒豆の残りでフェジョアーダを作ったことがあるのだが、豆がゴロゴロしすぎて肉類と調和せずにイマイチだった。日本の豆なら小豆のほうが近いものができるんじゃないかとも思った。手に入りやすいレッドキドニービーンズの水煮で作ったりもしたのだが、やはり違う豆なのでコレジャナイ感が否めなかった。

 そんなある日、そのハードルを壊すアイテムに出会った。

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S&W ブラックビーンズ4号缶!!

 カルディで発見したこの缶詰。正真正銘のブラックビーンズだ。しかも調味液で味付けされて煮込まれているため、前日から水で戻す必要がないし味付けも簡単だ。まさに神アイテムだ。これで自宅でフェジョアーダを作るハードルが一気に下がった。この缶詰に出会って以降、我が家ではほぼ月イチくらいの割合でフェジョアーダが食卓に上るようになった。

 アントニオママに教わったフェジョアーダに面倒くさがりな私のアレンジが加わり、我が家オリジナルのフェジョアーダが生まれた。本場ブラジルの方からすれば「手抜きだ!」と怒られるかもしれないが、家庭の数だけレシピがある料理ゆえご容赦くださいと言い訳をする。
 そう考えると家庭料理が作り手の性格や好みによってレシピが異なってくるのも納得できる。作り手の数だけレシピがあって、そのレシピの背景にはレシピの数だけストーリーがあるのだろう。なんだかとても興味深い。ひとつひとつのストーリーを聞きながらその家庭の味を食べ比べてみたいなと思う。そしてそのオンリーワンの家庭の味がまた次の作り手に伝わって、新しいストーリーを紡ぎながら、また新たなオンリーワンの味が生まれるのだ。私がフードエッセイを好むのはそういったレシピの裏のストーリーに強く惹かれるからなのだろう。

 前置きがすっかり長くなってしまったが、我が家のズボラフェジョアーダのレシピを書こうと思う。私は面倒くさがりの上に大雑把なため、分量も手順もざっくりなのは大目に見ていただきたいなと思う。

■ハチのフェジョアーダ 
◎材料(約6人分)
 ・S&W ブラックビーンズ4号缶 2缶
 ・豚薄切り肉 300g   
 ・ソーセージ 7〜8本
 ・玉ねぎ 1個
 ・にんにく 1片
 ・塩コショウ 5振りくらい
 ・ローリエ 2〜3枚
 ・水 800cc
 
*材料についての補足
・肉は牛肉でも可。牛肉と豚肉を両方入れても可。コマ肉でもバラ肉でもロースでも何でもよいです。アントニオママに教わった時には塊肉をビーフシチューの肉くらいの大きさにカットしたけれど、薄切り肉のほうが火の通りが早いので私は薄切り肉を好んで使います。
・ベーコンがあればソーセージと一緒に入れてもおいしい。

◎作り方
1. 玉ねぎは粗めのみじん切りにする。
  にんにくもみじん切りにする。
  肉は一口サイズに切る。
  ソーセージは1本を4等分くらいに切る。
2. にんにく、玉ねぎをオリーブオイルで炒める。玉ねぎが透き通ったら豚肉を入れ、塩コショウ(分量外)をする。豚肉に火が通ったらソーセージを入れて炒める。
3. ブラックビーンズと水を入れる。
  塩コショウを5振りくらいして、ローリエを入れ、15分煮込む。
【ポイント】肉の臭み消しのため、ローリエは必ず入れること。肉とソーセージを入れるためローリエなしでは肉肉しい感じになります。
4. 15分経ったら味をみる。缶詰のブラックビーンズはもともと味がついているので味付けは塩コショウで十分だが、物足りないようなら顆粒のコンソメを少量加える。キューブタイプのコンソメを1個入れてしまうとしょっぱくなりすぎるので注意。
5. カレーのようにご飯にかけて完成!アントニオママのレシピでは千切り状にして炒めたケールを添えていたけれど、なかなかケールが手に入らないため省略。

 レシピとして書き出して見ると、とことん簡略化しているなと改めて思った。材料は少なく、工程は減らし、できるだけ短時間で作れるようにと追求しているうちにこのレシピにたどり着いたのだ。ただ、肉に関しては都度アレンジを楽しんでもよいと思う。フェジョアーダは奴隷が主人に献上した肉の残りである豚の耳や足を豆と一緒にごった煮にして作った料理がルーツだという。そういうルーツをふまえて次回は牛スジを入れてみようかと考え中だ。
 アレンジを加えた私のフェジョアーダをアントニオママはどう思うだろう。「教えた通りにやらないとダメよ」と怒るだろうか。「ハチらしくていいじゃない」と笑ってくれるだろうか。ママはおおらかで優しい人だから、私の行き過ぎたアレンジも笑って許してくれるのではないかなと思う。

「いつでも家に遊びに来ていいのよ。アントニオがいないときに来たって全然かまわないわ」

 そう言ってまるで本当の娘のように接してくれたアントニオママ。
 並んでキッチンに立ったあの経験、そして受け取った愛情もすべてをひっくるめて、やはりフェジョアーダは私にとって「おふくろの味」だ。


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梅小路ハチ
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